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六、可愛くて申し訳ありません

 夏休みを有意義に過ごす――そう考えている学生は多いだろう。

 その為に何か目標を掲げたり、予定を無理やり詰め込んだり、色々と苦労しているのだ。

 確かに目標を持ったり、スケジュールが埋まっていると有意義だと感じ易い。

 しかし、有意義かどうかを決めるのは、過ごし方ではなく、気持ちの持ち方であることを忘れてはいけない。

 

 清孝(きよたか)は、スケジュールを詰め込むタイプではない。どちらかと言うと、無計画な人間であり、思いつきで動くことが多い。

 なので、夏休みのスケジュールは何も決まっていない。清孝にとって有意義に過ごせるかどうかは、あまり重要でないのだ。やりたいことをやりたい時にやる、それが清孝にとっての有意義な時間となる。

 そんな清孝の性格を知っている真澄(ますみ)から突然呼び出しを受けても、嘘の予定で断ることが出来ないのは致し方ないのかも知れない。


「か、可愛い……というか綺麗……」

 清孝のメイクをしていた真澄が、頬を染めてうっとりしている。

 鏡の中には見目麗しい女性が映っていた。

 長い睫毛、大きな瞳に艶やかな唇。頬がやや赤みを帯びているのは羞恥からくるものだろう。

 少しウェーブのかかったウィッグが良く似合っている。

「なぁ、本当にこの姿で行かなきゃ駄目か? 勘弁して欲しいんだけど……」

 清孝が頬を染め上目遣いで真澄に訴える。

「ぶはっ」

 真澄は清孝の可憐な表情に、思わず鼻血が出そうになるのを手で押さえる。

「誕生日をきちんと祝えなかったから、一日何でも聞くと言ったのは清孝だからね?」

 真澄はティッシュで鼻をかみながら主張した。

 誕生日プレゼントは渡したが、直前まで真澄の誕生日を忘れていて祝ってやれなかったのは事実である。真澄には一日言うことを聞くという条件で許しを貰っていた。

「確かにそう言ったけど……」

 清孝が眉を寄せて、困ったような眼差しを向ける。

 清孝の眼差しに真澄は顔を真っ赤に染めて、「その表情ヤバい。女の私でもぐっと来る」と清孝の肩をバシバシ叩く。

「あのなぁ……」

 清孝は大きくため息をついた。


 メイクが終わり真澄の服を着せられたが、何やら違和感を感じる。

 真澄との体格差もあるので、割とゆったりした服になるのはしょうがない。それでも何か物足りなさを感じた。

 真澄も同じように物足りなさを感じているようだ。清孝の胸部をじーっと見つめている。

「男だからな」

 清孝は真っ直ぐな胸板をぽんと叩いた。

 メイド服の時は胸部が割とタイトな衣装だったので、タオルを詰めるだけで何とかなったのだ。

 しかし、今着ているゆったりとした服だとそうはいくまい。

「このままでも良くないか?」

 清孝は真澄が良からぬことを考えないうちに、同意を取ろうとした。

「こうなったら、ブラを付けるしかない」

 清孝の悪い予感が的中した――

 真澄は言い出したら聞かないところがある。清孝は眩暈(めまい)を起こし、額に手を添えた。

 真澄はチェストの引き出しからブラを掴むと、顔を真っ赤にして清孝に目を閉じろと催促する。そんなに恥ずかしいなら、無理にする必要もないと思うのだが……

 清孝はため息をつくと、言われたように目を閉じた。

 流石に直接肌に付けるのは清孝も抵抗があるので、インナーシャツの上からにして貰った。

 いくら清孝が痩せているといっても、所謂アンダーバストは真澄よりも大きい。当然、そのままではホックは止められない。

 真澄は色々やり繰りして何とかブラを固定すると、満足そうに笑みを溢した。

 何やらメジャーで測っていたので、次回の為に清孝用のブラを準備するつもりなのかも知れない。

 

 ブラに詰め物をして形を整えると、真澄は「目を開けていいよ」と清孝に言った。

 清孝は自分の姿をスタンドミラーで確認する。メイド服の時のような奇抜さはないが、カジュアルにコーディネートされた姿は好ましいものだった。

 先ほど感じた物足りなさは無く、程よい膨らみが女性らしさを際立たせている。脚は長めのスカートで隠れているが、惚れ惚れするほどのスタイルだ。

「お前、結構胸あるんだな」

 両手で胸を持ち上げている清孝に悪気はない。近しい人間に対してのデリカシーが欠けているだけである。

 ブラのサイズに合わせて詰め物をしているので、膨らみの大きさは真澄のそれと同じになるのは道理であった。

「そ、それ、セクハラだからね!」

 真澄は羞恥で耳まで赤く染めながら清孝を睨む。

「ごめんごめん」

 流石に言い過ぎたと感じた清孝は、真澄の頭を撫でて謝った。

 真澄は瞳を潤ませ、「うー」と低く唸って清孝の腕を叩く。そして、「ばか」と呟いて顔を背けた。

 しかし、セクハラというのであれば、真澄のオモチャにされているこの状況もセクハラなのでは? ――と口には出さないが、清孝は少し理不尽さを感じた。


「あれ? お客さん?」

 少し開いた部屋のドアから、真澄の妹である山川紗苗(さなえ)の顔が覗いている。

 清孝と目が合うと紗苗の表情が固まった。女装姿を見られた清孝は、居た堪れなくなり視線を外す。

「紗苗、勝手に覗かないの」

 真澄が紗苗を咎める。

 真澄の声で我に返った紗苗は「ドア、開いてたんだけど――」と少し不服そうに頬を膨らませた。

 紗苗は中学二年生で、ストレートのミディアムヘアが似合う可愛い女の子だ。真澄よりも大人びていて落ち着きがある。

「妹の紗苗です。姉がお世話になってます」

 紗苗の礼儀正しい挨拶に清孝は戸惑いを見せた。声を出すと清孝だとバレてしまうだろう。紗苗に軽蔑されるのが容易に想像できる。

 清孝が声を出さずに硬い表情で微笑むと、紗苗は清孝を凝視してきた。清孝は思わず視線を彷徨わせる。

「きーくん?」

 紗苗の言葉に、清孝は身体をびくっと揺らした。そして、ゆっくりと紗苗の顔に視線を合わせる。

「やっぱり、きーくんだ」

 紗苗は小さい頃から清孝のことを『きーくん』と呼んで兄のように慕ってくる。清孝も実の妹のように接して来た。

 清孝は真澄に顔を向け、この状況を紗苗に説明しろと視線で促す。

「へぇー、そういう趣味があったんだ……」

 紗苗は(さげす)むような眼差しを清孝に向けた。清孝は居た堪れなくなり顔を伏せる。

「これは、私の趣味よ」

 真澄の言葉に、紗苗は「ふーん。どっちでもいいけど」とぞんざいに返し、清孝に近づく。

 紗苗は顎に手を当てながら清孝を観察すると、女装の出来栄えに感心していた。

 紗苗はとても真面目な人間で、学校では二年生でありながら生徒会長を務めるような優等生だ。それでも美に興味を示すのは、女の子の(さが)なのであろう。

「しかし、よく俺だと分かったな?」

 清孝が頬を掻きながら尋ねる。

 紗苗は清孝に顔を向け、「私、観察力には自信があるので」と真顔で答えた。 

「それなら、これが俺の趣味じゃないことも理解できるな?」

「そうですね」と紗苗が軽く笑みを見せた。

 紗苗に誤解されたままでは後味が悪い。というか、妹のような可愛い紗苗の蔑む視線には耐えられない。清孝は紗苗が誤解を解いてくれたことが分かり、胸を撫で下ろした。

「はーい、お姉ちゃんたちはお出掛けするので、お披露目はここまで」

 真澄が紗苗を清孝から引き剥がす。紗苗は「正気なの? あの姿で?」と困惑したまま、それでいて名残惜しそうに自室に戻って行った。


 真澄も支度をするというので、清孝は居間で待つことになった。真澄の両親は出かけているらしい。もし、真澄の母親から清孝の母親に女装の件が伝わったら、沢村家は大変な騒ぎになるだろう。

 ソファーで寛いでいると、紗苗が居間にやって来た。紗苗は横に座ると清孝の顔を凝視する。

「あまりジロジロ見るなよ」

 清孝が眉を寄せると、紗苗は笑みを溢した。

 普段の紗苗は優等生としての振る舞いから凛としていることが多いが、時折見せる笑顔の紗苗は姉同様とても可愛い少女である。

「きーくん、本当に綺麗だね。化粧映えする顔だなとは思ってたけど――」

「お前もそんなことを言う……」

 清孝は口角を下げる。

「ねぇ、写真撮っていい?」

 紗苗がスマホを構える。清孝は「好きにしろ」とため息をついた。

「いいか、絶対流出させるなよ」

「分かってる、分かってる」

 紗苗は嬉しそうに撮った画像を眺めている。

「お待たせ――」

 真澄が居間に入って来ると、紗苗は普段の凛とした表情に戻った。

「何してたの?」

 真澄の問いに紗苗は「何でもない」と言って自室に戻って行った。


「じゃ、出かけましょうか」

 真澄が清孝に微笑む。

 シフォンブラウスにスカートという真澄は、グロスで仕上げられた唇の(なまめ)かしさもあって、普段よりも大人びた美しさを感じさせている。

 清孝は頬を染めるのと同時に、これから起こることへの不安を募らせた。



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