EPISODE4-5
PM 19:45
琥珀はショッピングモールの現場の少し離れたところに待機していた。
指定された時間はもうそろそろのはずだ。
アクセサリとして装飾され、ひもを通して首から下げている魔法玉を取り出す。
学園ではもらった魔法玉が発現したらこうやってアクセサリの一部にするのが流行っているらしい。
琥珀の場合は空たちに半ば強引に引きずられるようにして店先に連れて行かれたのだが。
とは言え、こんな市街地でいきなり発現させて日本刀を持つのはさすがによろしくないのでまだ手に持った状態だ。
ちなみに胸ポケットの中にはシロがスヤスヤと眠っている。
「・・・」
人の気配に振り向いた先に琥珀には驚く光景が見えた。
「要?お前帰ったんじゃなかったのか?」
桜井要が立っていた。
いつもと同じように笑顔のまま。
「ええ、ですが呼び出されてしまって。」
「呼び出された?」
「はい。
改めまして、特務室所属諜報科、桜井要です。」
「・・・はぁ、お前諜報科だったのか。」
「あんまり驚きませんね。」
突然告げられた事実にも特に琥珀は驚く様子もなく要に接する。
「身近な人間に1人ぐらいはいると思っていたからな。
まあそのことは後でもいい。
もう時間もあんまりない、ブリーフィングするぞ。」
普段とは違う引き締まった様子と口調で琥珀が話を先に進める。
要もそれに従い、すぐさま本題に入る。
「ターゲットがいるのが、ここです。」
要の持つ携帯端末にこのあたりの詳細な地図が映し出される。
ちょうどそこは新規参入した女性向けの店だった。
その次に店内の詳細な見取り図が映し出された。
「先ほど調べてきましたが、犯人の人数は5人。
人質として中に10人の人がいます。
配置としては、入口に2人、裏口に2人、リーダーらしき人間は人質の近くにいます。」
見取り図からすると中の構造は単純で、正方形に近い店舗の道路側に正面入り口、その逆に裏口がある。
裏口の近くにスタッフの休憩室やら、更衣室がある。
またブティックらしく中には試着室もあり隠れるところはありそうだ。
半径100メートルは危険領域として一般人及び警察官の立ち入りはしていないそうだ。
「よくこんなに詳しく分ったな。」
「僕の専門は風系統ですから、こんな諜報活動は得意なんですよ。」
なんとなく寒気を感じた琥珀はそれ以上何も聞かず、作戦開始時刻を待っていた。
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PM 19:50
「なんや、5人かいな。」
あまり聞くことのない関西弁がやけに耳に付く。
琥珀のいるショッピングモールから少し離れたところにファーストフードの店がある。
そのファーストフード店から少しばかり離れたところに1人の青年が立っていた。
ガラス張りの店内は丸見え、中には4人しか見えないがおそらくは5人だろうと西野哲平は予想した。
「まったく、こんなクソ忙しいときに・・・いい迷惑やで。」
生徒会長という自分の立場と、裏稼業としての仕事。
特に今は学際の準備期間も重なって特に忙しい時期である。
自らの感情を心のうちにとどめようという気もなく誰もいない空間に向かってしゃべる。
哲平はツーマンセルで仕事をすることはほとんどない。
またそのような繊細な仕事を任せられるわけではないのも事実だ。
専門は殲滅戦、いわゆる壊し屋だ。
「あと10分か、暇やの。」
哲平はその場に腰をおろして、再び店内を見回した。
その顔はやる気に満ちているとはとても言い難い顔をしていた。
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PM 19:55
哲平のいるファーストフード店とは反対方向に信用金庫がある。
ただ本来ならばすでに営業時間は終わっているはずのそこはまだ煌々と蛍光灯に照らされている。
しかし、ただの銀行強盗ではない。
同時立てこもり犯、犯人たちは同時に10か所にも及ぶ場所に立てこもっていると連絡を受けたのはつい20分前のことだ。
急いで指定の場所に来るとそこには見慣れた人物がいた。
ただその人物はただ一緒に仕事をする、と言う繋がりのもとでの見慣れた人物だ。
さっそくその人物から詳しく説明を聞いたところ、作戦決行はPM20:00
1分以内に犯人を制圧するというものだった。
「あ、ありがとうございます。」
泉あきらはいつもの様にオドオドと礼を告げ、問題の立てこもり現場を見る。
ただこの場合の見るとは、ただ眺めるだけではない。
魔力の流れを肌で感じ、そして店内を魔法で覗き込む。
原理は、熱の屈折を用いた即席の望遠鏡を空気中に作り出す、説明は簡単だが微細な魔力のコントロールを必要とする技術だ。
店内には報告通り5人確認することができた。
「では気をつけて。」
それだけを言うと、あきらの傍らにいた男がその場を離れた。
そのことを感じてあきらは自らの意識のすべてを手繰り寄せるように束ね始めた。
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PM 19:58
「じゃあ後のことは任せた。」
琥珀くんはそれだけを要くんに伝えると足早に去って行った。
その場に残されたのは物陰に隠れた私と、要くんだけになった。
私としては琥珀くんに付いて行きたかったが、要くんがいる以上出ていくわけにはいかなかった。
「さて、神崎さん。」
突然名前を呼ばれた。
焦って前屈みだった私の体が一気に伸びる。
それはもうバネ仕掛けの人形の如く・・・
とか考えている暇はなかった。
「出てきてくれませんか?
さすがに誰もいないのに話していると思われるのは辛いものがあるので。」
そこまで言われてはもう私の選択肢は、出て行って謝る、しか残っていなかった。
恐る恐る要くんの顔を覗いた。
うん、いつも通り笑顔だ。
「ご、ごめんなさい!!
あの私、その、立ち聞きするつもりとかなくて・・・その。」
段々と小さくなる私の声に、要くんは怒ることなく聞いて、そして丁寧に言葉を返した。
「いえ、怒るつもりはありませんよ。
ただ、今見たことと聞いたことを誰にも言わないで下さいね。
さて、そろそろですね。」
要くんは手元の携帯端末を見る。
PM 20:00
デジタル表示の時計が入れ替わった瞬間に辺りに轟音、とまではいかないものの大きな音が鳴り響いた。
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PM 20:00
デジタル時計が時間を告げる。
瞬間的に膨れ上がらせた魔力を一気に収束までもっていく。
魔力量で勝てない琥珀が唯一長所としている部分だ。
「すべてを包み、あらゆるものを隠せ、ウォーターブラインド」
火と水の混成魔法。
効果としては霧を発生させ相手の視界を奪うものだが、恐らくこの相手には効果は薄いだろう。
だが琥珀としては一瞬だけ隙が出来ればよかった。
「我が思いし者をこの場へ誘≪いざな≫へ、シテーション!!」
琥珀が1つめの魔法を顕現させ、すぐに次の魔法を顕現させた。
そして次に琥珀自信が建物の中に入って行った。
5分もしないうちに再び要の所へと戻ってきていた。
「人質も無事ですね。
ミッションコンプリートです、お疲れ様でした。」
要の声で無事に仕事を終えたことを確認してから、琥珀は家へと歩いて行った。
琥珀が使った2つ目の魔法、ある地点にいるAというモノを術者の近くの空間へと転移させるというものである。
いわゆる召喚魔法なわけだが、人物特定が難しくあまり使う人はいない。
残された要は、事件をいそいそと始めた。
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「琥珀くん・・・」
あのあとすぐに私は要くんに家に帰るようにと言われた。
けどそれについて悩んでいるわけではもちろんない。
特務室、諜報科、桜井要、冴原琥珀
私の知らないことだらけだった。
「・・・」
モールを出てからの足どりはいつにも増して重かった。
手には琥珀くんが選んでくれた水着が入っている。
もしかしたらさっき見たことは全部嘘だったんじゃないかとか思えてくる。でも本当は今見た琥珀くんたちが本物で、私たちが知ってる琥珀くんたちが偽物だったのかな。その日の私は夜遅くまで寝付けなかった。