EPISODE 1-5
その日の放課後
東条さんと明はやはりと言ってよいのか、馬が合うようで仲よさ気にしゃべっていた。
「ねえ、3人でお茶でも飲みに行こうよ。」
言いだしたのは東条さんだった。
特に予定もなかったので、琥珀は行こうかと考えていた。
そのときふっと1人の顔が思い浮かんだ。
「いいけど、もう1人誘ってもいいか?」
空を誘ってやろうと思った。
多い方が盛り上がるだろうと思ってのことだった。
「もちろん。それで誰を誘うの?私の知ってる人?」
東条さんは嫌な顔せず、承諾してくれた。
明はすぐに誰を誘うか気が付いたみたいだった。
「知ってるかはわからないけど、有名ではあるかな?」
「空ちゃんか?」
「えー、誰誰?」
「ほら、新入生代表で前で話してた奴いただろ?そいつだよ。」
明が先に言ってしまった。
「明バラすの早過ぎ。」
「えっ、有名ってすごい人じゃん。なんで2人は知り合いなの!?」
そんなに空は有名人なのか。
改めて空のカリスマ性を知った。
「琥珀の幼なじみらしいぜ。」
「まあ、そういうこと。良いかな?」
「もちろん。」
というわけで、早速3人で空を呼びに行くことにした。
(図書館は明日にしよう。)
ぼんやりと考えているとすぐに空のクラスの前に着いた。
「空、いるか?」
扉を開けて空を呼んだ。
教室の中には人が半分弱残っていた。
あとは部活だろう。
「あ、琥珀と明君。どうしたの?帰るの?」
同じだけ授業を受けたのにこの元気有り余る空は、やはりすごいと思った。
「みんなでお茶するんだと。それで空を誘いに来たって訳。どうする?」
空は少し考えて、決まったのか返事をしようとした時、教室の中から空を止める声が聞こえた。
「そんな"F"の奴らと行くぐらいなら、俺らと行こうよ。」
男3人組みのグループの1人が言ったみたいだ。
やはり、目に見えて嫌な笑みを浮かべていた。
相当俺たち"F"が嫌いのようだ。
冷静に相手のことを見ている自分がいた。
「てめぇ、ふざけてんじゃねぇよ!!」
若干1名、冷静じゃない奴がいた。
「ああ、なんだよ"F"のクセしてよ!?いっちょまえに調子のんなよ!?」
(おお、なんか理不尽な喧嘩が勃発したな。
むしろお約束なのかもしれないな)
「そうだよ、明の言う通りだよ!!」
あれー、東条さん。
なぜあなたは明の援護射撃されておるんですか。
こんな状況でものんびりと考えている俺の方が変なのか。
「こ、琥珀どうしよ〜。」
うむ。
空のリアクションが正しいと思うぞ?
「そうだな。困ったな。」
一触即発な雰囲気だった。
「"F"がいきがってんじゃねぇ。」
急速に魔力が高まった。
(ちょっとやばいかも。)
少しもやばそうな感じがしない琥珀は、どうしようかと考えていた。
その間にも騒ぎが大きくなっていく。
「ああ、どうしようどうしよ。」
琥珀の隣で魔力を感じた空は誰よりも焦っていた。
「なんだやんのか?」
明と東条さんも魔力を高めはじめた。
勝ち負けの問題じゃなく、学園内の魔法の使用は厳しく管理されている。
それを破ることは、下手をすると退学ということになるかもしれない。
「落ち着け、明。東条さんも。」
(言って止まるとは思わなかったが、何もしないよりはいいか。)
空も空でなんとか止めようとしていた。
「そこの1年。なにしてるんだ。」
突然人垣の向こうから人が現れた。
2年の女子だろうか。
「魔法の使用は禁止なはずだが?どういうことだ、説明してもらおうか?」
何者だろう。
普通先輩でもここまで言う人はいないだろう。
「おい、あの人…」
周りが騒ぎ出した。
何か知っているのか?
とりあえず誰でも、魔法使用を見せるのはまずい。
「うっ…」
相手はこの上級生を知っているのか、完全に冷静さを失っていた。
「なんでもありませんよ?そうだよな明、東条さん」
「お、おう、何でもない。」
「う、うん。なんでもないよね。」
「というわけですよ、先輩。お騒がせしてすみません。」
上手く誤魔化されてくれるように、琥珀は笑顔で対応した。
大丈夫だと思うのだが。
「そう、なら何も言わないわ。」
特に注意する様子もなくそう言った。
「ところで、一条さんはいるかしら?」
突然名前を呼ばれた空は、びっくりしていた。
「は、はい!一条は私ですけど…えっと、どんな御用ですか?」
おどおどしながら、その上級生に尋ねていた。
「少し時間あるかしら?」
一度こちらを見ていたが、俺がうなずくとすぐに先輩に返事をした。
「あ、はい。大丈夫です。」
そう言ったきり二人はどこかへ行ってしまった。
このメンバーで残されて、いったいどうしたらいいのやら。
「琥珀、東条、行こうぜ。」
最初に切り出したのは明だった。
それに東条さんもうなずいた。
空のクラスメイトは何も言わなかったが、悔しげな目を俺に向けていた。
「なんかお茶っていう雰囲気でもなくなっちゃね。また明日にでもしようか。空ちゃんもどっかいっちゃったし。」
「そうだな、東条の言う通りだな。また明日にしようぜ。それにしてもさっきの女はだれだったんだ?」
明も東条さんも不思議に思っていたが、誰も知らない以上何も分からなかった。
そのあと、明は部活に顔を出すと言って行ってしまい、東条さんも先に帰ってしまった。
空を置いて帰るのも悪い気がしたので、端末でメールをしておき待つことにした。
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行くところもなく、結局昨日と同じ図書館に来ていた。
目当ての本は見つけることが出来なかった。
誰かが読んでいるのか?
ないものを探し続けている時間ももったいないので、違う本を読んで過ごす事にした。
空から連絡があったのは、それから3、40分たったころだった。
校門で待っていると伝えたので、図書室を出てすぐに校門のところに行った。
「まだ来てないな。」
ぼんやりと校舎の方を見ていた。
春の風が頬をかすめて、そのまま学園の中に入っていった。
すこし緑の葉が付いているものの、まだ桜は咲いていた。
「ごめん、琥珀。待たせちゃったかな?」
校舎の入り口から走ってきた空がいきなり謝ってきた。
「大丈夫だ、それでいったい何だったんだ?」
気になっていたことを聞いてみた。
「ああ、うん。執行部に入ってくれないかなって言われたんだ。」
執行部…
主に生徒の取り締まり、いわば警察のような学園内の組織。
ただ、強制的に生徒を止めることもあり、それなりに強くなくてはいけない。
そこで空というわけか。
「そうだったのか。それで空は、入るんだろ?執行部に。」
執行部と生徒会は学園内での魔法の使用が許可されていた。
その抑止力のおかげで学園は平和を保てているようなものだ。
「どうしようかなって思って…」
すこし困った笑みを浮かべていた。
「せっかく誘ってもらったんだ、無下に断ることもないだろう?」
執行部といえば生徒会と同じぐらいの権力だとか誰かが言っていたな。
その執行部に誘われることは、認められたということなのだ。
「そうなんだけどね…、ねぇ琥珀。」
元気のない顔のまま空はこちらを見た。
「どうかしたか?」
「えっと…、琥珀も手伝ってくれないかなって。」
こちらを伺うような上目使いで見てきた。
(たいていの男子なら、落ちそうだな。)
冷静に分析してる自分がいた。
「何をだ?」
話が見えない。
空は何をたのんでいるんだ?
「だから…執行部の仕事。さすがに一人だと…」
そういうことか。
「俺はいいんだが、執行部的にはよくないんじゃないのか?空みたいに勧誘されたわけでもないし。」
すると空は急に元気になった。
「それはね、さっき先輩にお願いしてきたの。そうしたら生徒会長に聞いてくれるって。」
うれしそうに空は言った。
「空、最初からその気だったな?」
空は笑って何も答えずに歩き出してしまった。
また乗せられたのか。
ため息を吐きたくなったが、こうして空に頼まれたら断る理由はないわけだが。
帰りはどうも騒がしくなりそうだと思いつつ空を追いかけ歩き出した。
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「あぁ、俺だ。今日のターゲットは?」
普段からは想像できないような落ち着きはなった声で、電話の向こう側の人物に話しかけた。
「…わかった。」
少年は電話を終えると、上着を手にとって外に向かった。
ドラゴンブレイク…
最近この辺りでいろいろとしているチンピラだと噂は聞いていた。
しばらく外を歩いて、目的の廃ビルに着いた。
そとの見張りは2人…意外に少ないな。
そして、廃ビルに向かって悠々と歩いて行った。
「おい待て、てめぇこんなとこで何してんだ。」
(チンピラとはなぜこんな挑発的なのだろうか。)
そんなどうでもいいことを考えながら男の方に目をやった。
「何って、バイトだけど?生活がかかってんだよ。」
その言葉には何の感情も込められていなかった。
だがそんなことが分かるはずもなく、言葉をそのままの意味として捕らえた男はいきなり殴りかかってきた。
「調子乗ってんじゃねぇ!!」
軽く身体を捻ってそれを避けた。
さぁ始めよう。
右耳のピアスをはずした。
とたんに、辺りに魔力が漂い始めた。
純粋な魔力とそれに絡みつくようにして漂う殺気。
「なんだ…この変な感じ…」
二人の男は戸惑っていた。
そして、その魔力にさらに殺気がこもっていった。
魔法が使えない奴でもそのぐらいはわかるようだ。
さっきから二人の男が落ち着きなく辺りを見ていた。
次の瞬間、片方の男の顔に苦痛の色が浮かび上がった。
身体は、燃やされたわけでも、凍らされたわけでも、切り裂かれたわけでも、打撃を与えられたわけでもなかった。
ただ少しずつ、でも確実に苦痛の色は濃くなっていった。
おとこの身体は、消えていた。
言葉の通り、消失していた。
残りの男は恐怖で動くことが出来ないようだ。
正確には動けないのかもしれないが。
「な、なんだよ!こ、こんな魔法聞いたことないぞ!?」
「もういい。うるさいから消えろ。」
次の瞬間、目の前にいた二人の姿は消えていた。
「お前で最後か?」
廃ビルの中も静かになっていた。
誰の声も聞こえなかった。
「ひ、ひぃっ、た、頼むから、いくらだ、いくら欲しい?いくらでも出す、だから命は、命だけは…」
そのセリフも聞き飽きた。
もう何度も聞いてきた。
金で自分の命を買えると本気で思っているのだろうか。
見下ろした少年の目に映った男の姿は哀れだった。
男はそれでも何かを言っていたが、もう少年の耳には届いていなかった。
そして、男は消えた。
少年の目は、ただ冷たかった。