EPISODE 1-6
今朝も空との練習で始まった。
昨日"ゲート"が使えなかったのがよっぽど悔しかったのか、やる気満々な様子である。
そのおかげで朝から空に引っ張られて来たわけだが…
「空、いったい何時になったら終われるんだ?」
もうそろそろ終わらないと、朝食を食べる時間が無くなりそうだ。
(せっかく起きたからには、食べたいよなぁ。)
「うるさいっ。集中できないでしょ!?」
さっきからずっとこんな調子だ。
さすがにこのままでは、朝ごはんを食い損ねるかもしれない。
「なら先に朝食、食べてるからな。」
そう言って琥珀は、空に背を向けて家に戻ろうとした。
それを知った空は、慌てて琥珀を呼び止めた。
「ちょっと待ってよ〜。せめてヒントぐらい…」
言うなり空がしがみついて懇願してきた。
背を向けていたせいで、思いっきりぶつかられてしまった。
「つっ…。」
思わず声を出してしまった琥珀はすぐになんでもなかったように振舞おうとした。
「え…?琥珀、どうしたの?そんなに強くしたつもりないんだけど…怪我してるんじゃないの?」
すぐに空の表情は不安へと変わった。
空を誤魔化すために琥珀は、話題を変えることにした。
「大丈夫だ、かすり傷だから。それよりも朝食にしよう。」
空はまだ納得していない様子だったが、あえて気付かないフリをして家に戻り朝食を摂った。
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学校に行くまでの道の途中も、空は時折こちらに視線を向け心配そうな表情をしていた。
「空、心配しすぎ。夜に寝ぼけて階段踏み外しただけだから。」
そう言って空に笑顔を向けた。
(これで納得してくれるといいんだけど…)
「ホントに?ホントに階段踏み外しただけ?」
「ああ、ホントだ。だから心配しなくていいぞ。」
「そっか。なーんだ。よかったよかった。」
空の表情はすぐにいつも通りの明るい表情に戻った。
(空に暗い表情は似合わないな。
にいしても、この嘘に簡単に引っかかるのは大丈夫なのか?)
琥珀は空に少し不安を覚えた。
「そういえば、昨日お茶行くって話してたよね?」
大丈夫だと分かったとたんに、空は話を変えた。
琥珀としても空の話題に素直に乗ることにした。
「ん、ああ。そういえば有耶無耶なままになってたな。」
「今日みんなで行かない?」
これまた突然の空からの誘いだった。
少しばかり考えて、琥珀は賛成することにした。
「そうだな。みんなに伝えておくよ。」
こうして放課後、4人でお茶に行くことに決まった。
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(4人だったはずなんだがな…)
なぜかこの場には5人いた。
「私も友達連れてきちゃった。」
そう言って笑っている空。
(まぁ4人だろうが5人だろうがいいけど。)
「泉あきらです。えっと…やっぱりおじゃまでしたか?」
泉さんは申し訳なさそうに聞いてきた。
(泉さんって下の名前が明と同じなのか…)
みんなの返事が聞けるまでの間に、琥珀はふと考えていた。
「いいんじゃないのか?多い方が楽しいからな。」
明は何も気にしていないようで、また東条さんも同じ意見だった。
誰も泉の名前にツッこむ人はいなかった。
「もちろん俺も依存はないよ。」
こうして5人でお茶をすることになった。
みんなで簡単に自己紹介を済ませて、時間はゆっくりと過ぎていった。
「そういえば空、昨日の話はどうなったんだ?」
昨日空に執行部の手伝いを頼まれたんだっけ。
まだ決まったわけじゃないが、確か生徒会長の許可がいるとかどうとか。
「そのことなんだけどね、明日生徒会室に来るようにって。それ以上は私も聞いてないの。」
「そうなのか。なら放課後に行くか。」
「おいおい、何の話なんだ?」
明が不思議そうに尋ねてきた。
「空が執行部に入ったんだ。それで俺に手伝ってほしいって頼まれたんだ。」
「えっ、それってすごいことじゃない!!」
東条さんのもちろんそのセリフは俺に向けられたのではなく空にである。
空は照れたような表情を浮かべて困っていた。
「ん?」
なんとなく視線を感じてそっちを向いてみたら、泉さんと目が合った。
「どうかした?」
極力やさしく見えるように心がけて尋ねてみた。
「い、いえ…なんでも…ないです。」
すこし焦った表情を見せながら答えた。
どうしたんだろう、すこし考えても思い浮かぶことは特になかった。
「そっか。ここのケーキおいしいね。」
とりあえず無難に答えておくことにした。
この店は泉さんがオススメだと言うのでみんなで来ることになった。
それからしばらく話をして、その日はお開きとなった。
その日の帰り道で琥珀は、空にある疑問をぶつけることにした。
「なぁ、空。泉さんは俺たちが"F"ってこと知ってるよな?」
「うん。ちゃんと知ってるよ?どうしたの?」
「どうしたってわけじゃないが、その…いいのか?」
昨日の出来事の後ではそのことを言わざるを得ない。
俺たちのせいで、空や泉さんに対する風当たりがきつくなるのは申し訳がない。
「…昨日のこと?泉ちゃんは"F"だからとそんなこと気にする子じゃないよ。」
そう言った空の顔はうれしそうだった。
(よっぽど仲がいいのだろう。)
少しだけ安心した琥珀がいた。
「そうか、ならいいんだ。」
それきり家まで会話はなかった。
けど、それは琥珀にとって気まずいものではなかった。
「じゃあ、着替えたら晩御飯つくりに行くね。」
家のまで言葉を交わし、空は着替えるために家に戻っていった。
怪我の具合も気になり、早く部屋に戻って着替えるために琥珀も家に早々に入っていった。
部屋に入ると、服を脱ぎ傷のあるところに目を移した。
「ん、傷はもうほとんど塞がってるな。」
左わき腹にある傷跡を見ながら独り言をつぶやいた。
朝もしたように、傷の手当てをすることにした。
「傷よ癒えよ、アクティベーション」
傷に当てた右手から、白く優しい光が放たれた。
治癒系の魔法はコントロールが難しく、使えるものは少ない。
加えて、治癒魔法は失敗すると傷が治らず最悪術者にも傷が移る可能性がある。
今使っているこの魔法は、正確には治癒ではなく細胞活性化である。
治癒とは傷自体を回復することであり、細胞活性化とは治癒力を高めて傷の治りを早くするのである。
つまりは、すぐに治ると言うわけでなく、完治には少なくとも2、3日かかると言うことだ。
「明日には傷は塞がるだろ。」
そうつぶやき、制服から部屋着に着替えた。
(ん、空が来たみたいだ。)
玄関から音が聞こえたのでリビングに行くことにした。
「空はやい…誰だ!?」
玄関からした音は空ではなかった。
空は入ってくると、もっと大きな音を出して台所に向かっていくのが普段の行動だった。
(こんな時間に誰だ。)
「やぁ、コードゼロ。」
警戒したまま玄関に近づくと、そこには見知った顔があった。
表の世界では会うことのない顔にすこし驚いた。
「榊さん?なにしてるんですか、不法侵入は立派な犯罪ですよ?」
「いや、そんなつもりはなかったんだけどね。」
榊と呼ばれた男は苦い顔をして答えた。
「それで、用はなんですか?まさか何もないわけないですよね?」
幾分言い方を強めて聞いた。
(時間以外は極力接触は避けたかったのに)
「そんなに怖い顔しないでくれないかい?君だと洒落にならないんだから。」
困った顔で説明を始めようとしたところ、琥珀にリビングに来るように言われたのでそれから話すことにした。
「用件というのは、昨日の件だが、やっと裏が取れてね。君にはもうひと働きしてもらうことになりそうなんだ。」
少し申し訳なさそうな表情で話し出した。
「どうも警察内部に手引きしたものがいた様で、それでいままで警察が何もできなかったようなんだ。」
つまり、警察には裏切り者がいた。
というこになるのか。
「わかりました。それで、決行は何時ごろになりそうですか?」
(そんな話はどうでもいい。
命令ならば、それに従うまでだ。)
「話が早いね。明日ということだ。すまないがよろしく頼むよ。」
「はい。じゃあもういいですよね。」
「つれないなぁ。そっか、確かご飯は…わ、わかったよすぐ帰るから怒らないでよ。」
そう言うなり榊はすぐに帰った。
琥珀は少しでも榊に早く帰ってもらうために、身体の周りに静電気を発生させていた。
そして、榊が帰ってすぐに空がやってきた。
「どうしたの、琥珀?」
空が不思議そうに顔を覗いてきた。
「何でもないよ。」
そう言って、琥珀は空にだけ向ける優しい表情を作った。
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「今日は新しいメニューに挑戦してみたんだ。どうかな?」
「うん、おいしいよ。」
そんなやり取りひとつに、平和な時を感じつつ空との食事を楽しんだ。
空はそれを聞くとうれしそうに自分も食事を始めた。
食事も終わり、のんびりとテレビを見ながら空と話をした。
学校のクラスでのこと、執行部のこと、今日のお茶のこと、泉さんのこと
空は楽しそうに話していた。
この時間が何よりも大事だと思った。
あのときからすべてを犠牲に得た幸福だった。
「うおっ。」
いきなり空にほっぺたを引っ張られた。
「琥珀が話聞かないから悪いんだ。ほれほれ〜。」
空が笑いながら、何度も引っ張ったり戻したりを繰り返した。
その空の笑顔がまぶしすぎた。
「どうしたの、琥珀?なにか考え事?」
今日何度目かの空の心配そうな顔を見た。
「いや、少し世界情勢について考えていたんだ。」
適当に言っておくことにした。
「何バカなこと言ってるのよ。そんなこと琥珀が気にするわけないじゃない。」
「確かにそうだが、いくらなんでもはっきりいいすぎだよ。」
琥珀は苦笑いしながら空に言い返した。
こうして何でもない一日が終わった。