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九、偉そうにして申し訳ありません

清孝(きよたか)、明日の練習付き合って!」

 真澄(ますみ)から突然電話が掛かってきて、開口一番に飛び出した言葉がそれである。

「おい、今何時だと思っている?」

 清孝は寝入り端を起こされて苛々していた。

「えっと、まだ夜の十一時半だけど?」

 真澄は何が問題なのというような声を響かせる。それが清孝を更に苛立たせた。

「『まだ』ではない、『もう』だ!」

「まさか、寝てたの? 早くない?」

「何時に寝ようが俺の勝手だろ――」

 うっかり電話に出てしまった清孝にも落ち度はあるが、真澄の唐突な行動は何とかして欲しいものである。

「悪かったわ、謝るから。それで明日暇でしょ?」

「暇じゃない」

 清孝が即答する。これは清孝のささやかな抵抗である――

「嘘よ。暇でしょう?」

 真澄の声には確信じみた響きがあった。しかし、そのまま流される訳にはいかない。

「仮に暇だとして、付き合う義理はないと思うが?」

「うう……」

 清孝の正論に真澄が口ごもる。清孝はため息をつくと、取り敢えず理由を聞くことにした。

「そもそも何の練習だ?」

「バンドの練習……」

「俺はバンドのメンバーでもないんだが?」

 部外者の清孝が練習に参加する理由が見当たらない。清孝が首を傾げるのは無理もないことだろう。

「実は、ギター担当の人が用事で来れなくなったの」

「じゃあ、別の日にすれば良いだろう?」

「そうもいかないのよ」

 スマホのスピーカーから、真澄のため息が聞こえた。 

「スタジオを予約していたから、キャンセル料取られちゃうのよ。勿体無いじゃない?」

 勿体無いと言われても清孝には関係ないことである。とは言え、高校生にとっては無視できない金額なのだろう。

 それに――清孝はスタジオでの音出しに少し興味があった。偶に楽器店で試奏しているが、アンプから出る生音は素晴らしいものである。スタジオで奏でる大音量サウンドは格別なものに違いない。

「俺が行っても、他のメンバーの邪魔になるだけだぞ?」

「他のメンバーと言っても、白石くんと(めい)だけだから」

「冥?」

「白石くんの彼女よ。冥は付き添いで楽器は弾かないけどね」

 雄也(ゆうや)はクラスメイトなので知らない仲ではない。冥という女の子と話したことがないので、少々不安ではあるが……

「清孝――お、ね、が、い」

 猫撫で声で甘えてくる真澄に呆れながらも、清孝は「分かったよ」と返した。


 

 夏休みともなれば、街中に学生が溢れかえっている光景も当たり前となる。

 焼け付くような日差しの中、歩くだけでも体力が消耗するのに、人混みを歩くのは結構しんどいものだ。

 清孝はギター用のソフトケースを背負い、それなりに重量のあるエフェクターケースを持って待ち合わせ場所に向かっていた。どうせ音合わせ程度の練習なら、スタジオで機材を借りても良かった――と清孝は今更ながら後悔した。


 清孝が待ち合わせの場所に着くと、既に真澄と雄也、それに雄也の彼女の冥が待っていた。

「沢村、紹介するよ。俺の彼女の小柳冥(こやなぎめい)

「小柳です。沢村くんよろしくね」

 冥はツインテールが似合う可愛い女の子であった。彼氏持ちでなければ、さぞやモテるに違いない。

「あ、よろしく。沢村です」

 清孝が挨拶すると、冥が撫で回すような視線を清孝に向ける。雄也は冥の頭をポンと軽く叩き、「冥、じろじろ見ないの。ごめんな沢村」と眉尻を下げて詫びた。

「い、いや、いいけど……」

 清孝が羞恥で頬を染め、視線を外す。そんな清孝を真澄は横目で睨んで、少し頬を膨らませた。



 大型の楽器店が入っているビルの中にレンタルスタジオはあった。

 借りた部屋は十帖ほどの広さで、壁の一面が鏡面になっていて更に広く感じる。ギターアンプ、ベースアンプ、ドラムセット、マイクスタンド、ミキサー等の機材が常設されていた。

 清孝はこの様なスタジオで演奏するのは初めてである。と言うか、他人とのセッションも初めてのことだった。

 ギターケースから愛用のストラトキャスターを取り出す。ストラップを少し長めに調節してギターを低く構える。鏡面に映る自分の姿を眺めて、清孝は口角を上げた。――なかなか様になっているじゃないか。ロックギタリストになった気分だ。

「沢村のギター、ストラトキャスター?」

 雄也がドラムのセッティングの手を止めて清孝に尋ねた。

「そ、そうだけど……」

 何かイチャモンでもつけられるのかと、清孝は身構える。

 ――ストラトキャスターは駄目なのか? シングルコイルピックアップが弱点と言えば弱点だが。それとも雄也はレスポール派なのか? 

「いいギターだよな!」

 雄也が白い歯を見せる。――体育祭の時も感じていたが、雄也は爽やかで嫌味のない人間、且つイケメンである。彼女持ちでなければ、さぞやモテるに違いない。

「はいはい。時間勿体ないから、セッティング終わったら始めるよ」

 真澄が手を叩いて催促する。

 清孝はギターをアンプに繋いで音出しを行う。スタジオ内に響く生音に清孝は言葉を失った。ヘッドホンで聴く音とは比べ物にならない。音の反響の所為もあるのだろうが、身体全体で感じる生音がこれほど迫力があるものだとは……

「どうした? 沢村――」

 雄也の質問に「いや、生音だと迫力あるな……と」と清孝が返す。

「清孝はスタジオでの演奏なんて、初めてだもんね」

 真澄がニヤける。

「うるさいな」

「え? 沢村はスタジオ初めてなのか?」

 雄也が意外と言う顔をしたので、清孝は顔を赤らめて俯く。

「清孝はセッションも初めてじゃなかった?」

 清孝は真澄の口を塞ぎたい衝動に駆られる。真澄を横目で睨むと、真澄は顔を逸らして(とぼ)けた。

「セッションも初めてって……、沢村くんは中学の時バンド組んでなかったの?」

 様子を眺めていた冥が口を挟む。

「バンドは組んだことがない!」と清孝が胸を張って答える。

「よくそんなに堂々と言えるわね」

 真澄が呆れ顔で突っ込む。

「まあまあ、いいじゃないか。それより練習始めようぜ。沢村、練習曲は聞いてる?」

「ああ、大丈夫だ」

 昨夜の電話の後、真澄からバンドスコアが送られて来た。曲自体は清孝も知ってるもので、難しいものではない。

「じゃあ、軽く合わせてみようか?」

 雄也の合図でセッションが始まった。


 清孝にとって初めてのセッション。雄也のドラムに合わせて演奏するのだが、これがかなり難しい。セッションに不慣れな清孝の問題なのか、あるいは――

「白石、ちょっといいか?」

 一回演奏が終わった後、清孝が雄也に声を掛けた。

「なんだい?」

「白石はドラム歴どれくらいなの?」

「そうだな、半年くらいかな」

 雄也が頭を掻く。――半年くらいだとこの程度なのかも知れない。

 清孝はドラムは叩けないが、パソコンで打ち込みをしているので、ドラムのリズムとかは理解している。それに、パソコンで作り込んだ正確なリズムに合わせて日々練習しているので、リズム感には自信があった。

 セッションが難しく感じたのは、ドラムのリズムが安定していない所為だろう。人間が叩くのだから、多少リズムにムラが出るのはしょうがない。

 雄也に関しては練習量が足りないか、練習の仕方に問題があると思われる。

 このバンドは、雄也の希望で始めた即席バンドだと真澄からは聞いている。親友の冥に頼まれて部活に入ったとも。

 清孝が真澄に視線を向けると、真澄は苦笑していた。まったく、バンドの問題を押し付けやがって……

 欠点を指摘するのは簡単だが、相手のモチベーションを下げてしまっては意味がない。

「なあ、白石。これから、真澄と音合わせするので、少し聴いてて貰えるか?」

 清孝が真澄に目配せをする。真澄は意図を理解したのか無言で頷いた。

 清孝はスマホのメトロノームアプリを動作させ、「ワン、ツー、スリー、フォー」と裏拍でカウントを取った。

 スタジオ内に清孝のギターと真澄のベースの音が満ち溢れる。先程と打って変わった演奏に、雄也と冥が瞬きを繰り返す。

 演奏しながら清孝は真澄に感心していた。前に聴いた時よりも格段にリズムの取り方が上手くなっている。呼吸が合わせ易い、というか清孝にピッタリと合わせて来る。

 これがセッションか――清孝の身体が高揚感に包まれていく。

 清孝が雄也に視線を向けると、雄也は何かを考えているように見て取れた。


「私の演奏どうだった?」

 真澄が清孝の顔を覗き込んだ。

「随分上手くなった」

 清孝が素直に称賛すると、真澄は頬を緩ませた。

「凄い凄い! 二人とも上手いし、息ぴったり」

 冥が目を丸くして拍手する。そして、雄也に顔を向けて「雄也はもっと練習しないといけないね」と笑った。

「そうだな。何となく分かったよ。俺の演奏の課題はリズムなんだな?」

 清孝が静かに頷く。雄也との間に信頼関係が成り立っていれば、こちらからの指摘も素直に受け入れてくれるだろうが、まだそこまで仲が良いわけではない。今は、課題を気付かせられただけで十分だろう。

「教えてくれ、沢村。リズムの練習はどうやれば身に付く?」

 雄也の眼差しが真剣さを帯びている。

「裏拍で練習するのが良いと思う」

「裏拍?」

 雄也が首を傾げる。――ドラムの初歩的な練習だと思っていたが、知らないようだ。

「例えば表拍は、一、二、三、四、と数字のところで拍子を取るんだけど」

 清孝は手を叩いて説明する。

「裏拍は、一と二と三と四と、という具合に『と』のところで拍子を取るんだ。メトロノームを使って練習する時に、こうやってクリック音とクリック音の間の無音のところで拍子を取って演奏をするんだ」

 清孝は、メトロノームを鳴らし、裏拍のタイミングでギターのカッティングをして見せた。

「裏拍での練習は、ドラム練習の基本らしいからやっておいて損はないと思う」

 清孝の説明に雄也が頷く。

「あ、ドラムも叩けない奴がなんか偉そうに言ってすまん」

 清孝は調子に乗って言い過ぎてないかと不安になり、バツが悪そうに顔を伏せた。

「いや、為になるよ。ありがとうな、沢村」

 雄也が白い歯を見せる。清孝は雄也が、自分のアドバイスを受け入れてくれたことに安堵した。


「ところで、白石は何故ドラムを?」

 清孝が質問をすると、雄也が頭を掻きながら「去年、冥と夏フェスに行ってさ。あるバンドのドラマーがめっちゃカッコ良くて。これだ――と思ったんだ」と答えた。憧れから始めることは良くあることだ。

「去年の夏って……、受験生の身でよくフェスに行けたな?」

「冥が偶々知り合いからチケットを貰ったんだよ。勿体無いから行こうと言うことになってさ」

 雄也と冥が顔を見合わせて笑い合っている。

「そう言う沢村は、何故ギターを始めたんだい?」

 清孝は何て返そうかと思案した。清孝は憧れで始めた訳ではない。事実を話して食いつかれても困る。

「俺は……。そうだな、自分にしかできないことを成し遂げたい、自分らしく生きていきたい的な」

「何、訳の分からないことを言ってるのよ……」

 真澄がため息をつく。

「あははは。沢村くんて面白い人だね」

 冥が大笑いする。雄也も釣られて笑っている。

 清孝は冗談を言ったつもりはなかった。始めたキッカケはともかく、今はそう思っている。「俺のことはどうでも良いから、練習、練習!」と声を上げた。



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