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三、選ばれて申し訳ありません

 清孝(きよたか)が通う翠川(みどりがわ)高校は、六月に体育祭という学校行事がある。中間試験が終わっても安穏としていられない。

 清孝はそれなりに運動神経が良い方が、球技だけは苦手であった。球技は大概チーム競技が多いからで、他人との連携プレイが煩わしく感じる清孝が、自ずと球技に苦手意識を持つようになってしまっても致し方ないだろう。

 ただ、体育祭に球技種目はなさそうなので、清孝としては安堵している。


 一年四組の体育祭実行委員には、亜弥乃(あやの)白石雄也(しらいしゆうや)が選ばれた。

 本来なら他の男子生徒から嫉妬の視線が雄也に集まるところだが、それが殆どないのは雄也に彼女がいるからだろうか。


「それでは、競技の参加者を決めたいと思う」

 ホームルームの時間、雄也が教壇に手をついて場を仕切った。亜弥乃が黒板に競技種目を書いていく。

「最低一人一種目が義務だからな。それ以外は自薦、他薦で決めたいと思う」

 翠川高校の今年の体育祭は、一組から四組までが白組、五組から八組までが赤組となっている。

 先ずは、自分が出たい種目の希望を出すことになった。

 競技種目は、①綱引き、②玉転がし、③短距離走、④二人三脚競争、⑤障害物競争、⑥仮装競争、⑦騎馬戦、⑧クラス対抗リレーとなっている。

 因みに『綱引き』と『仮装競争』は男子専用種目、『玉転がし』と『障害物競走』は女子専用種目、『二人三脚競争』と『クラス対抗リレー』が男女混合種目となっていた。

 清孝は目立つのが苦手なので、綱引きに希望を出した。綱引きであれば目立ち難く、個人の貢献度合いも知れている。地味な競技なので人気もそれほどなく、清孝の希望はすんなり通った。

 各種目の枠が少しずつ自薦で埋まっていく。しかし、二人三脚競争と仮装競争は自薦で埋まらなかった。

「誰か出てくれる人いない? 居なければ他薦で」

 雄也がクラスを見渡す。男子の一人が二人三脚競争に亜弥乃を推薦した。すると、クラス中の男子が一斉に手を上げて出場を申し出る。

 勿論、清孝は大人しく成り行きを見ているだけだ。

「これだから男っていうのは――」とクラスの女子が一斉に呆れる。

「東條さん、どうする?」

 雄也が亜弥乃の顔色を窺った。

 亜弥乃はしばらく考え込むような仕草を見せる。

「出ても良いのですが、組む相手を選ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 雄也はクラスの男子たちに向かって、「諸君、それで構わないか?」と確認する。

 男子たちが頷くのを確認すると、雄也は「いいか、恨みっこなしだぜ?」と叫んだ。

 雄也に促されて、亜弥乃が指名した男子は――清孝だった。




 体育祭が近くなったある日、清孝は亜弥乃から二人三脚競争の練習に誘われた。

 清孝は、次の休日に河川敷のグランドで練習することを提案する。学校で練習すると、嫉妬の念で殺されかねないからだ。


 休日、清孝は朝起きて食事を済ませた後、運動し易い服装に着替える。いつもは身だしなみに無頓着なのだが、今日は少しばかり気を使っている。癖毛の髪も綺麗に整えたり……

「何やってるんだ、俺は」

 鏡を覗いていた清孝は、ぐしゃぐしゃと頭を掻いていつもの髪型に戻してため息をつく。

「少し早いけど出かけるか……」

 亜弥乃とは、昼過ぎに河川敷のグランドで待ち合わせている。清孝は身支度を整えて家を出た。



 亜弥乃に組む相手として指名された時、男子たちの阿鼻叫喚(あびきょうかん)の様は凄いものだった。

 男女問わずクラス全員から『選ばれた理由が分からない』という眼差しを向けられたが、清孝自身もどう解釈すれば良いのか分からず目を丸くしたのだ。

 亜弥乃の表情から意図は読み取れなかったが、安易に好意があると受け取るべきではないだろう。恐らく消去法で残ったのが俺だったのだと、清孝は考えるようにした。

 その後、清孝が仮装競争に男子全員から推薦されたのは、『二人三脚競争』で指名されたことに対する腹いせであろう。どんな酷い格好をさせられるのかと、清孝は不安にかられたのは言うまでもない。



 河川敷には、誰でも利用できるグランドが複数あり、今日も子供たちが野球やサッカーをしている姿が見える。

 休日なのでそこそこ人はいるが、学校よりも目立つことはないだろう。

 待ち合わせの場所で清孝が軽く準備運動をしていると、手を振りながらこちらへ向かってくる亜弥乃の姿が見えた。遠目から見ても清楚さと気品が感じられる――流石お嬢様だ。

「ごめんなさい。お待ちになりました?」

 亜弥乃は胸に手を当てて息を整えている。

 スポーティーな服装に身を包んだ亜弥乃は、学校の体操着とは違うお洒落な雰囲気を醸し出している。セミロングの黒髪は、運動の邪魔にならないよう後ろで編み込まれていた。

「いや、俺もさっき着いたばかりだから」

 清孝は亜弥乃を直視できず視線を彷徨わせる。

 女性をジロジロ見るのは失礼というのもあるが、亜弥乃の真っ直ぐな視線に耐えられないのだ。亜弥乃に見つめられると羞恥で顔が熱くなる。

「準備運動が終わったら、練習始めよう」

 清孝がそう持ちかけると、亜弥乃は頷き屈伸を始めた。


 二人三脚競争では、歩幅を合わせることが大事だとされる。身長差がある男女では、男子が女子に合わせるのが良いだろう。

 足を繰り出すタイミングも男子がリードするなど、二人三脚競争は男子の器量が試される競技と言えよう。

 準備運動を終え、二人の足を紐で結ぶ。

 さて、問題はここからだ。二人の上体が離れているとバランスが悪く速く走れない。つまり、速く走る為には互いの上体を密着させる必要がある。

 清孝が自分の腕を持ち上げて躊躇っていると、亜弥乃が身体を寄せて清孝の腰に腕を回した。

 麗しい香りが清孝の鼻腔をくすぐる。亜弥乃が少し恥ずかしそうに俯いた。

 清孝の脳が五秒ほど停止する。

 なかなか動かない清孝を、亜弥乃が上目遣いで様子を窺っている。

 ようやく再起動シーケンスが完了し、再び脳が活動を開始した清孝は、意を決して亜弥乃の肩を優しく抱く――平常心、平常心。清孝は心の中で何回も念仏のように唱えた。



「私、仮装競争で沢村くんのメイク担当になりました」

 二人三脚競争の練習が一段落してベンチで休憩している時に、亜弥乃がそう宣言した。

「はい――?」

 清孝は目を見開いて亜弥乃に顔を向ける。

 仮装競争は、文字通り仮装した男子の徒競走だ。ゴールした順位と仮装の出来栄えの合計点で、優劣が判断されるらしい。

「沢村くんは、化粧映えする顔だと思うのです。きっと可愛くなりますよ」

 亜弥乃は微笑みながら、清孝の顔を覗き込む。

 顔が近い! 清孝は脳がシャットダウンする前に、少し身体を後ろに逸らして距離を取る。

 心臓の鼓動がやばい。心臓が口からではなく、そのまま胸を突き破って飛んでいきそうだ――こんな近くで女の子に顔を覗き込まれたことなんて、真澄ぐらいにしか……

 清孝の脳裏に小さい頃の真澄の顔が浮かんだ。

 小さい頃の真澄は、顔を近づけてきて清孝の顔をよく覗き込んでいた。中学生になった頃からは、流石にしなくなったが。


 ふと、絵も知れぬ視線が清孝に注がれているのを感じた。清孝が視線のする方へ顔を向けると、河川敷の土手でこちらを凝視している女の子の姿が見える。

 真澄――?


「こんな場所で何してるのかしら?」

 真澄は清孝に顔を向けながら、視界の片隅で亜弥乃を捉える。

「体育祭の練習だ。勘違いするな。お前こそ何故ここにいる?」

「清孝の家に行ったら、叔母さまに河川敷にいるって言われて……」

「それで何か用か?」

「別に……特に用はないんだけどさ」

 真澄は特に用事がなくても、清孝の自宅に遊びに来る。真澄は清孝の両親にも可愛がられているので、今日も顔を見せに来たのだろう。

 亜弥乃がこちらに視線を向けて来たので、「真澄、紹介するよ。こちらはクラスメイトの――」と言い終わる前に真澄の唇が開いた。

「知ってる。東條亜弥乃さんだよね? 私は二組の山川真澄。よろしくね」

 真澄が微笑みながら亜弥乃に手を差し出す。亜弥乃は、少し緊張しながらその手を握り、「よろしくお願いします」と笑顔を返した。

 校内で注目を浴びている見目麗しい二人の女子が、河川敷で邂逅(かいこう)する――その場に立ち会った清孝は、何か嫌な予感を感じながらも二人の握手を見守っていた。

 


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