EPISODE2-12
「はぁ、はぁ、はぁ。」
試合が始まって10分経過した。
状態は膠着状態
いや、学年差を考えると上々の出来といえるかもしれない。
だがそれでは満足のいく結果とは到底言いがたい。
「やるなあ、さすがや。」
関西弁で話す西野哲平の声にはまだまだ余裕が見て取れる。
このままでは長く持ちそうにはない。
西野も琥珀も近接格闘タイプで、見学者から見れば地味な戦いかもしれないが、それでも要所要所に魔法が使われている。
その有用性を理解できるものは果たしてこの会場にどれほど存在しているのか。
琥珀は無駄なことを考えつつも、次の一手を考えつつあった。
風の肉体強化を使って格闘に持っていっても、西野は生身の体で対応してくる。
距離を取って遠距離攻撃をしてもすぐさま対抗魔法を放ってくる。
つまりは手詰まりになっていた。
「さすがですね、まだ一発も当てれません。」
「いやいや、7年ぶりの"F"クラスからの出場はダテじゃないなぁ。」
会話の最中でも琥珀は片時も西野哲平から目を離さない。
170弱の男の平均身長よりも低めな身長にもかかわらず、その体格を最大限に生かした近接格闘
色素が薄い髪の毛はパッと見ると茶色に見える。
その髪の毛は少し長めで、彼の鋭い目つきを幾分か和らげている。
といっても普段の彼は試合中とは別人の表情を浮かべる。
構えは空手とも拳法とも見分けがつかない。
しかし、泉と同等以上のプレッシャーを受ける。
両者の間の距離は5メートルほど空いている。
「さあ、そろそろ本気出しーや。まさかその程度ってことはないよなぁ??」
西野の声に一瞬ドキッとする琥珀。
「なんのことですか??たかだか"F"クラスの一生徒にそれほど期待されても困りますよ。」
瞬間、西野の声のトーンは下がり周りに聞こえない程度の声で琥珀に話しかける。
「情報、欲しないんか??」
琥珀の表情が凍る。
今までの会話の流れからは不自然なほどに自分の顔の表情が制御できない。
「…」
それでも琥珀は 答えない。
否、答えることはできない。
目的のためとはいえ、万が一のことを考えると決断を下しきれない。
「…そうか、交渉決裂やな。しゃーないそれじゃさっさと終わらしてもらうで。」
~~~~~~~~~~
「おい、西野が何か出してきたぞ??手袋か??」
見学席にいる明達からは西野がポケットから出したものがよく見えない。
ただかろうじて手袋とだけ認識できた。
「いえ、たぶん魔具でしょうけどここからではよく見えませんね。」
明と共に見学席にいる桜井にもそれは同じことだった。
「うーん、手の甲の部分に何か書いてあるみたいだけど…」
空のポツリと言った一言に明達が驚く。
「えっ!?見えるのか??」
「そこまではっきり見えるわけじゃないんだけどね。」
「なるほど、そういうことですか。」
「何一人で納得してんだよ、俺達にも教えろよ桜井。」
「簡単に言うと、火の魔法で双眼鏡を作っているんですよ。」
「え?」
桜井の説明に明と東条はきょとんとする。
泉はすぐに桜井の言いたいことが理解できたようだが、2人には難しすぎたのだ。
「つまり、空気を熱で熱してレンズ代わりの役割を果たしているんです。
よくそんなこと思いつきましたね。」
「昔琥珀と遊んでるときに思いついたんだよ。まあ思いついたのは琥珀なんだけどね。」
「へえ、でも結局どんな魔具かまではよくわからないなあ。」
「そうなりますね。もう少し見てたらわかるかもしれません。」
それを最後に5人の間に会話はなくなった。
その間も終始泉の意識はステージの上に向けられていた。
片時も見逃すことがないように―――――
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西野哲平はポケットの中から1組の手袋を取り出した。
両手につけるとその手の甲には1つずつ魔方陣が描かれている。
二重円の中に正方形が描かれ、その正方形の図形の中には上下逆さまに2枚の三角形が描かれている。
その二重円の一番そこには、細かい文字が多く描かれている。
琥珀はその魔方陣をじっくりと観察し、そして結論を下す。
「右は火を、左は雷を司る魔方陣。
魔方陣の形態からおそらく補助魔法程度の威力しかないはず。
展開形態は…常時展開か、少し厄介だな。」
「ほお、そこまでわかるんか。さすがやなあ。だがいくら魔法の中身がわかろうと俺の攻撃は避けられへんでー。」
西野がおもむろに両手を胸の高さの前まであげる。
足を開いて戦闘体勢を整える。
「いくでッ!!」
「「風よ、わが身を疾風のごとく動かせ、ムーブ!!」」
二人同時に詠唱を終える。
先に動いたのは西野で、ほんの一瞬遅れて足を踏み出した琥珀の腹部に痛みが走る。
ごふっ!!
鈍く、そして重い一撃が琥珀を捉えた。
目の前にはさっきまで5メートル以上も離れていたはずの西野哲平の左の拳が琥珀の腹に吸い込まれるようにめり込む。
「まだまだァ!!」
バチッ!!
はじける音と共に琥珀の体に電撃が走る。
二人の周りの空間に静電気が走り、淡く光る。
(やばっ…意識が…)
「ぐっ…」
電撃で体の筋肉が言うことを聞かない。
その場に張り付いたように動かない。
と、その瞬間
二人の間に突風が巻き起こった。
「がっ、はぁ、はぁ、はぁ。」
意識が落ちるほんの一歩手前で西野の攻撃から逃れる。
さっきよりもさらに二人の距離は離れる。
10メートルほどの空間をあけて対峙する。
「おお~、やるなぁ。風で無理やり自分の体をふっ飛ばすとは思わんかったわ。」
いかにも楽しそうに西野はニヤニヤしながら琥珀に吐き捨てる。
琥珀は右ひざを地面につけて、呼吸を整える。
判断が一瞬でも遅れたら今この瞬間彼は地面に伏していた。
そこまで琥珀は追い詰められていた。
ゆっくりとした動きで、しかし確実に立ち上がる。
観客席の人間の声はもう聞こえていない。
彼の眼にはもう西野哲平しか映っていない。
「もうええか?続きやるで。」
声と共に今度は自己加速魔法なしで西野が向かってくる。
それでもその速さは人ならざるほどのスピードで走り寄り、今度は左の拳を叩きつける。
さっきとの違いは、インパクトの前からすでに魔法が発動している。
つまり雷撃に包まれた拳が琥珀を襲う。
「―――ッ!!
風よ、我を守る壁となれ、ウォール!!」
苦し紛れの風壁を展開する。
(これで少しでも時間を…)
「甘いッ!!」
強烈な左フックを叩きつけるその直前に動きが完全に止まる。
次の瞬間、目の前にいたはずの西野が琥珀の左側に現れる。
「なッ!?」
魔法障壁を展開する時間が残されていない。
琥珀は苦し紛れに拳を避ける為に前方に転がるように飛ぶ。
ほんの一瞬前までいた空間に西野の炎に包まれた右ストレートが貫いていた。
前に転がりながら次の攻撃に備えて距離を取る。
「まだまだいくでぇぇぇ!!」
そして再び西野が琥珀の懐に飛び込んでくる。
(次は避けられない!!)
繰り出された右の拳は炎をまとう。
とっさに両手でガードするが、西野はその間をかいくぐり琥珀の左わき腹にヒットする。
ゴツッ!!
西野の拳が琥珀の内臓を揺らす。
「ぐっはぁ…」
声と共に口から唾が飛ぶ。
魔法の付加効果で皮膚の表面がやけどの様な状態になっていることに琥珀が気付いた。
身体に力が入らずふらつくが、何とか立ち上がるがとてもではないが戦える状態じゃない。
「なーんや。もう終わりかいな。
せっかくコレ出したのになあ。」
西野は心底残念そうな顔をしてため息をついた。
その姿はすでに試合の勝負はついていると全身で表していた。
それでもまた琥珀は立ち続ける。
(どうする…近接格闘は通用しない。
肝心の魔法攻撃も有効打が見つからない…)
「次で終わりや。」
そう言って西野は一度呼吸をして
そして琥珀に走り寄る。
(とにかく今は何とか攻撃を防いで時間を―――)
「紫電よ舞え、ブリッツ!!」
西野の攻撃よりも早く魔法が展開する。
下位魔法の雷
バチッ!!
と言う音が響き渡り、西野が詰めた距離を再び離れる。
「ふん。小細工しやがって。この程度なら魔法を使うまでもないな。」
言い切るが早いか、動くのが早いか
西野が両手に魔力を送り、雷と炎を展開させ琥珀に襲い掛かった。