EPISODE2-7
琥珀の手から紫電が弾け、体育館を覆っていた暴風は一瞬で姿を消した。
吹き上げられていたものは支えをなくし、そして八方に落ちていった。
会場の誰もが状況を把握するには時間が足りなかった。
そして、その視線の先には1人の生徒が立っていた。
身体のあちこちから血を流し、その端正とも言えるほどの顔にも鮮血が滴っていた。
「・・・」
琥珀の視線の先には相手の生徒が床に倒れ伏していた。
血は出ておらず、寝ているようであった。
「あの、コールしてもらえますか?」
琥珀はしばらく待っても行われないことに痺れを切らして審判に言った。
「しょ、勝者冴原琥珀!!
本戦出場です!!」
その宣言とほぼ同時に、体育館の中を歓声が包み込んだ。
その中には負けた相手に対する罵声のような声も含まれていた。
それを背に、琥珀は何事も無かったかのように見学席にいる明たちのところに向かった。
周りからは好奇と嫌悪の混ぜられた視線をぶつけられた。
「おっ、話題の人物がやってきたな!!とりあえず、おめでとう。」
明の声を発端に東条と泉にも賞賛の言葉をかけられた。
むずがゆさを感じながらも、琥珀の気持ちはすでに本戦の西野との試合に向いていた。
あくまで琥珀にとっては、本戦進出や優勝が目標ではく西野に勝つことだった。
「ねえねえ、最後のアレ何やったの??」
ひとしきり話し終わったところで、気になっていたのか東条が聞いてきた。
話そうかと一瞬迷ったが、
「秘密だな。」
そう言って誤魔化しておくことにした。
(ただでさえ使える魔法が少ないから、早いうちに手の内をばらすのはよくないな。)
「おいおい、いいじゃねえかよ。」
明はそれでも引き下がる様子がなかったが、素直に理由を言うとすぐにあきらめたようだった。
その日の試合でも西野は予選に姿を現すことはなかった。
~~~~~~~~~~
空の執行部が終わるまでの少しの間に、保健室に向かい今日の怪我の治療をしてもらった。
さすが保健医というだけあって、回復魔法はさすがのものだった。
それに加えて病気と違い、傷などの怪我の回復は簡単らしいということもあって傷のほとんどは塞がってしまった。
琥珀が校門に着くころには、明達に加えて空もすでに待っていた。
それと、先ほどの対戦相手の選手が立っていた。
「あっ、どうも始めまして。」
そう言ってニッコリと笑った顔は先ほどとはまったくの別物であった。
試合中は鉄面皮のような表情からいっぺんしたのを見て、琥珀は対応に困った。
周りを見てもそれまでに話していたのだろう、すっかり打ち解けていた。
もともと泉と空は同じクラスで知り合いであったということだろう。
「えーと、どうも冴原琥珀です。」
戸惑いながらも当たり障りのない自己紹介をしておくことにした。
それに気が付いた相手は少し慌てながら自己紹介を始めた。
「すみません、桜井要です。」
一通りの紹介を済ませたところで、これだけの大人数で校門にいるのも邪魔になると思い場所を変えることにした。
いつものように女子のアイデアで学園から少しはなれたところにあるカフェに行くことになった。
道中で少し桜井要と言葉を交わしたが、先ほどとはやはり別人のような印象はぬぐいきれなかった。
カフェに着くとそれぞれコーヒーやケーキなどを頼んでいたが、琥珀は夕食のことを考えてコーヒーだけにすることにした。
「それにしても、さっきは驚きましたよ。」
そう言って、注文を終えて話し出したのは桜井要だった。
「まさかあの状況でとっさに"ゲート"を使うとは予想外でした。」
せっかく秘密にしておいたのにと内心思った琥珀だが、そこまで隠す必要も無く何も言わないことにした。
その代わりに、頼んだコーヒーを一口飲んだ。
「そうなのか?そういえばこの間できるようになったって言ってたな。」
口にケーキを入れたまま話す明に、正面に座っていた東条が怒った顔で見ていた。
それに気が付いた明はすぐに開けかけた口を閉じた。
次に言葉を発したのは泉だった。
「でも、その前の雷の魔法はどうして失敗したの?」
泉はゲートよりもその前の雷の魔法に興味をもっていた。
確かに見学席から見ていたら失敗に見えたのかもしれない。
「あれは失敗ではないですよ。」
琥珀の返事よりも先に桜井要が話し始めた。
「冴原さんはあの時雷を外に向けて放つのではなく、自らの身体に流したのですよ。
正確には身に纏ったと言うべきでしょうか。
そして僕のソニックムーブが当たる直前にゲートで僕の死角に回り込んだってところですか?」
相変わらずさわやかさ100%のスマイルを浮かべて琥珀を見た。
「まぁそんなところだ。それと琥珀でいいよ。」
「では僕は要って呼んでください。」
そこでまた琥珀は手元のホットコーヒーを口まで持っていった。
隣の明はケーキを食べ終わったようで、もうひとつ食べるか迷っていた。
「でも雷の魔法使ってるのにどうやって"ゲート"使ったの?」
琥珀の前の空がやっと口を開いた。
明とは違い、少しずつ味わって食べていたケーキはまだ半分ほど皿の上に乗っていた。
「まぁ、なんだ…」
琥珀がどう説明しようかと逡巡していると、その先を要が説明した。
「簡単に言うと、琥珀さんは雷とゲートの同時展開をしたんですよ。」
その言葉に琥珀以外のメンバーが一瞬固まった。
一方の琥珀、要の"さん"付けに対して少し不満を抱いていた。
「でも、そんなことって…」
要の発言に泉がすかさず疑問を投げかけた。
泉は理論関係が得意らしく、例外などはあまり納得いかないようだ。
「不可能だと思われがちですが、決して不可能ではありませんよ。
理論的には可能なはずですよ?ですが、単発に比べて制御は格段に難しいですが。」
ここにきても、桜井要は笑みを絶やさなかった。
桜井の説明に納得はしたものの、まだ驚いているようだった。
「そういう事だ。思いついたのは、要がタメなしで魔法を使った時だよ。
あの状況では他に手は無かったから、一か八かでやってみたんだ。
まあ、言ってた通り制御が難しくて少し離れたところに出て大変だったけどな。」
こともなげに言う琥珀に、もはや誰もが感嘆の声を上げた。
その様子を見て、空はまた満足そうにケーキを食べ始めた。
そのまま交流戦の話をした。
気が付けば辺りの町並みは、闇に包まれていた。
今日のところはとりあえずそのぐらいでお開きとなった。
「それじゃあねー。」
「うん。バイバイ。」
短い言葉を交わして、空と琥珀以外が自宅に帰っていった。
「んじゃ、帰ってご飯にするか。」
「そうだね。」
空と琥珀は、隣り合って自宅までの道のりを歩き出した。
空は執行部で忙しそうだったが、試合を思いの外しっかり見ていて琥珀は呆れてしまった。
「仕事をちゃんとしろよな。」
苦笑を顔に浮かべながら言葉を吐いた琥珀に、少しムッとした顔で空は言い返した。
「だって気になったんだもん。
いいでしょ?少しぐらいー。」
そう言って、すねていた空を見て琥珀は笑っていた。
二人の頭上の漆黒の空に半分の月が慎ましく輝いていた。
星はあまり見えない。
該当の明かりや、空気の汚染で何時のころかあまり見えなくなってしまったらしい。
琥珀たちが物心付くころにはもう今のようになっていた。
家まで空と他愛も無い話を続けながら歩き続けた。
本当の家族のように。
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「ゼロ、久しぶりの仕事だ。」
食事の後、空が食器を洗っているリビングで突如として鳴った端末に耳をやると、聞きなれた声がそこから流れた。
今の時代に、音声だけの連絡をとるのは組織ぐらいなものだった。
その言葉に緩んでいた琥珀の緊張感は少し張り詰めた。
「わかった。時間はいつもの時間でいいのか?」
「ああ、いつも通りの場所で。詳しいことは合流してからだ。それじゃあな。」
一方的に用件だけを告げて、その電話は切れた。
特にそのことが深いというわけでもないので、何事も無かったようにまたテレビを眺め始めた。
画面という概念はなくなり、今では立体ホログラムが一般的となっていた。
映し出されているのは、どうやら新人の芸人達のようだった。
興味も無かったので消そうかと迷ったが、そのまま眺め続けることにした。
空が洗い物を済ませ、リビングのソファの上に腰をおろして、2人そろってテレビを見て、いつも通りに過ごして空は帰って行った。
一度風呂に入ろうかと考えたが、どうせまた汗をかくので、時間まで本を読むことにした。
「そろそろ時間だな。」
時計の針は12時の少し前を指していた。
待ち合わせの場所はここからそれほど遠くはない。
琥珀は上着をひっ掴まえると、それを羽織って玄関の鍵を閉めて歩き出した。
その顔に表情は表れていなかった。