39.食欲の秋、キノコの秋
秋も深まり、すっかり涼しくなってきた。店先に並ぶ食材の種類もすっかり変わって、質、量共にとっても充実している。
ここカナールは運河都市、貿易が盛んなおかげで様々な食材が売られているけれど、やはり近場でとれたものが多く流通するのだ。
「はあ……食欲の秋って、素敵……」
ずらりと並ぶ素敵な食材の数々を前に、私はうっとりとため息をついていた。家に備蓄している食料が少なくなってきたので、休日を利用して買い出しに来ていたのだ。
すぐ後ろには、当主としての仕事が忙しいはずのディオンもついてきている。相変わらず彼は、私の買い物を見ているのが好きらしい。
「食欲の秋? 初めて聞く言葉だな。確かに秋になると、食も進むが」
「ディオン様は夏、苦手ですものね。……でも夏の間も、たくさん食べてませんでした?」
「いや、確かに夏の間は食が進まないぞ。だからこそ、お前の所にさらに足しげく通っていたのだ。食欲がない時であっても、味噌汁はするりとのどを通る。あれは不思議だ」
そんなことを話しながら、市場をぶらぶらしていた。午前中に開かれる朝市よりも人は少なく、そのぶんゆっくり見て回れる。
ここカナールに住んでからざっと半年ちょっと、普段の買い物は市場で済ませることにして、朝市は食べ歩きの買い歩き、ついでに掘り出し物探しといったレジャーの場として楽しんでいた。近所の人たちも、だいたいそんな感じで使い分けているらしい。
イモやクリなどの食材、それにサケやサンマといった秋の魚たち。ブドウやナシといった秋の果物。それらを圧倒するように山を作っているのが、キノコだった。種類も豊富で、とってもおいしそう。
同じくゼロカロリー組の海藻があまり食べられていないのとは対照的に、キノコはメジャーで、しかも愛されているようだった。
まあ、それもそうか。洋食にもキノコは使うし。そのくせ、洋食ではまず使わなさそうなシイタケが普通に流通してるけど。この辺りではシンプルに焼いて、焼き野菜なんかと一緒に付け合わせとして使うのが一般的らしい。
「シイタケ、シメジ、マイタケ、エリンギ、マッシュルームに、うわ、トリュフだ。……えっ、あっちのってマツタケ!?」
トリュフも安い。というかこれは、貴族や金持ちのところにおろした残りだとかで、比較的質が低いものらしい。でも、チーズリゾットにスライスしてのせたらおいしそうだな……。
マツタケも安かった。店員に聞いてみたら、シイタケ同様に焼いて付け合わせ、以外にはあまり用いられていないらしい。独特の匂いがそこまで好まれていないとかで。
「しかし、なんとも見事なキノコの山だな……しかもかなり安価だ」
しょっちゅう私に付き合って食材の買い出しに来ているせいか、ディオンは食材の値段についても詳しくなりつつあった。どんどん庶民っぽくなってきている。貴族、しかも伯爵家の当主なのに。
「……そうだ」
ふとつぶやくと、ディオンは私の顔をのぞき込んできた。また何か、面白いことを思いついたのだな? と言わんばかりの顔だ。
「どうせだから、お店で出しちゃいましょう。醤油にも余裕ができてきましたし、やっぱりキノコといえば……うふふ」
「お前がそんな風に笑うということは、きっととびきり素晴らしいメニューが浮かんだのだな」
「はい、間違いなくおいしい、そしてこの季節ならではのメニューです」
そうして私たちは、キノコを買いまくった。
なお、マツタケについてはひとまず全て自分用にした。だってあの匂い、人を選ぶらしいし。和食を食べつけない人だと、なんだっけ……靴下の臭い? とか何とか、失礼な感想になってしまうらしいし。
とかなんとか言っているけれど、単に私がマツタケを存分に食べたかった、それだけだった。焼きマツタケとマツタケご飯とマツタケのお吸い物でフルコースにしようっと。
ディオンは……まあ招待してあげるか。駄目なら私が二人前食べて、予備のメニューを用意すればいい。太りそうで怖いけど。
私がそんなことを考えているのを知ってか知らずか、ディオンはみっちりとキノコが詰められた買い物袋を抱えて、嬉しそうに笑っていた。
そんなお買い物から、数日後。
「アンヌマリー、限定三つ!」
「こっちはお好みスープ一つに、限定が二つです」
相変わらず戦場のような昼時の厨房で、そんな声が飛び交っていた。クロエと、バイトで雇っている近所のおかみさんが、同時にそんな注文を持ってきたのだ。
「限定、売れてるねえ。見た目は茶色で地味だけれど、ここの客たちはそんな細かいことは気にしないしね」
洗い物をしながら、イネスがにやりと笑う。
「昨日味見させてもらったけど、あれはとってもおいしかった。今度、まかないで出しておくれよ」
「アタシも! もっと食べたい!」
ちょうど汚れ物を運んできたクロエが、ぴょんぴょん跳ねるようにしてアピールしている。そんな二人にうなずいて、さらに料理を盛り続けていく。
アンヌマリーの味噌汁食堂、秋の季節限定メニュー。それはキノコの炊き込みご飯のおにぎりと、秋ナスの味噌汁だった。個数限定、早い者勝ち。
炊き込みご飯は手で裂いたキノコをふんだんに入れて、醤油と白ワイン、砂糖と一緒に炊き上げた。あえて他の具はなし、お出汁もなし。キノコのうまみをダイレクトに味わえる一品に仕上げてある。
お米にもこだわった。このお店ではできるだけ新しいお米を使っているけれど、この季節限定メニューには、ついこないだ収穫したばかりのぴっちぴちの新米を使っている。
そしてちょっともち米も混ぜて、もちもちのお米とこりこりのキノコの食感の違いを楽しめるようにした。
味噌汁もシンプルに、具はナスオンリー。鰹節をいつもより厚く削ってじっくり煮込んだ濃い目のお出汁を使ったということもあって、どちらかというと煮物に近いかもしれない。
見た目は見事に茶色、華のかけらもない料理だ。でも、味は最高。そんな料理を、昨日初めて出してみた。
予想通り、常連客たちが即飛びついてきた。みんな、うまいうまいと言いながらぺろりとたいらげていた。
キノコって、こんなに味わい深いものだったんだな。味噌汁の具、ナスだけっていうのもおつなものだな。そんな会話が、台所にこもっている私のところまで聞こえてきた。
このところ、ディオンに影響されたらしい常連客が大声で料理の感想を語り合うようになってしまっていたのだ。
食通ばりに見事な感想を言っている人もいれば、うまい! ああ、うまい! とひたすら叫んでいる人まで。ちょっと恥ずかしいけど、面白くもあった。
そうして限定メニューは、正午過ぎて少ししたら売り切れてしまった。ちょっと多めに用意したんだけどなあ。
昨日のそんなことを思い出しつつ、てきぱきと料理を盛りつけていく。ちらりと隣を見ると、そこにはキノコのおにぎりがのった大皿。もう残りが半分を切った。この分だと今日も、すぐに売り切れてしまうだろう。
商売繁盛、大いに結構。でもそれ以上に、みんなが秋の味覚を楽しんでくれているのが嬉しかった。
その数日後の夜遅く、私とディオンは二人で食事を取っていた。夕食ではなく、夜食を。
私は普段、家の一階のみで暮らしている。物置の横の階段から上の階に行けるのだけれど、一人暮らしということもあってそちらはほとんど使っていないのだ。テラスに洗濯物を干す時くらいで。
でも今日の夜食のためだけに、私は数日かけて一番上の屋根裏部屋をぴかぴかに磨き上げた。私たちが今いるのは、その部屋だ。
「久々に夜食というのも、いいものだな。先日のマツタケ尽くしも至福のひと時だったが」
「あれはおいしかったですよね」
ある意味予想通りだったというかなんというか、ディオンはマツタケもおいしく食べられる人だった。
炊き込みご飯とお吸い物、それに焼きマツタケに茶わん蒸しのマツタケフルコースを、彼はそれはもう幸せそうな顔で完食したのだ。マツタケには醤油が合うな、としみじみつぶやきながら。
「しかしなぜ、今日は夕食ではなく夜食なのだろうか? それも、食卓ではなくこのような場所で」
屋根裏部屋の真ん中に敷かれた小ぶりのじゅうたん、私たちはその上に座っていた。
そばには、おにぎりの皿と味噌汁の椀が置かれたお盆。目の前には、大きな窓。その窓の向こうに、真ん丸の月が見えている。
「サレイユの屋敷にいた頃は、よくこうやってこっそりと夜食を食べていましたよね。ちょっと懐かしくなってしまって。それに、ちょうど月が綺麗な季節ですから」
「月を見ながら、美味なる料理をいただく……なんと、ぜいたくなのだろうか」
「普通はお団子なんかを食べるんですけど、せっかくですからこれを用意しました」
おにぎりはキノコの炊き込みご飯。味噌汁はナス。要するに、昼間お店で出している限定メニューと同じだ。
ディオンは当主の仕事の関係もあって、私の店に来るのはだいたい二時過ぎになってしまう。
そしてその頃には、もれなく限定メニューは売り切れてしまうのだ。彼のために一食分だけ取っておくことも考えたけれど、それだと他のお客さんに悪い。
そんな訳で、こうなった。ディオンを夕食ではなく夜食に招いて、二人一緒に月を見ながら限定メニューを食べる。もちろんおにぎりも味噌汁も、彼のためだけにもう一度作ったのだ。
「キノコにはあまり味がない。そう思っていた過去の自分に説教をしてやりたくなる。かみしめるほどに、うま味が口にあふれてきて……醤油のしっかりとした香りと、この上なく見事に調和している……」
ディオンは念願の限定メニューを、感動に打ち震えながら食べている。彼と出会ってから色々あったけど、こういうところは変わらない。いや、変わった……というか進化したのかな。
「そして、ナスの味噌汁……やはり単独では味のあっさりしたナスが、味噌の優しい味に染まって……食べ応えを与えつつ、味噌汁にほのかな青い香りと奥深さを添えている……このとろりとした舌触りもたまらない……」
やっぱり変わったな。もうすっかり、一人前の食レポができるようになっている。彼は言葉、表情、姿勢、その全てで「おいしい!」と訴えていた。彼をテレビに出すことができれば、どんなお店も大繁盛だ。最高の宣伝役だ。
そういえば、私の屋台デビューの時も、彼はこうやってこの上なく美味しそうな顔で、ミソ・スープを平らげていったのだったっけ。
「……ありがとう、ございます」
自然と、そんな言葉が口をついて出る。何に感謝しているのか分からないけれど、私の今の気持ちを表すにはその言葉が一番正しいような気がした。
きっと私は、彼に感謝しなくてはいけないことが山のようにあるのだ。多すぎて、一つずつ思い出せないくらいに。
「礼を言うのは、私のほうだ」
ディオンが味噌汁をすすって、ほうとため息をついてから答える。
「ありがとう、アンヌマリー。お前に出会ってから、毎日目まぐるしかった。ここまで忙しいのは、生まれて初めてだ。その忙しさがたまらなく楽しくて、愛おしい」
「……そうですね。私も同じです」
月の光がさんさんと降り注ぐ屋根裏部屋には、味噌と醤油の優しい香りが満ちていた。




