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四、抱きしめて申し訳ありません

 天気予報では、今日は一日快晴とのことだった。

 普通の男子ならば、亜弥乃(あやの)との二人三脚の為に快晴は喜ばしいと感じることだろう。仮に雨だろうが台風だろうが、最後まで登校を諦めないに違いない。

 しかし、清孝(きよたか)は雨で体育祭が中止になることを本気で望んでいた。沢山のてるてる坊主を逆さに吊るして祈っていたのだから、その本気度も計り知れよう。

 天気予報の『快晴』という言葉を聞いて、清孝は大きくため息をつく。亜弥乃と二人三脚している姿を全校生徒に晒し精神が耐えられるだろうか、そんな思いが伝わるようなため息であった。

 清孝は、一度亜弥乃に何故自分を指名したのかを尋ねている。しかし、亜弥乃は微笑むだけで答えてくれなかった。

 勿論、清孝は亜弥乃が嫌いな訳ではない。あれほどの可愛い女の子と走れるなんて、男冥利に尽きるとさえ感じている。

 しかし、目立ちたくない、安穏と高校生活を送りたい、そんな思いを抱いている清孝にとって、このイベントは脅威でしかなかった。まあ、相手が亜弥乃でなければ、ここまで悩むこともなかったに違いない。

 一学年で留まっていた亜弥乃や真澄(ますみ)の可愛らしさが六月に入ると全校生徒にまで知れ渡り、二人とも清孝とは別世界の住人となってしまった感じである。

 こうなると清孝としては、できるだけ校内での関わりを避けたいと強く思うのも頷けよう。男の嫉妬は、女の嫉妬と比較にならないほど怖いものなのだ。社会から抹殺されてしまうほどの。



 体育祭のプログラムは順調に進んでいた。

 綱引きと玉転がしが終わり、次は百メートルの短距離走である。

 出場選手がグランドに集っており、白組選手の中には真澄の姿もあった。いつものポニーテールの髪型だが、今日は白色のリボンをしている。

 真澄は運動神経が良く、どんなスポーツも出来る。中学校の時はソフトボール部だった。高校に入学して運動部からの勧誘も結構あったようだが、軽音楽部に入っている。

 確かに真澄はベースを弾けるが、腕前は普通のレベルである。運動部に入った方が才能を活かせるような気がするのだが――まあ、真澄の高校生活に他人が口出しするものではない、と清孝は考えて静観している。


 真澄の走る番が来た。走者がクラウチングスタートの姿勢を取る。

 スターターピストルの乾いた音で、走者が一斉に飛び出した。

 先頭は陸上部の女子のようだが、中盤に差し掛かると真澄がぐんぐん追い上げる。真澄のポニーテールが、競走馬のそれのように後方になびく。そして先頭に立つと、そのまま一着でゴールテープを切った。

 白組席から、どっと歓声が上がる。

 あんな活躍見せたら、運動部の勧誘が激しくなりそうだな――と清孝は真澄に視線を向ける。

 一着の旗を持った真澄は、清孝の視線を感じとるとVサインを掲げて満面の笑みを見せた。

 清孝に向けた笑顔であるが、白組の男子が色めき立ったのは致し方ないことかも知れない。

「何という極上スマイル――」

「山川が可愛すぎる!」

「やべー、ハート撃ち抜かれた」

 清孝は視線を逸らして、大きく息を吐いた。



「次は、男女混合の二人三脚競争です。出場者はお集まり下さい」

 会場内にアナウンスが響くと、クラス男子の視線が清孝に集まった。清孝は無表情のまま指定場所へ移動する。

 しかし、競技が終わった後のクラス男子に浴びせられる罵詈雑言(ばりぞうごん)を想像して、清孝は徐にため息を漏らした。

 指定場所で待っていると、実行委員席の方から亜弥乃がやって来て清孝に微笑む。

「お待たせしました。頑張りましょうね」

 髪型は練習の時と同じく、後ろで編み込まれている。

 清孝は頷くとしゃがみ込み、亜弥乃の足になるべく触れないよう注意しながら、足と足を帯で固定した。

 亜弥乃がそっと清孝の腰に腕を回すと、会場内の男子生徒が一瞬騒つく。

 清孝が亜弥乃の肩を抱くと、亜弥乃は少し恥ずかしそうに俯いた。会場内が騒然となり、清孝に向けた怒声が聞こえる。

 今直ぐにでも逃げ出したい――清孝は全身から汗が噴き出すのを感じた。

 それにしても怒声の中に、「バカ清孝、死んじゃえぇー」という女子の声が混じっているのは気のせいだろうか。


 スターターピストルの合図で、清孝と亜弥乃が走り出す。

「一、二、一、二――」

 清孝がリズムを刻み亜弥乃の歩幅に合わせると、二人の息が徐々にシンクロして行く。この調子なら直ぐ終わるだろう――順位はどうでもいいから、早く終わらせたい。

 会場内のほぼ全ての視線が自分たちに向けられていると思うほど、視線の圧が凄かった。

 この競技の運動量は大したものではない。それでも破裂するかの如く、清孝の心臓が高鳴っているのは衆目に晒されているという羞恥によるものだろう。

 亜弥乃の息が上がっているのは、運動が得意でないことによるものか、清孝のリードの下手さによるものかは分からない。

「東條さん、もうすぐゴールだ。頑張れ」

「はい」と亜弥乃が返事をする。

 ところが、ゴール目前に迫ったところで、突如亜弥乃がバランスを崩した。

 亜弥乃の瞳に絶念の色が滲む。このままだと、亜弥乃が顔面から着地するのは目に見えていた。

 清孝は咄嗟に身体を反転させながら亜弥乃を両手で抱きしめると、勢い良く背中からゴールへ倒れ込む――ザザザッと地面を擦る音と共に砂埃が舞った。


 清孝は亜弥乃を抱きしめたまま「大丈夫か?」と確認する。亜弥乃はゆっくりと目を開けるが、まだ状況を理解出来ておらず呆然としていた。

 清孝は身体を起こし「東條さん、怪我ない?」と再度確認する。

 清孝の声で状況を理解した亜弥乃は、「はい、大丈夫です」と顔を紅く染めた。

「そっか。良かった」

 清孝は胸を撫で下ろすと、足を固定していた帯を解き、亜弥乃を立たせる。

「沢村くん、ありがとう。それとごめんなさい。沢村くんこそ怪我してないですか?」

 亜弥乃が申し訳なさそうに清孝を窺う。

「大丈夫。ちょっと汚れただけだから」

 清孝は笑いながら手を振って、問題がないことをアピールした。

 依然会場内は騒然としているが、清孝は大仕事を成し遂げたような気分で、あまり気にはならなかった。



 午前の競技が終わり教室に戻った清孝は、クラスの男子たちに囲まれていた。

「よく東條さんを守ってくれた」

 身構えていた清孝は、思いがけない反応に面食らった。

「沢村と東條さんの二人三脚には納得してないけど、東條さんを怪我から守ってくれたことは評価するよ」

 怪我を回避する為とはいえ、亜弥乃を抱き締めるようなことをしてしまったのだ。もっと辛辣な言葉を突きつけられると覚悟していた清孝は、少し拍子抜けした。

「沢村、格好良かったぞ」

 雄也(ゆうや)が、清孝の肩を軽く叩く。

「白石……」

「そう言えば、山川さんが凄い顔して睨んでたぞ」

 雄也の目が細くなった。

「山川?」

 清孝が首を傾げる。

「山川真澄。君らはいとこ同士で幼馴染なんだろ?」

「何故そのことを?」

 清孝が怪訝な表情を見せる。

 雄也は両手でドラムを叩く仕草をして、「俺、山川さんと同じ軽音楽部なんだよ。それに俺の彼女が山川さんの親友だったりする」と歯を見せた。

「なるほど……」

 清孝は得心がいったように頷く。

「沢村がギター弾けるのも聞いてるよ。そのうちセッションでもしようぜ」

 雄也はそう言ってから時計を見て、「おっと、実行委員の仕事に戻らねば。それじゃまたな。あと仮装競争も期待してるぞ」と教室を出て行った。



 午後のプログラムの障害物競走が始まったようだ。グランドの歓声が教室まで聞こえる。

 清孝は次の種目である仮装競争の準備の為、教室に居残っていた。どうやらメイドに仮装させられるらしい。

 清孝に化粧を施していた亜弥乃が、「やっぱり。沢村くんは化粧映えする顔ですね……」とうっとりした眼差しをする。

 周りで眺めていた女子たちは、「なんか嫉妬しそう……」と言葉を漏らしている。

 ウィッグを装着してメイド服を着ると、女子から「あのー、写真撮ってもいい?」と聞かれた。

「構わないけど……」

 清孝が少し眉を寄せると、そこから暫く撮影タイムになった。


 写真を見せてもらうと、沢村清孝という人物からは想像できないほどかけ離れた美少女が写っていた。

「これ本当に俺か?」

 あまりの美少女化に清孝は愕然とする。

「これは優勝狙えますね」

 亜弥乃が嬉しそうに微笑む顔を見て、清孝は羞恥で顔を赤らめた。



「次の種目は、仮装競争です。出場者はステージまでお集まりください」

 場内アナウンスが流れ、清孝は顔を真っ赤にしながら会場の一角にあるステージへ向かった。

 清孝の名前が呼ばれ、ステージに上がった途端会場内が色めき立った。ステージ後方に設置されている大型スクリーンに映し出された清孝の姿が、あまりにも美少女然としていたからだ。

「おいおい、嘘だろ?」

「あれが沢村だと?」

「俺、なんか胸が苦しいんだけど?」

 ステージに立った清孝の恥じらう姿は、男子生徒を悶えさせ視線を釘付けするには十分であった。


 お披露目の後は仮装のまま徒競走するのだが、清孝の足は速い方なので難無く一着でゴールする。

 仮装の評点も満点だったので、清孝が優勝となったわけだが――

 クラスに戻った清孝が、撮影会の主役になったのは言うまでもない。 



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