EPISODE2-3
エントリーを済ませた次の日、早朝から琥珀と空は魔法の練習をしていた。
場所は琥珀の家の庭だった。
学園のように特に大きいというわけではないが、魔法を使う上では問題はない広さだ。
「どうするの?もう大会までぜんぜん時間もないし、予選も明日からどんどん始まっちゃうよ?」
練習を始める前に空が琥珀に聞いてきた。
時間のことも、予選のこともすでに琥珀も知っていた。
「だからと言って、いきなり魔法がうまくなるわけじゃないんだから。」
もっともらしく答える琥珀に、空は大きな不安を覚えた。
空にはどこか琥珀に対して過大評価しすぎとも、身内贔屓ともとれる思考があった。
そのことを琥珀はちゃんと知っており、またそれを正すつもりも無かった。
「でも、じゃあどうするの?みんな言ってたけど、歴代の大会で"F"クラスの人が本戦に出たってきいたことないよ?」
「そう言われてもな、練習するしかないな。」
そう言い切った琥珀は、練習を始めることにした。
切り札がないわけではないが、まだそのことは空に打ち明けずにいた。
それは学園に始めて登校した日
空を待つ図書館で見つけた。
「…ホントに琥珀は…」
まだ空が小声でぼやいていた。
それを耳にしながらも、無視を決め込むことにした。
図書館で発見した日から毎日のように練習し、また必ず理論を考え続けた。
「…詠唱…破棄か」
理論上は可能であることだけはわかった。
しかしそれ以上のことはわからなかった。
身近に聞ける人もいなかったし、また聞くこともしようとは思わなかった。
琥珀はまた思考の沼にはまりそうになった頭を無理やり起こして、練習を始めた。
まずは簡単な下位魔法から練習することにした。
魔法の発動にはいくつものプロセスがある。
ただし、下位魔法よりもさらに下位の4大元素を発生させる
つまり、火・水・風・土をそのまま発生させるだけならばたいていの魔法遣いは詠唱を必要としない。
それ以上になると詠唱というプロセスを経ることで発動、制御を可能としているのである。
ついでに言うと、さらにその先
より大きな魔法を使うまたは広範囲に影響を及ぼす魔法を使うためには、詠唱のほかに魔方陣と呼ばれるものを使うことがある。
ただ魔方陣は手間がかかるため使うことはめったにないのだが。
琥珀は、まず"水"属性の下位魔法から始めることにした。
(手ごろな水壁からでいいか。)
水の防御壁は、基本的な魔法の1つで難易度は低い。
続いて練習法だが、これが一番琥珀の頭を悩ませた。
ただ黙っていても何時までも発動されることはないだろうと言うのが目に見えていた。
そこで、少しずつ詠唱を短くすることにした。
水壁の呪文は
《水よ、我を守る壁となれ、ウォール》
そこでこの呪文を少しずつ短くすることにした。
大きく息を吸って自分の体内にある魔力を収束させていく。
そしてそれを感じながら、脳下垂体の中での水壁のイメージを固めていった。
琥珀はリラックスして呪文を詠唱した。
「水よ、壁となれ、ウォール」
収束した魔力は行き場をなくして霧散した。
(最初からうまくいく訳ないよな。)
ふぅと息を吐いて、琥珀は再び集中し始めた。
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「ねぇ琥珀、今日なんでずっと呪文間違ってたの?」
練習の後の朝食中に空が口にごはんを入れながら聞いてきた。
と言っても中にあるときにはしゃべっていない。
「ん、ああ分かってるよ。」
「じゃあ、わざと?なんで?」
空の疑問に、特に隠す理由も思い当たらなかったので、素直に今練習していることを言うことにした。
それを聞いて空はまた驚いていた。
「それってこの間言ってたことだよね?」
「そうだな、ただみんなには内緒な?本番で驚かせたいからな。」
そう言った琥珀の顔をニコニコとうれしそうな顔で見つめた後、空は大きくうなずいた。
「うん。やっぱり琥珀はすごいね。」
そんな言葉と共に、空は元気に朝ごはんを食べ終わった。
まだ少し残っていた琥珀は、少し急いで残りのご飯を食べきった。
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空が教室に着くと、当たりを見渡した。
まだ泉は着ていなかったことに気が付き、その日の授業の用意をし始めた。
かばんの中の教科書類を机の中に入れ始めた。
泉とは入学式が終わって初めて教室に行ったときにできた初めての友達だった。
たまたま席が隣と言うこともあったのだが、泉だけが空に変な色眼鏡で見ることをしなかった。
空は周りから優秀と言われることに抵抗があった。
時には妬まれることもありホントはみんなの前で魔法を使うことがすきではなかった。
でも、あの日琥珀に助けられたときから魔法が好きになった。
それ以来はあまり気にすることもなくなったが、それでも特別扱いされることが好きではなかった。
「私、泉あきらって言うの。よろしくね。」
少し引っ込み思案そうな女の子が話しかけてきたときには正直驚いた。
それでも純粋に話しかけてくれたことはうれしかったし、周りの男子達は遠巻きにこちらを見てくるだけで、気詰まりだったことなどすぐに忘れてしまった。
泉と空が仲良くなるのに時間はかからなかった。
空は泉と友達になった日のことを思い出していた。
そのせいで泉に声をかけられていることに気が付くまでしばらく時間がかかった。
「空、何ぼーっとしてるの?おはよ。」
泉の声でやっと長い思考の旅から引き戻された空は慌てて挨拶を返した。
「え、あつ、あきらちゃんおはよう。」
そう言った空の顔は少しばかり焦りを含んでいたが、いつも通りに明るく元気なものだった。
その様子を見た泉は少し空に意地悪をした。
「朝から琥珀くんのことでも考えていたの?」
泉の意地悪な顔に気が付いた空は、すねたように顔を背けた。
「嘘だよ。いくら呼んでも返事してくれない空が悪いんだよ。」
泉は笑顔になりまたいつものように空と話して朝のHRまでのひと時をすごした。
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琥珀は教室に着くと、いつものように明が話しかけてきた。
話題はもちろん闘技大会のことだった。
「おっす。明日から予選だけど、大丈夫なのか?」
挨拶もそこそこに明はいきなり本題に入った。
琥珀としても明のような率直な人間は嫌いではなかった。
だらだらと回りくどい話をされるより、よっぽどよかった。
「おはよう、まぁとりあえず予選は負けるわけにはいかないよな。」
そう言って、自信があるとはいえない顔を明に向けた。
実際のところ琥珀には少しの自信と大きな不安があった。
不安の要素は、もちろん魔力の面である。
並みの人よりかなり少ない魔力しか使えないことは大きな弱点だった。
いくらすべての元素が使えても、使用回数が少ないのでは不利なのは目に見えている。
少しばかり救いなのは、他の選手よりは実戦経験があることだ。
「そうだよな。まともにやって勝てるとは思えないよな。」
暗い表情をする明に、少しばかりの励ましをすることにした。
「まともにできないなら戦術を組むだけだ。」
琥珀の顔は明から見て輝いて見えた。
まだ希望を捨てていない表情だった。
「そうだよな。俺も負けてらんねぇな。」
やる気に満ちた明を目にして、琥珀は思わず苦笑いをこぼした。
そこへ登校してきた東条を加えて、いつもの3人で話がはじまった。
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「みんなで大会の練習しないか?」
昼休みの食堂で初めに言い出したのは、いつものように明だった。
みんな集まって何かすることが好きな明らしい発言だった。
今日は3人+空と泉でご飯を食べていた。
明の意見に一番に飛びついたのが意外なことに泉だった。
「それなら、放課後の練習場使いませんか?大会の1週間前から部活がお休みで申請すれば使えるんですよ。」
わくわくした子供のような表情の泉を見て、琥珀は一瞬戸惑ってしまったがすぐにいつも通りになり賛成した。
泉曰く、毎年開放しているのだが以外にそのこと知っている生徒は少ないらしい。
なんでそんあことを知っているのか気にはなったが、特に理由も無いので黙っていることにした。
「そうしよー!!みんなもいいよね!?ね!?」
空は泉の意見におおはしゃぎして、みんなを誘い出した。
(そんなことしなくても大丈夫なのに)
空のはしゃぎっぷりを見て、琥珀は少し笑ってしまった。
「じゃあ放課後に迎えに行くから待っててくれよな。」
明の言葉を合図に、5人での食事の終了となった。
教室にもどると、授業まで3分を切っており3人は大慌てで次の授業の準備に追われた。