表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

五、忘れて申し訳ございません

 波乱の体育祭が終わると、本格的に梅雨の季節に入る。梅雨は鬱陶(うっとう)しいものだが、清孝(きよたか)に関してはもっと鬱陶しい事態になっていた。

 体育祭以来、清孝は偶にだが校内で「あのメイドの男子」と囁かれるようになった。どうも「美少女メイド男子」と注目されているようなのだ。

 先日は、上級生の女子に呼び出されることがあった。

「ちょっと可愛いからって、いい気にならないでよ!」と怨言(えんげん)を聞かされた。

 何でも彼氏が清孝のメイド写真で呆けているらしく、構って貰えないとのクレームであった。清孝としても好き好んでメイド姿になった訳ではない。つくづく迷惑な話である。

 とにかく目立たず、大人しく過ごすしかない。

 

 登校した清孝が自分の下駄箱を開けると、見慣れない封筒が上履きの上に置かれていた。

「何だこれ?」

 清孝は封筒を手に取り表裏を確認する。封筒は洋型二号封筒で白地に薄らと花が描かれている。宛先も差出人も書かれていない。

「お、ラブレターか?」

 いつの間にか近寄って来た雄也(ゆうや)が、清孝の手元を覗き込んでいる。

「ま、まさか、違うだろ?」

 清孝は雄也に向かって慌てて否定する。

「山川さんには黙っているから、な」

 雄也は笑いながら清孝の肩を叩いた。

「真澄に何の関係があるんだよ?」

 清孝は眉を寄せる。雄也はそんな清孝の顔を見て、「あー、なるほど……」と独り言ちた。

「何だよ?」

「いや、何でもない」

 雄也は手を振り、教室に歩いて行った。



 昼休みの時間、清孝はトイレの個室で封筒と睨めっこしていた。

 これはラブレターではなく、体育祭の時の悪目立ちに対する抗議文だろう。もし、仮に、万が一でもラブレターというものであれば、丁寧にお断りせねば――

 

 そう言えば小学六年の時、家に遊びに来た真澄から手紙を貰ったことがあった。

 いつものように揶揄(からか)っているのだろうと思って読みもせずにゴミ箱へ捨てたら、それを見ていた母親に酷く叱られた記憶がある。

 好意を受けるにしろ、断るにしろ、誠意をもって対応するのが礼儀だと言いたかったのだろう。結局、あの時は真澄が冗談だと言っていたので、叱られ損だったのだが……

 

 清孝は封筒から便箋を取り出して目を通した。

 体育祭での活躍がとても素敵だったこと、今日の放課後に校舎裏に来て欲しい旨が書かれていた。

「これ……ラブレターだよな」

 いくら鈍い清孝でも、これがラブレターの類であることは分かる。これは誠意をもって返事をしなければならない。

 清孝は便箋を封筒に戻すと、ため息を漏らした。



「沢村くん、来てくれてありがとう」

 校舎裏で待っていたのが可憐な美少女だとしても、清孝は断るつもりだった。

 恋愛もしてみたいが、もっと大人になってからでも良いと清孝は考えている。今の清孝にとって高校生活を安穏と過ごすことが、何よりも重要なことなのだ。

 しかし、待っていたのが男子生徒だとは――全く考えていなかった。罰ゲームか何かと勘繰ったが、相手の男子は至って真面目である。

 同性愛を否定するつもりはない。ただ、清孝は恋愛に関してはストレートな人種だ。

 想定の斜め上を行く事態に、清孝は眉を寄せた。


 落ち着いて話を聞くと、その男子生徒は清孝の女装姿に一目惚れしてしまったらしい。そう言う意味では彼もストレートと言える。

 ただ、惚れた相手が実在しないので、感情を向ける先が清孝になってしまったと言うことだろう。

 その男子生徒の話だと、メイド姿の清孝の写真は生徒の間でかなり広まっているようだ。ファンクラブを作る動きもあるとか。――それだけは勘弁してくれ。清孝は大きく息を吐く。

 男子生徒は清孝と話が出来て満足したのか、願望を押し付けてくるようなこともなく、「応援してます」とだけ残して去って行った。

 清孝は安堵すると共に、どっと疲れを感じた。



「清孝、一緒に帰ろ――」

 清孝が一人で帰ろうとしていると、真澄(ますみ)が近寄って来た。

「げ……」

 清孝は思わず声を上げる。

「何よ、げ……って」

 真澄が頬を膨らませて、清孝の脇腹にパンチを入れる。女の子だからと侮るなかれ、真澄は運動センスが良いのでパンチも的確なのだ。

「悪かった、悪かった」

 清孝は少しだけ顔を歪め、謝った。

「まったくもう――」

 真澄は一瞬呆れた眼差しを清孝に向けるが、直ぐに頬を緩ませる。 

 

「清孝って、少し変わったよね」

 真澄が清孝の顔を見上げる。

「変わったか?」

 清孝は自分の頬を確かめるように触る。

「うん、愛想がないのは変わらないけど、自信に満ちた表情をするようになったというか」

「自分では分からんな」

「今だって、周囲から沢山視線を注がれているのに動じてないよね?」

 真澄は目を細める。確かに視線を多く感じるが、以前ほどの苦痛は感じない――慣れただけかもしれないが。

「それにしても例のメイド姿、凄い人気だねぇ」

 真澄は口許を手で押さえながら目を細める。清孝は頬が熱くなるのを感じ、口を結んで真澄を軽く睨む。

「私よりも人気があって嫉妬しちゃう――」

 真澄は戯けた口調で清孝を見上げる。

「お前、自分が人気者だと自覚しているな」

「ふふふ」

 真澄が、当然ですよと言わんばかりの視線を清孝に向ける。

 実際、真澄の人気は凄いものだ。校内にファンクラブもできていると聞く。最近、真澄と歩いていると視線に殺気が混じっているのは、その所為だろう。

「しかし、先を越されちゃったな……」

 真澄がポツリと呟く。

「何が?」

「いやぁ、私も清孝が化粧映えするのは分かってたんだけどね」

 真澄がそう言って俯く。

 清孝が首を傾げると、真澄は笑顔を作り「そうそう来月は――」と話題を変える。

「来月は期末試験だろ? しっかり勉強しないとな」

 清孝が真面目な顔で即答すると、真澄はしばらく清孝を見つめていたが、「そ、そうだね……」と目を伏せた。



 七月になると気温も上がり、蒸し暑さの不快感が増してくる。

 清孝が通う翠川(みどりがわ)高校は、冷房設備は特別教室にだけ設置されている状況で、一般教室にはまだ設置されていない。

 ()だる暑さの中で勉強させられる生徒たちは気の毒であるが、期末試験が終われば夏休みが待っている。

 生徒たちはそれをモチベーションに蒸し暑さと闘っているのだ。


「暑い……」

 清孝は思わず独り言ちた。あまりの蒸し暑さで授業の内容が入って来ない。下敷きで顔を扇ぐが、ぬるい風が当たるだけで不快感は変わらない。

「くすっ」

 後ろの席から一瞬笑いが漏れる。清孝からは見えないが、亜弥乃は清孝の仕草を見て微笑んでいた。

 亜弥乃は何を思ったのか、自分の下敷きで清孝を扇ぐ。

 突然後ろからぬるい風を受けた清孝は、びっくりして身体を強張らせた。

「な、何をしているので?」

 授業中なので、周囲に気付かれないよう少しだけ振り返り、小声で尋ねる。

「暑そうだったから……」

 亜弥乃が屈託のない笑顔を見せる。

 清孝は一瞬眉を寄せるが、「お、お構いなく」と言って前を向いた。


「先日の調査票の提出期限は明後日(あさって)だからな、忘れるなよ」

 授業の終わりに担任教師は、そう告げて教室を出て行った。

 そう言えば選択科目や進路などの調査票を貰ってたな。明後日が提出期限か――

「ん? 明後日は七月七日……あっ!」

 スマホのカレンダーを見ていた清孝は、うっかりスマホを落としそうになった。

 七月七日は真澄の誕生日じゃないか……

 去年、真澄が清孝の誕生日を祝ってくれた時、お返しに祝うと約束したことを思い出した。――うっかりしていた。急いでプレゼントを用意しないと……

 


 ――七月七日――


 登校時、清孝は真澄と一緒にならなかったので、まだ誕生日プレゼントを渡していない。プレゼントは、清孝の小遣いで買えるリップグロスにした。嵩張る物だと学校で渡し難いからだ。

 とは言え、校内で渡すのも結構難しい。

 清孝は休み時間に一年二組の前を通ったが、誰にも気付かれずに渡すなんて無理そうだった。

 衆目の中で渡す手もあるが、清孝にそんな勇気はない。そんなことしたら、周囲に誤解を与えかねないし、絶対恨まれる。

 校内の監視の目を掻い潜って渡すなど、忍者か怪盗でもない限り出来そうもない。となると、放課後しかチャンスはない――



「真澄、カラオケ行くよー」

 真澄の親友である小柳冥(こやなぎめい)が、スマホを弄っている真澄に声をかけた。これから、真澄の友人たちが誕生日を祝うことになっていた。

「う、うん」

 真澄はスマホをカバンにしまうと冥と一緒に教室を出た。

「そう言えば、いとこ君からプレゼントは貰ったの?」

 冥が真澄の顔を覗き見る。

「知らない。あんな奴――」

 真澄は頬を膨らませながら、顔を逸らした。

「あらあら、そっか。貰ってないのか」

 冥は真澄の頭を撫でて慰める。

「別に期待してないから、大丈夫よ」

 大丈夫と言いつつ、真澄の瞳には不満の色が滲んでいた。

 真澄が大きくため息をつき、自分の下駄箱を開ける。外履きの上に小さな包みとメッセージカードが置かれているのが見えた。

 真澄は眉を寄せて、小さな包みとメッセージカードを下駄箱から取り出した。

 メッセージカードには、『誕生日おめでとう。遅くなってごめん』とだけ書かれている。

 名前の記載はなかったが、その筆跡は見覚えのあるものだった。真澄の頬が淡く染まり、瞳に薄っすらと膜がかかる。

「おや、いとこ君からかな? よかったじゃん」

 状況を察した冥が真澄に笑いかけると、真澄は口許を緩めた。

「よーし、今日はいっぱい歌うぞ――!」

 真澄は元気に叫ぶと、冥を急かすようにして校舎を飛び出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ