EPISODE2-10
試合開始の時間になった。
琥珀は試合会場である第一闘技場のステージ入り口にいた。
予選とは違って、入場からはじめるらしい。
向かい合った反対側には対戦相手がいる。
円形の会場―――コロッセオの様な造りになっている。
観戦している人数は予選とは比べ物にならないぐらい多い。
慣れないものならばこの雰囲気に飲まれてしまうだろう。
「それでは、これから第92回国立魔法学園交流戦闘技大会をはじめます。
まずは1回戦、7年ぶりの"F"クラスからの出場です。冴原琥珀!!
対するは、敗者復活戦から這い上がってきた"S"クラス、立花亮!!
両者ステージへ!!」
その声を合図に会場のボルテージはすでに最高潮
一回戦であるにもかかわらずこれだけの盛り上がりは珍しいのだろう。
雰囲気に飲まれることなく、いつものように周りに意識をめぐらせ颯爽とステージまで歩く。
見渡す限りの人、人、人
この中に空達がいるのだろう。
視線を前に戻す。
ステージに上がると、一度見たことがある顔がある。
予選1回戦で倒した奴
「ふっふっ」
気味悪く笑っている。
敗者復活であがってくるくらいだ、何かあるのだろう。
そう考えて琥珀は気を引き締める。
「それではこれから闘技大会を開始します。
・・・・始めっ!!」
「この間の俺とは同じと思うなよッ!!」
瞬間、立花の首からぶら下がっていたネックレスが、正確にはその先のリングがまぶしく光る。
魔力の光だった。色はグリーンつまり土属性
「しまっ―――」
―――た、と言う暇もなく琥珀の体に鋭い物体が飛んでくる。
会場の声援がよりいっそう熱を増す。
解説の声がうるさく響く。
相手の勝ち誇る顔が目に映る。
が、琥珀の焦りは瞬時に消える。
全身に力をこめる。
一撃目の物体が琥珀の顔の右側すぐを通過する。
続けざまに左わき腹に突進してきたものも避ける。
そのまま3、4、…と避け続ける。
「うっ、っくしょ!!」
その声に続いてまた物体が生成される。
それを避けることを考えずに琥珀は攻撃に移る。
「風よ、わが身を疾風のごとく動かせ、ムーブ」
琥珀の体に不可視の風が纏わりつく。
そして琥珀が一歩踏み出す。
そのたった一歩で立花と15メートルほどあった差が半分にまで縮まる。
そして、もう一歩踏み出す。
「はっ、甘いんだよぉぉぉ!!」
「なっ!?」
右拳を振りかぶって、ひねった腰を戻そうとした瞬間
目の前に土壁が現れた。
なんのモーションもなくただそこに現れる。
「まだまだぁー!!」
避ける間もなく先ほどの鋭利な物体が琥珀を襲う。
どうにか肉体強化に使っていた風魔法で軌道を逸らす。
それでも逸らしきれなかったものが容赦なく琥珀の体を貫いた。
「つっ…」
かすり傷程度ではあったが、運悪く1つだけ琥珀の左腕の二の腕辺りを貫く。
そこから大量の血が滴り、動かすことも苦痛に感じられる。
なんとか立花から距離を取ろうと辛うじて後ろに跳んだ。
「どうや、ボロボロにされる気分はよぉ」
ニヤニヤと表情を作りながら立花は琥珀に詰め寄る。
その顔にはもはや憎しみと狂喜が占めている。
琥珀は知っている。
力に溺れた者の表情を。
「ずいぶん変わったな。」
止血するだけの魔力すら使うことが惜しい。
右手で傷口を押さえ、止血しようとする。
「お前は"F"の癖に生意気なんだよ。てめぇらなんかに負けるわけにはいかないんだよ。」
再びの立花からの攻撃
「馬鹿の一つ覚えみたい…」
琥珀に鋭利な、鋼の切っ先が襲い掛かる。
(さっきの正体はこれか。)
とにかく避ける事に専念する。
右に左に、前に後ろに
続けざまに、途切れることなく
「しつこい、しつこいんだよっ!!
土よ、敵を残らず殲滅せよ
出でよ土の化身ゴーレム!!」
~~~~~~~~~~
「おおー、やる気満々やなぁー。ちなみにこのときのやる気って字は"殺"やねんで、さっちゃん。」
第一闘技場にある生徒会専用の見学席でのん気に傍らの少女に話しかける。
話しかけられた少女は呼び名に不満があることを隠しもせずに、生徒会長である西野哲平に返事をする。
「このままだとあの"F"の生徒が死ぬかもしれません。止めるべきなのではないですか?」
「そやけどー、まあもうちょっと様子見てみよーや。」
立花亮に呼び出された石の魔人ゴーレムが次第に姿を現す。
全長が5メートルをゆうに超える。
(この程度で負けるようならその程度の男…か)
「会長は楽しそうですね。」
「おっ、わかるか??」
そう言ったきり二人の意識は目の前で繰り広げられる試合に向けられた。
~~~~~~~~~~
「おいおい…あんなの出されたら琥珀に勝ち目なんか…」
不安を口にしたのは明だった。
同じように東条も不安を浮かべた表情をしていた。
「ゴーレムですか。確かに少し厄介ではありますが、大丈夫でしょう。」
あまりに楽観的な意見を述べるのは桜井要。
泉は特に何も言わずに淡々と目の前の試合に見入る。
その場にはいつもは執行部で居れなかった空が今日はいた。
「そうだね、琥珀なら大丈夫だと思うな。」
ニコニコといつもの調子を崩すことはなかった。
明と東条は少しだけ不安が取り除かれはしたが、それでも依然として落ち着かなかった。
~~~~~~~~~~
「…」
琥珀は立花の召喚魔法に何も反応を示さなかった。
内心では少しばかり驚かされたりはしたものの、それを表に出すことはしなかった。
立花の表情はすでに目の前のことよりも先を見ていた。
「なんだ、ビビッて声もだせねえのか!?」
品のない罵声と嘲笑をあげる立花をただ琥珀は見ていた。
「こねえなら行くまでだッ!!叩き潰せ、ゴーレム!!」
立花の命令を皮切りに直立して動かなかったゴーレムが動きだす。
見上げるほどの石の巨人
その手には体の半分ほどもある石のこん棒が握られている。
振り下ろせば人間などは跡形もなく潰されるかもしれない。
「…哀れだな。」
琥珀がポツリとつぶやく。
「ああ??負け惜しみなら聞かねえぞ!!」
胸元のリングが輝きだす。
そして鋼の弾丸が次々に形成され、それを放つ。
正確に琥珀の、人体の急所を狙ってくる。
一つ一つの威力でも当たり所が悪ければ即死するかもしれない。
その鋼の弾丸を間一髪でよけ続ける琥珀
攻撃する暇もなくゴーレムの攻撃が続く
それを避けてもその先には再び放たれた鋼の弾丸が待ち受ける
「ひゃっはははーーーーー、さっさと殺られて楽になれよぉぉぉぉぉ。」
胸元のリングはさっきから輝きをやめることはない
絶えず輝いて、絶えず鋼の弾丸を放つ
「くっ…キリがないな。」
顔面に飛んでくる弾丸を重心をずらして左にかわす。
そこにくるゴーレムのこん棒をバックステップで辛うじて避ける。
ゴーレムを盾に一瞬弾丸をかわす。
「しつこい、しつこい、しつこいんだよぉぉぉ!!!!!」
一段と輝きを増したリング
生成される弾丸の数が爆発的に増える
「あれは避けきれない…」
瞬時に危機的状況にあることを琥珀は悟る。
どう足掻いてもゴーレムを倒すことは不可能に近い
仮に倒せたとしても魔力を使い切って立花亮本人と戦うだけの力は残らない
琥珀は追い込まれていた
「そろそろ仕上げだなぁ、いけッ、ゴーレム!!!」
振りかぶられるこん棒
量を増す弾丸
避けることも倒すことも不可能…
(どうする、どうする…)
「いっけぇぇぇぇぇ!!!!!」
立花の絶叫とともに襲い掛かる数百の鋼の弾丸と石の巨人が放つ攻撃が琥珀を捕らえる
頭、足、腕、心臓、内臓、すべてを捕らえる
頭上からの攻撃も迫る中、琥珀はいつものように冷静だった。
「わが道を創れ、ゲート」
琥珀の詠唱の一瞬の後、琥珀の前の空間が裂ける。
刀で切られたかの様に突然その場に現れた。
弾丸は異空間に繋がるゲートに吸い込まれ、ゴーレムでさえも飲み込まれる。
魔法の効果が切れ、元の空間が現れる。
その場所にはもう鋼の弾丸も、ゴーレムも存在しなかった。
ただ一人、冴原琥珀が立っているだけだった。
「風よ、すべてを切り刻め、ソニックムーブ!」
一瞬の油断
一瞬の判断ミスが勝敗を決める
光景を見ていた立花は一瞬だけ判断が遅れた。
それでもすかさず土壁を自らの体の前方に展開させ、琥珀の風刃を防いだ。
「風よ、雷となりてすべてを貫け、ライトニング」
琥珀の抑揚のない声が闘技場に響く。
それは集音マイクがなければ拾えないほどに小さく、そして感情がこもっていなかった。
琥珀の手から紫電の雷が舞い、立花は気を失った。
立花は気を失うまで琥珀のいるところを認識することはできなかった。
立花のからだが前に倒れる一瞬前に琥珀がその服のすそを引っ張りあげた。
「勝者、1―F、冴原琥珀ッッッ!!」
審判の声とともに、闘技場は歓声に包まれる。
かつてないほどの盛り上がりに、実況の生徒でさえも驚きを隠せなかった。
それでもやはり琥珀は少しの感情も見せずに、倒れた立花亮を近くの実行委員に託してさっさと控え室に戻っていった。
すでに琥珀の意識は次の相手―――西野哲平に向けられていた。