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EPISODE 空

街に吹く風も少しばかり熱を持ちはじめた4月の初旬、その日はちょうど中学の入学式を1週間後とした、日曜日だった。

昔から家族ぐるみの付き合いだった冴原家と外食に行くことになっていた。

名目は私と、琥珀の入学祝いということであったが、本当のところはパパ達が美味しいお酒が飲みたかったからだろう。


正直なところ、理由なんてどうでもよかった。

ただみんなで食べるご飯はいつも美味しかった。

パパもママも魔法遣いだったから、家族揃ったご飯というものは余り多くなかった。

それでも教えてもらって、魔法を使うことは楽しかったし、両親のように魔法遣いになることに憧れを抱いていた。


「空ー、用意できた?」


ママの声を聞いて、自分がまだ着替えすら終わってないことに気が付いた。


「ごめん、ちょっと待って〜」


昨日の夜から準備していたお気に入りの服に着替えはじめた。

もうアイツは待ってるかな?

物心付く前からずっと一緒にいた奴。

私の初恋の人で今も好きな人・・・


「よしっ、完璧。」


鏡の前で最後の確認を済ませて、部屋を後にした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


予定では冴原のおじさんの車に乗って、少し遠いホテルでの夕食になっていた。


車に乗って、隣にいる琥珀を見ると、ぼんやり外を見ていた。

少しは楽しそうな顔をしたらいいのに。

顔を見ていると自然に言葉にして言いたくなった。

昔からいつもこうだ。

どこか少し離れた所にいるような感覚になる。


「ねえ、琥珀。」


何となく話し掛けてみた。

特に話題もなかったが、そんな些細なことは私達の間に問題にはならない。


「なんだ?お腹すいたのか?」


どうしてこんなにデリカシーがないのだろうか。

それも今日始まったことではないが、失礼なことには変わりない。


「なんでそんなにデリカシーないのよ。」


琥珀の後頭部に軽く一発お見舞いしてやった。

だが奴は涼しい顔してまた目を外にやった。

そんな何でもないやり取りに、笑みが零れてしまった。

そんな私を見ると、琥珀は不思議そうな顔をして、


「何か悪いもんでも食ったのか?」


と聞いてきた。

そんなやり取りを見て、パパやママ達は笑っていた。

そんなことでも楽しいと感じていた。


その間にも車は目的地に向け走り続けていた。

どれぐらい走っただろうか。

郊外にあるあまり来る機会が無いだろう高級なホテルのようだった。

入り口にはドアボーイらしき人が立っていた。


中は外以上に気品にあふれていた。

調度品も私から見てもどれも高級品に見えた。

次第に緊張感が増していくのが否が応でもわかった。

服は大丈夫かな、変なとこないかな…


「空、大丈夫か?」


「へっ!?」


琥珀に呼ばれたことに驚いて変な声が出てしまった。

琥珀が隣で笑いを堪えていた。


「…ふんっ。」


笑われたことと、緊張していたことがバレたことに恥ずかしさを覚えて、無視して先に行くことにした。


「待てって、怒るなよ。」


尚も笑いそうな顔を隠そうともせず追いかけてきた。

無性に悔しかった。

なんでこいつはこんなにもいつも通りなんだ。


「知らないっ。」


それだけ言うと琥珀は申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。

いつものパターンだった。


「…アイス一回分。」


「わかったよ。」


そう言って二人で笑い合ってパパたちを追いかけた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


食事は、緊張しながらも楽しく進んでいった。

パパ達はお酒が入っていつものように騒がしくなっていた。

そんな二人を見ると、少し恥ずかしかった。

琥珀は何事も無いように平然としていたけど。


そして、食事も終わり、帰ろうといすから立ち上がったとき事件は起きた。

いきなりの爆発とホテルにいた人の悲鳴。

普段ならとっさに張れたであろう防御壁もその日は発動される前に爆風に巻き込まれた。

そこで私の意識が途切れた。


そして次に目が覚めたとき、私は目を疑った。

琥珀が、魔法を使っていた。


どうして?なんで?

そんな考えしか頭には浮かばなかった。

自分の身体のことも、パパやママ達のことも、何が起きたのかもそんなことすべて忘れていた。


次に分かったことは、私が琥珀の腕の中にいた事だった。

私たち二人の周りに真っ白な空間が広がっていた。

それはとても綺麗で、輝いていた。

そこでまた私の意識は闇へと溶け込んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


翌日、私は病院のベットに横になっていた。

昨日の出来事は夢でも何でも無かったのだ。


「…パパ…ママ…どこ…?」


身体中が軋んだ。

全身が痛かった。

それでも立ち上がろうともがいた。


「目覚めたのか?」


ベットの近くには琥珀がいた。

いつものように顔には明確な表情が作られていなかった。


「こ、はく…?」


部屋の中は静かで、何の音もしなかった。

すべてが止まっているようだった。


「まだ無理をするな。少し休んでいろ。」


そう言って微笑む琥珀に安堵し、また意識は闇へと向かって行った。


事故の日から1週間

ようやく起き上がれるほどまで回復した。

今日も起きたら琥珀がそばにいた。

いったい何時からそこにいたのだろうか。

琥珀の顔には疲労の色が見て取れた。


「…ねぇ琥珀。」


今日は答えてくれるだろうか。

毎日琥珀に問い続けた答えを、私は知りたかった。


「パパとママは?」


部屋に静寂が包み込んだ。

琥珀の表情は変わらなかった。


「おじさんたちはーーー」


続きを聞いて私は泣き崩れた。

それでも琥珀は私を見つめ続けていた。

その目には何が映されていたのだろうか。

未だに私にはわからない。


いったいどれくらい泣いただろうか。

部屋の中には琥珀はいなかった。

その日から琥珀は病室に来なくなった。


次に琥珀に会えたのは、退院して学校に通い始めてからだった。

琥珀とはそれまで感じたことの無いような距離を感じた。

違う、距離じゃない。

まるで…そう、まるで別人のようなそんな感じがした。


でも私は気にしないことにした。

聞いてしまうと琥珀とのすべてをなくしてしまうような気がしたから…

学校で琥珀と再開した日から、私はあの事件のことも、それまでのこともすべてに蓋をした。

もう一度失くしてしまわないように


だから私は琥珀のすべてを受け止めようと思った。

琥珀が私のすべてであるように

そして

あの日、琥珀が私にしてくれたように


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「空、今日も練習やろうか。」


そして今日も琥珀との朝の練習が始まった。

私だけはちゃんと覚えている。

たしかに琥珀は魔法が使えなかった。


「わかった。先に行ってて。」


ある日琥珀が魔法を教えてほしいと言い出したときは何の冗談かと思った。

だって琥珀は…

でも琥珀には確かに魔力が存在した。

今まで一度も感じたことが無かったのに。

その理由は私にはわからない。


私にできることは、琥珀にしてあげられることは教えることだけだった。

だから今も私は教え続けている。

琥珀がそう望むから。

そして今日も一日が始まる。

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