EPISODE2-4
午後からの授業は得てして眠気との戦いである。
さらに加えてこの季節、つまり春の陽気とは学生にとって宿敵である。
ちなみに最前列であるにもかかわらず、明はあっけなく倒れていた。
その眠気の中でも、琥珀は外を眺めて思案にふけっていた。
考えることはもちろん来週にせまった闘技大会である。
今の琥珀には、ピアスをはずして本戦までいけるだけの自信はなかった。
もちろんはずしてしまえば楽々本戦どころか優勝も夢ではないだろうが、ひとつ大きな問題がある。
それは、自分の無意識で発動することがあるのだ。
やっと最近ある程度は制御することができるようにはなってきたが、まだ自由自在というわけにはいかない。
それに、一番の問題はその力である。
ただの大きすぎる魔力なら問題はないのだが、それが"異能"でしかも殺傷能力が高すぎる。
そのために、琥珀は予選を何とか勝ち抜く秘策を考える必要があった。
(詠唱破棄が使えたらもう少しまともに戦えるかもしれないが、できるかどうかわからない力に頼るのもな)
先ほどから堂々巡りの考えに、いい加減飽き飽きして桜の木を見ることにした。
教室の窓からは校庭が見え、どこかのクラスが体育をしていた。
といっても、普通の学校のような普通の体育ではなく魔法を使っての体育だ。
どうやら今日はサッカーの授業のようだ。
走っている生徒は、風の魔法を使っているのだろうか、常人では考えられない速さで走っている。
サッカーボールも魔法をかけて強度を高めている。
キックの威力もプロ以上の破壊力だ。
その光景を見つめつつ、琥珀はまだ考えることを辞めない。
(ピアスが外せないならどう戦えば勝てるのか…
遠距離攻撃は魔力を大量に消費するから俺向きではないな。ならやっぱり近接攻撃か。)
特に格闘技をやっていたわけではないので、なるべくならその選択肢は選びたくはなかったが贅沢は言ってられなかった。
近接格闘は主に、肉体強化系の魔法を使いながら戦うものであまり魔力は消費しない。
(肉体強化系の魔法はいくつか使えるが、問題は格闘だな。あとでみんなに相談してみるか。)
ひとまず答えを見つけた琥珀は、外に向けていた視線を教室に戻し授業を聞き始めた。
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「おわった~。」
明の気楽な声が教室に響き渡った。
明と東条が教室の入り口で待っていることに気が付いた琥珀は、急いで支度をして2人のところへ行った。
3人で空と泉を迎えに行った後、事務室に寄って練習場の使用許可書をもらっていくことになった。
練習場は、特別棟の一角にあり、大きな体育館のような作りになっている。
中には数人の人が練習していた。
「ひろーい。」
空が入った直後にはしゃぎだした。
普通の体育館との違いは、壁や床にマジックコーティングがしてあることである。
ただの体育館ではすぐに魔法でボロボロになってしまうからだ。
「ここなら思う存分れんしゅうできそうだな。」
明も空の後に続き入り口をくぐって行った。
その後に残りの3人が入っていった。
「よしやろー、やろー。」
そう言って、空は少し身体を動かしてほぐしていた。
琥珀は、午後の授業で考えていたことをどうするか悩んでいたが、やがて口を開いた。
「ちょっと聞きたんだけど、誰か格闘技とかしてた人いない?」
「どうしたの琥珀。いきなりそんなこと言い出したりして。」
突然の琥珀の発言に一番驚いていたのは空だった。
いつも朝の練習をしていた琥珀が、格闘技に興味を持ったことに疑問を抱いた。
「いや、考えたんだけどさ、闘技大会の予選を勝ち抜くためにはどうしたらいいのかって考えてたんだ。
俺は魔力が少ないから遠距離魔法では戦えない。そうなると、必然的に近接格闘技になるだろ?
けど残念ながら俺は格闘技の経験がないんだ。それで誰かに教えもらおうかと思って。」
「なんだそういうことか。残念ながら俺はしたことないな。」
琥珀の説明に一同は納得した様子だったが、明がやってないとすると誰もいなさそうだった。
あきらめて、自分でどうにかしようかと考え始めた琥珀が視線をさまよわせると、申し訳なさそうに1人の少女が手を上げた。
「あ、あのぉ」
「えっと、泉さん?」
突然で何のことかよく分からなかったが、すぐに先ほどの話のことだとわかった。
「わ、私少し武道やってて…」
その泉の発言に、琥珀以外の人間も思わず声を出して驚いてしまった。
それはあまりにも意外すぎたよで、空でさえも驚いていた。
「そ、そうなんだ。よかったら、少し教えてもらえないかな?」
泉が武道を嗜んでいた事は驚いたが、それよりも琥珀には闘技大会という差し迫った問題があった。
「えっと…ど、どうしよう。」
泉は困った顔を空に向けて、どうしたらいいのかと聞いていた。
「なんで?教えてあげればいいじゃん。」
空は明るく泉に言って、空たちはさっさと魔法の練習のために離れていった。
あとにのこされた琥珀と泉はどうしたらよいのか分からずに、互いの顔を見ていた。
「あー、えっと、お願いできるかな?」
もう一度泉に琥珀が尋ねた。
その意味を再び考えた泉は少し戸惑いながら、答えた。
「あの…私でよろしければ。」
そう言って恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「とりあえず、奥に行こうか。入り口の前だと邪魔になるし。」
その言葉に泉は、自分達が入り口の前に立っていることに気が付き、慌てて奥に走っていった。
その様子に苦笑しながら琥珀も泉の後を追いかけた。
「えっと…じゃあ始めますね?」
相変わらず引っ込み思案なのか、声が小さかった。
こうして、闘技大会までの間、琥珀と泉の武道の特訓が始まった。
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「おーい、もう時間だぞ琥珀。」
明の声が聞こえて、時計を見るとすでに下校時刻の5分前になっていた。
空や東条たちもすでに練習を終えて帰る準備をしていた。
なんとか下校時刻ぎりぎりに学園を出ることができた。
「なんか琥珀ボロボロだね?」
「そう言われればそうだよねー。」
空と東条の声でみんなの視線が琥珀に向いた。
それは琥珀にも思い当たることがあった。
「泉さんは、思いのほかスパルタだったんだ。」
琥珀の発言に、泉は恥ずかしそうに下を向いてしまった。
その様子を見てみんなはまた驚いていたが、すぐに明が笑い出した。
「あははは、何か意外だなー。で、琥珀に武道の才能はあったのか?」
明がまだ笑いながら泉に話しかけていた。
「あの、えっと…はい。なんていうか、場慣れしてる感じがしました。」
泉の一言に、一瞬ドキッとした琥珀だがすぐにいつも通りの様子に戻った。
場慣れしていると言われたことは、少しあたっていた。
空にも秘密にしているバイトのことだろう。
「そうかな?まだよくわからないけど。」
そう言って誤魔化して琥珀はすぐに違う話題に変えてしまった。
その後は、またいつものように学園での出来事や、交流戦についての話をしながら家に帰っていった。
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空と夕食を済ませたあと、リビングでテレビを見ていた空に庭で練習することを告げて今日泉に教えてもらったことを練習しに行った。
泉には格闘戦の基本的なことを教えてもらった。
間合いの取り方や、防御、攻撃とさまざまなことを教えてもらった。
「…はっ、…はっ」
とりあえず今日教えてもらった、型の練習をすることにした。
(明日の予選が一番きついかもしれないな)
その日の夜は、夜遅くまで泉に教えてもらったことを繰り返し練習した。
闘技大会本戦まであと6日