養豚令嬢は今日も無敵らしい 上
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
豚肉は1週間で最も食べるかもしれない。でも基本は何でも食べる。
「絶対に嫌だ!トリア・パールムとの婚約なんかするか!!」
ファビロス候爵家の長男であるルキド・ファビロスは、トリア・パールムとの縁談について言われ、叫ぶように拒否した。当主である父は、やれやれとため息をつく。ルキドは昔から、自分の嫌なモノは極端に拒絶する。そのワガママさはいつも頭を抱えるが・・・今回ばかりは、その意見も言いかねない。とはいえ、ここは我慢して欲しかった。
「しかしな、ルキド。パールム公爵家は資産では我が家の何倍も有し、国内では最も資産がある家だ。繋がりを持てば、我がファビロス家も安泰するぞ」
「嫌なもんは嫌だっての!おぞましい豚を育てる上に、豚を「ブーちゃん」とか言って滴愛して暮らす、自分の世界に浸りがちな“養豚令嬢”なんかと結婚できるかぁああああ!!」
その叫びが届いたのか、同じ頃にトリア・パールムはクシャミを1つ。
「最近、寒くなりましたからね~。あら、ブーちゃん。どうしました?ウフフ~」
トリアの膝に1頭、また1頭と、子豚たちが近寄ってくる。その様子を見て、トリアはまた幸福感に満たされていくのだった。
○
彼らのいる王国は、魔物の住む世界の境界線近くにある。元来、魔物と人間は交わることはない。しかし時より境界を保つ魔力が薄れ、境目が曖昧になる時がある。その時に越境して衝突を起こしてしまい、双方でなかなか争いが絶えないのだ。
人間は生活を脅かす魔物に対し、あまり良く思っていない。そんな中で豚は「魔物の使い」というイメージがあり、一部の国民には嫌悪の対象だった。豚肉を食さず、徹底的に駆除に動く者もいるほどに。
そんな中、トリアは自費で養豚場もとい“ブーちゃんの家”を作り上げた。決して豚を家畜として扱わず「ブーちゃん(トリアが豚をこう呼ぶ)を愛する」という謎の目的を掲げ、あたかもペットのように飼育しているのだ。養豚に手を出したことには、豚を嫌悪する一部の国民のみならず、使用人すらも理解しがたい。
しかしマイペースな性格かつ強靱な精神を持つ彼女は、周囲の疑問にも非難にも動じていない。「才色兼備なのに、豚好きなせいで婚約者も現れない」という侮辱も、「両親を流行病で失って以来、おかしくなった」という噂も、なんとも思っていないようだ。一部の屈強な輩が養豚をやめるよう、彼女の元に直談判したこともあるが・・・後に「あの女を敵に回しちゃいけねぇ」と、何故か震え上がっていたらしい。
そもそもパールム公爵家というのも、代々王族に婚約者を送っている名家だ。王族と繋がっているため、王国において最も資産の集まる家。現に彼女の姉も、王子の婚約者として既に王都にいるのだから。つまり地位において、そうそう逆らえない。こうして周囲はトリアが作ったブーちゃんの家を黙認するしかなく、なかなか異常な状態は続いている。
「あら、ルキド・ファビロス様から断固拒否のお手紙。当主ではなく息子さんが出すとは、相当ですね。あらあら“豚をそんなに愛でるのは異常者”ですか。私のことをどのように言っても、私は気にしませんよ~?
“何故豚という、汚い動物なんかが好きなんだ”ですか?」
瞬間、トリアは手紙を木っ端微塵に破り捨てる。近くに居た使用人が、青ざめた顔をした。
「私の大切なブーちゃんを侮辱するのは・・・絶対に許しませんよ?」
憤慨の炎の上げ、報復に燃えるトリア。そのままブーちゃんの家に行くと、複数の豚が心配そうに彼女を見つめ、おそるおそる近くに寄ってきた。
「あら、ごめんなさい。少し感情的になってしまいました、大丈夫ですよ~」
そうして優しく撫でると、周囲の豚も撫でられたいとばかりに、トリアの元に集まってくる。ブーちゃんの家はトリア以外に入る者はいない。そのため彼女は全ての豚を、1人で世話している。
「ブーちゃんも最初の頃と比べて、いっぱい愛でられて嬉しいです~。でもそろそろ、私1人だと手一杯になってきちゃいました」
そこでトリアは、ブーちゃんの家で働く人を募集した。他の使用人と違い、動物に詳しい人。ブーちゃんのお世話を、一緒にしてくれる人。衣食住を完備、お休みも保証するホワイト環境など、それなりの謳い文句を付けて。
その甲斐あってか、すぐに1人の男がパールム家にやって来た。黒髪マッシュにつり上がったオッドアイ、背が高くどこか威圧感のあるような姿だ。使用人が不安そうな顔をする中、トリアは驚きもせず、彼を屋敷に入れた。
「俺はダーヴィッド、以前は畜産業に関わっていた。生き物の扱いには慣れているつもりだ」
曰く、元々は隣国で動物と関わる仕事をしていたとのこと。しかし仕事先が潰れてしまい、家も失いどうしようと思っていた時に、この求人を見つけたらしい。異国ともあって豚に嫌悪感などなく、大切な動物だと思っているらしい。
「まぁ、それは頼りになりますね。ブーちゃんも、きっと貴方を受け入れてくれますよ」
「ブーちゃん・・・あぁ、ここの豚のことか」
「ブーちゃんですよ。今後はなるべく、そう言ってくださいね」
「えっ」
トリアはすぐに、ダーヴィッドを採用。そのまま彼をパールム家の屋敷に住まわせ、ブーちゃんの家での仕事を与えていく。流石は経験者ともあって、掃除や餌やり、健康チェックなど、そこまで教えなくともスムーズにしていってくれた。
「やはりダーヴィッドさん、手慣れてますね~。最初は顔で怖がっていたブーちゃんも、すっかり懐いてます」
「顔を怖がられたのは不服だが・・・まぁ、育て先がどうであれ、生き物は皆同じ命を持っているからな。彼らが真っ当に生を尽くすようにするのが、俺の役割だ」
「素敵な考えですね~、どこかの家のワガママさんとは大違いです」
トリアの一言で、今度はルキド・ファビロスがクシャミをしたのは言うまでもない。
「・・・ここへ来ておよそ1ヶ月。大体のことは把握してきた頃だが、分からんな。何故貴様は、そこまで豚を愛する?周囲がどう言おうが揺るがない、その信念の根源は何だ?」
ふとダーヴィッドは、核心に迫るような質問をトリアに投げかけた。だが、というか、やはりトリアはクスクス笑うばかり。
「ウフフ、気付いたときには好きになってました。あと豚じゃなくてブーちゃんですよ、そっちの方が可愛いでしょう?」
それ以上トリアは何も言わなかった。なかなか掴めない性格をする彼女に、ダーヴィッドは振り回されてばかり。そんな彼の後ろ姿を見て、1頭の豚がニタリと笑うのだった。
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「結構順調じゃない、ここでの生活も」
深夜、誰もが寝静まっている頃。ブーちゃんの家では、話し声が聞こえていた。1人は先月より雇われたダーヴィッド、そして・・・・・・1頭の、豚。
「そちらはどうだ?小規模とはいえ、それなりの豚と暮らしているのだろう」
「意外と楽しいわよ。結構遊びに誘われることもあるし、やっぱアタシってモテモテね」
「そりゃあ、貴様は正確には豚では無いのだからな」
ウフフ!と満足そうな豚に、ダーヴィッドはふぅと息を吐く。最初にこの話をして「ついていくわ」と言われたときは大丈夫かと思ったが、やってしまえば意外とスムーズにいってしまった。この豚に危機感がなさ過ぎて、逆に不安だが。
「まぁ今更思い悩んでも遅いわよ。で、在処の目処はたった?」
「正直、さっぱりだな。俺が触れる情報が少なすぎる」
「まぁあくまで世話人だしねぇ。そう簡単にパールム公爵家の恩恵には触れられないわよね。いっそのこと、近寄るためにトリアちゃんの婚約者になっちゃう?」
「寝言は寝て言え!あの娘を利用させてもらいはするが、そこまでして巻き込むつもりはない」
「利用してる時点で失礼ですよ~」
「無関係の娘の人生まで、俺の危険な計画に巻き込むわけにはいかない」
「アンタ、相変わらず自己犠牲が強いわね。幼い頃から抱え込むクセが付いてるし・・・時には周囲を頼りなさいよ」
「貴様の言い出しを受け入れた時点で、嫌と言うほど頼っているが。それに、いちいち人の性格と過去をほじくるな。お前はいつもそういう感じだな」
「アラアラ、一応こっちは育て親だからね?」
「わぁ~、ブーちゃんは親御さんなのですね。素敵です」
「この作戦において、育て親も関係ないと思うが・・・・・・。
・・・・・・で!何故先程から貴様が会話に入っている!!?」
ビシッ!!とダーヴィッドは、何故かこの時間にいるはずのないトリアをようやく指差すのだった。
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「中」は明日夜に投稿する予定です。