EPISODE3-3 Tragedy
琥珀の目を覚ましたのは朝陽でも友人の声でもなかった。
何かを壊す音
人々の逃げまどう足音、悲鳴、怒声・・・
そして人を殺す武器の奏でる音
それは重い崩れ落ちる音もあれば、軽い破裂音もある。
「ん・・・」
かすかな音に意識を取り戻した琥珀はすぐに状況を把握する。
それは日常ではない非日常
冴原琥珀としてではなく、コードゼロとして感じる空気
起きて数秒後には琥珀は明を叩き起していた。
「なんだよ・・・。」
ぐっすり眠っていた明には状況は掴めない。
それでも琥珀は空たちを守るべく走り出した。
明はその後を寝ぼけたままの頭で追いかける。
耳に届くかすかな音を聞きながら。
「空、東条さん起きて!!」
二人のいる場所に向かいながら声を出す。
あまり余裕は感じられない。
「明、二人を守ってくれ!!」
それだけを言い残して琥珀は外へと走り出た。
明はそれでも状況が理解できず、とりあえず空と東条を起こすことにした。
部屋で無防備に眠っている二人にドギマギしつつも、琥珀の様子が尋常ではないことを感じてすぐに思いを断ち切る。
「二人とも起きて!!なんか大変なことになってるみたいんだ!!」
明の大声にやっとのことで2人が目を覚ます。
空はぼんやりと起き上ったが、東条は目を覚ますや否やすぐにただ事ではないことに気づいた。
それは明の様子からだったのか、それとも別のことだったのかは明には判断がつかなかった。
「とりあえず今琥珀が外の様子を見に行って―――」
―――るから部屋で待ってて
と言う前に東条が扉まで駆け寄った。
それをあわてて止める明の横をさらにやっと起きた空が走り去った。
「ちょ、空ちゃん!?」
バタンッ
ドアが開け放たれた。
空に続いて明と東条も外へ出た。
一瞬、いや、どのぐらいだろうか
3人の口から言葉を発せられることはなかった。
3人の視線の先には、黒い日本刀を握りしめた琥珀が立っていた。
~~~~~~~~~~
「・・・う、そ・・・」
やっとの思いで口から出した言葉だった。
目の前の光景は受け入れることができなかった。
いや、受け入れたくなかった。
力なく笑った琥珀の顔には、黒いシミが付いていた。
それをただの汚れだと信じたい。
「ごめんな。」
そう言ったきり琥珀は町のあった方に向かって走り去っていた。
明君も美代ちゃんも私と同じように思考が止まってしまっている。
きっと、こんな光景は誰も受け入れられないよ。
頬を温かいものが通り過ぎる。
私は力なく地面に崩れ落ちる。
「そん、な・・・」
そこで私の意識はなくなった。
暗い暗い闇へと引きずり込まれた。
~~~~~~~~~~
崩れ落ちた空を明が抱き上げる。
そして東条に向かって、
「空ちゃん頼めるか?俺は琥珀を追いかける!!」
「わかった!家の周りに結界張っておくから!!」
東条の結界という単語を聞いて疑問に思いつつも、目下の課題は琥珀を追いかけることだった。
去り際にいった"ごめんな"という言葉が明の心に刺さる。
それはとても淋しそうな瞳で懺悔するような顔で、俺でもなく東条でもなく空ちゃんを見ていた。
倒れた空を東条に預けて明は走り出した。
琥珀が走って行った方向、町のあった所に向けて。
あえて近くにドス黒い海を作り出している場所に目をそむけつつ・・・
~~~~~~~~~~
明から空を預かった東条美代はすぐに家の中に空を連れて行き、寝かせることにした。
さっきまで眠っていた所に連れて行き、毛布をかけた。
そして再び家の外へ出る。
家の周りを取り囲むように陣を描く。
それは魔法陣ではない。
大まかな形は同じであるが、その理論体系は全く異なる。
円の周りに漢字ともアルファベットとも取れない文字を描く。
そして魔力ではない力を込めた紙を撒いた。
一つ一つには何かが書かれている。
家の周りに撒き終わった東条は次の段階に移る。
「臨 兵 闘 者 皆 陳 列 在 前」
呪文とともに手で印を結ぶ。
「急急如律令」
言い終わると、家の周りが薄い膜のようなもので覆われる。
それを見届けて、
「ちゃんと守っててね。」
そう呟きながらポケットから式神を3,4枚放った。
紙が地面に着く前に紙から人の形を模した物体に代わる。
それを見届けて東条も琥珀と明が走りった町に向けて歩を進めた。
その眼には地面を転がる物体を映すことはなかった。
~~~~~~~~~~
明に空たちを任せて家の外に飛び出した。
今日宿探しをした町で火が上がっていた。
それと共にかすかな悲鳴が聞こえる。
「・・・」
近づいてくる足音が3つ
おそらく街を襲っている奴らの仲間だろう。
3つとも焦りがない
「(来い、クロツチ)」
琥珀の手に魔法玉から発現した黒い日本刀が握られる。
漆黒の刀、両手を広げた幅より少し短い長さ
闇にまぎれてその刀身すら見ることができない
琥珀が3人の男を見る。
いずれの人間もその手には武器となるものが握られている。
それを確認した瞬間―――――
「風よ、わが身を疾風のごとく動かせ、ムーブ」
囁くように、呟くように、独り言のように
誰にも聞かれないために
そっと自分の世界に行くように
己の気持ちを切り替える。
トンッ
と言う音を残して琥珀はその場から消える。
下段に構えた刀をためらうことなく振りぬく。
肉を断つ感触の後に、骨の硬い抵抗を受ける。
それでも琥珀の腕力と魔法での加速を最大限に生かして肉体を切断する。
2人の仲間が振り返った時には仲間の一人の上半身と下半身が分割される。
その一瞬後に
「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
叫び声をあげた男はすぐに動かなくなる。
あたりに黒い海をう作り出す。
『おい!!どこだッ!!』
理解できない言葉で騒ぐ
仲間のうちの一人が闇雲に持っていた斧を振り回す。
迂闊に近づけない。
「(ならもう一人を狙うまで)」
その男から少し離れたところにあたりをキョロキョロと見渡す男がいる。
手には鉈が握られているが、小刻みに震えている。
おそらく初めて狩る側から狩られる側になったのだろう。
風と自分の肉体を限界まで動かし男に迫る。
今度は中段に構えた刀が男を貫く。
何の抵抗もなく。
「うわぁぁぁぁ」
ぐちゅ
何かをつぶすような音がした後に男が騒ぐ
そしてわずかに引き抜く際に内臓に傷をつけるように刀を抜いた。
離れ際に男を蹴飛ばして琥珀は再び闇夜に紛れる。
『どこだ!?どこだ!?』
男は騒ぎ続ける。
それを冷めた目で見る琥珀は誰にも聞こえない声で呪文を紡ぐ。
言葉の一言一言には感情が込められる。
殺意、憎悪、嫌悪、憎しみ
そのどれもが当てはまり、そのどれもが外れる
「風よ、すべてを切り刻め、ソニックムーブ」
上段に構えた刀を真下に振り切る。
その先から幾重もの風の刃が穿たれる。
地面を抉り、男の肉体を刈り取る
幾度も何度も執拗に
すべてが終わって琥珀が立ち尽くす。
気がつくと顔に生暖かい感触が残る。
バンッ!!
ドアが開いた音がする。
振り返った先には空が立っていた。
琥珀の顔を見た空の瞳からは大粒の涙がこぼれおちる。
「ごめんな。」
琥珀の口から言葉がこぼれおちる。
それは謝罪なのか懺悔なのか
琥珀自身にもわからない、それでも言わずにはいれなかった。
そして空をおいて町へと駆け出した。
困惑する3人を残して―――――