another golden color
草が地面を覆っている、太陽は相変わらず大地を照らしている。そんな中、一人の少女が草に寝転んで昼寝をしていた。
「・・・・ん」
雲の切間から日光が差し、彼女の顔を直撃する。そのせいか彼女は眠りから覚めてしまったようだ。
「ふあ〜…よく寝た。仕事も良いけどたまには休まないとねぇ」
ぐぐぐ、と体を伸ばす。
「ええと…どこまでやったんだっけ?」
近くに置いてあった数枚の紙を手に取る。
「ああ…そうだここまでやったんだ。…まだ眠いなぁ」
そうぶつぶつ喋りながら、ペンを握り書き足していく。
「…うん、これでいいかな。あんまりやり過ぎると逆に変になっちゃうもの」
大切にその紙達を仕舞うと、空をふよふよ飛んで家に戻った。
「ただいまー」
そんな呑気な声が家の中に響く。
「おかえりー」
暢気な声が返事をする。姿を現すその声の主。
「んにゃにゃ、叡智姉はどこか出かけてるの?」
「あぁ、少し用事だって。もうすぐ戻るころだけれど」
そう言い終わる瞬間、玄関の扉が開く音がする。
「あ、噂をすれば」
「おかえりなさーい、叡智姉〜」
「あぁ、幻に寂滅。ただいま」
「どこ行ってたの〜?」
「次の会場の下見だよ。いつも通りさ…」
叡智は思い出した素振りをすると、ポケットから何かを取り出す。
「何それ」
「いや、帰り道に何か落ちてたから拾ってきた」
「結晶みたいだけど」
叡智は青い結晶をボールの様に宙に投げる。
「そんな雑に扱って良いの?」
「さぁ?」
ツンツンと幻が結晶をつつく、すると…
「うわっ!?」
淡い光は眩しいほどに力を増す。
「何何何!?」
「ちょ幻何した!何かやべースイッチ押したのか!?」
「ちょっとつついただけじゃないか!スイッチなんて無かったよ!」
「爆発とかしないよね!?」
結晶が破裂し、中から強い光を放つ。
「あぐっ!」
「ひぶっ!」
「ぐおっ!」
ドスン、と勢いよく地面に落ちる三人。
「いててて、お尻が〜」
「いてて…思い切り頭から行っちゃった」
「……それよりも、ここはどこだ?」
三人は辺りを見回す、もとよりそこには緑しかないけれど。
「何も…ない?」
「さっきまで家に居たよね?」
「おそらく…さっきのでここに飛ばされたってところだな…」
姉二人は幻を見る。
「な、なんだよっ!あれはごめんってば!」
「まぁ…ここに居ても仕方がないし。そこら辺歩いてみようか」
しばらくすると、川が見えた。上流は森、下流は湖。
「…あっ」
幻が気づく。
「ここ、いつものあの場所だ」
「ああ、あの場所か」
「…ということは、別次元に飛ばされたとかじゃないってことだね。安心安心」
「ねぇ、森に行ってみようよ」
「どうして?」
「だって、『彼』が居るかもしれないじゃない」
「それもそうだね」
「でも…場所わかるのか?」
「大丈夫だって、もう道覚えたもの」
三人は暗い森の中に入る。
「うひゃー、やっぱり光があんまり届かないから暗いなー」
「ほ、ほんとに道あってるよね?」
「大丈夫だって!こういうのは感覚で覚えるんだよ」
しばらく歩き続けると…
「…あっ!エルドラドのお家発見〜!」
奥にほら穴がある、幻はとてとてとそこに近づく。
ガサガサ…ガサガサ…
「……!」
「待て幻!ほら穴に近づくな!!」
「え?」
次の瞬間、金色の軌跡が出現し幻を取り込んだ。凄まじい衝撃音、抉れる地面。
「幻!」
「あぐっ…痛いっ!痛いッ!!」
「お前……俺の勢力圏で何してやがる!!!」
全身を余すことなく覆う金色の鱗。
邪悪で澱んだ蒼い瞳。
長い尾。
肉を引き裂く爪と牙。
胸に埋まる紅の宝石。
龍だった。
「エル…ドラド?あぎゃあッ!!」
金色の龍は幻の首を力強く押さえつける。
「苦しいッ!やめてッ!!やめでッ!!」
「お前…まさか奴らの仲間か!?俺を始末しに来たのか!!」
「ちがうッ!!違うからやめてッ!」
「幻を離せ!!」
叡智は龍に向かって走り、ジャンプ。そのまま龍の首根っこを蹴飛ばした。その拍子に龍は大きく怯み、幻を離す。
「げほっ!あがっ!助かった…」
「大丈夫?」
「ああ何とかね…死ぬかと思った…」
幻は龍を見る。それは自分の知っている姿をしていた、でも今は違った。凶暴で悍ましい、醜い姿だった。牙を剥き出し、爪を尖らせ威嚇してくる。
「待って!私達は別に貴方を攻撃しようとなんか思ってないよ!」
「嘘をつけ!みんなそうだ…そうやってほざいては油断させて俺を殺そうとするのだ!」
龍はその口から炎を溢れ出させる。
「この分からず屋!!」
寂滅は左に避け、龍に反撃しようとするが…
「寂滅姉!攻撃しちゃだめ!」
「で、でも…」
「攻撃したら余計怖がっちゃう!!」
「……」
そう言われて、彼女は上げた腕を下ろす。
「お前…一体何なんだ?」
龍は彼女達の行動に混乱しているようだ。
「私達?貴方の家族だよ、エルドラド」
「かぞく…?エルドラド…?何を言っているんだ?」
「ねぇ、姉さん…これってさ」
「ああ…恐らく…『エルドラドが私達に会う前』の世界に飛ばされてしまったようだな」
「なるほど、だからあんな風なんだね」
「……お前達は、未来から来たのか?」
「わっ、びっくりした」
「まぁ、そんな解釈で構わない」
「・・・・」
すると龍は言葉をほら穴に入るなり吐いた。
「だったら…とっとと未来に帰れ」
「ぷぅ、帰れたらとっくに帰ってるもん!」
「知るか」
不機嫌そうにそう答え、横になった。
「むぅ、不貞腐れてぇー」
「まぁ、これは変わらないよ。いつも通りだ」
「他の所を探索してみよう、何か掴めるかもしれない」
「・・・」
龍は後ろを振り返る、もうそこに騒霊達は居なかった。
(…未来の俺は、あいつらと連んでいるのか?どうして?もう俺は誰かと一緒に居るということを諦めたのに…)
空に昇っていた太陽が沈み、闇を作り出す。
「・・・」
龍は丸まり眠っていた、その時だ
ギィィィィィィィィィィン
「!?」
突然聞こえた不協和音、耳を引き裂くほどの雑音に龍は飛び起きた。
「な、何だ?」
ほら穴から顔を出す、その瞬間
「おわっ!?」
黒い塊が彼の顔の直前を高速で横切る。後に聞こえた痛々しい音。
「…おい、大丈夫…か?」
「…づっ…いっ…でぇ…」
弾丸のように飛んできたのは幻だった。ぶつかった木はへし折れ身体中から血を流している。
「うぐっ…づっ…」
その後に足を引きずりながら叡智が、腕を押さえながら寂滅が来た。
「ゲボァッ…折れた骨が…内臓にっ…ちくしょう…」
「逃げたは良いけど…もう、歩けない…」
ぐらりとふらついた彼女達を龍は受け止める。そのまま周りを見回すと、三人を担いでほら穴に入れた。
太陽光がほら穴に差し込む。
「………ぁ」
幻は目を覚ます、確か森の怪物に襲われたんだったか。
「…起きたか」
声がした方を向く。龍だった、体に傷を負っている。
「えっと…」
「とりあえず、薬草をすり潰して塗っておいた。傷はもう治っているだろうが、まだ安静にしていろ」
「うん……忘れてたよ、ここが『嵌合体』が沢山居る森だってこと」
その言葉を聞いた龍は驚いた。
「あっ、言っちゃった」
「なぜ…知っている?ここが化け物まみれの森だということを」
「…教えてくれたの、貴方なんだよ」
「…どうやら、未来から来たというのは本当…なんだな」
「嘘だなんて言った覚えないけど…」
ふらつく幻を龍は支える。
「まだ体力が戻っていないだろう、休め」
「……あぁ。やっぱり…わからないや」
「…何が?」
「どうして…みんな貴方を怖がるんだろう…こんなに優しいのに…未来の貴方も…私のこと助けてくれたんだよ…」
「・・・」
「エル……」
幻はそう言いかける、すると…
「…お前が呼びたいように呼べば良い。今は休め」
「…はぁい」
幻はエルドラドに寄り添うように、再び眠りについた。
(俺は…恐ろしくない…か)
翌日、三人の体力はすっかり快復したようで
「だるまさんが…転んだ!」
「「・・・・」」
「だるまさん……が転んだ!」
「……ぶぇっくしょい!」
「姉さん動いた!動いた〜!」
「くっ、くしゃみには勝てなかった…!」
ほら穴の前で三人が遊んでいるのを、エルドラドは眺めて居た。
「…遊ぶのは良いが大丈夫なのか?」
「ん?」
「いやほら、お前達が居るべき場所に戻る手立てとか探さなくていいのか」
「そうだけどさ、今は何も手がかりないし…遊ぼうぜ!」
そんな三人を眺め、呆れた声を出すとエルドラドはそのまま昼寝をした。
「・・・」
横になりながら目を開ける、すっかり日は傾いていた。赤い空に一つの影がある。
「…二人はどうした」
「ん?元の世界に帰れる手がかり探しに行った」
「お前は行かないのか」
「そういう面倒なのはパス」
「へぇ…」
エルドラドは幻に質問する。
「…未来の俺は、どうしてるんだ?」
「さぁ?案外貴方と変わらないよ」
「俺はお前達の何なんだ?」
「前にも言ったじゃない、家族だって」
「家族?」
「うん、色々あって家族になったの。叡智姉のことは『上の姉ちゃん』って呼んで、寂滅姉のことは『下の姉ちゃん』って呼んでるよ」
「どうして、お前らは俺を恐れない?」
「だって恐れる理由がないもの」
「こんな人間からかけ離れた俺を?」
「私達だって人間じゃないよ。それに、この世界は妖怪も幽霊も居る。珍しくないよ、龍なんて」
「違う…俺が恐ろしい理由ってのは…」
「嵌合体だから?」
「・・・」
「ぶっちゃけ、だから何って話だけどね。そもそも、みんな貴方の外見だけで怖い怖い言ってるだけ。みんな貴方を知らない、でも私は知ってるよ。貴方がとても優しい人だってこと」
そう言われて、エルドラドは思わず顔を伏せる。
「…嬉しい?」
「…知らん」
「んふー♪そういう所も同じだ」
「……未来の俺は、お前のことが好きなのか?」
「…好きだと思うよ」
「…そうなのか」
すると幻は彼の方に向き直る。
「私もね、貴方のこと大好き。とーっても、大好き………」
「…?」
「……あれ?何で泣いてるんだろ…?別に泣くこと無いのにな…?」
涙を拭っても拭っても、ぽろぽろと落ちていく。
「エルドラド…エルドラドッ…あぁ…」
それを見たエルドラドはゆっくり彼女の濡れた頬を舐める、そのまま寄り添って…
「……今まで他人を信じるだなんてことはしなかったが、お前は信じてみようと思う。お前が未来から来たということも、未来の俺のことも…。お前が帰るまで俺はお前の傍に居ることにする。お願いだ、泣かないでくれ」
「…………あ」
叡智と寂滅はとある人物達を見かける。
「姉さん、あの人…」
奥にいたのは刀を持った虎と真っ白な狐だった。
「…いや、無理に関わるのはやめておこう。ここの二人は私達のこと知らないし…」
「…そうだね」
ジャキッ
「………貴方達、何か用でも?」
叡智の首に刃が触れている、金属の冷たさが首を伝う。
「ふぉぉぉぉぉ…」
叡智の顔が青ざめていく。
「無理に動くと、頭と体が別れますよバイバイです」
「ちょちょちょ、待って待って別に貴方達に変なことするだなんてないってば」
「…ならどうして必要以上に私達を見ていたのです?」
「そ、それはぁ〜…冥界の人がここに居るだなんて珍しいなぁって」
「ほう?よく私達が冥界の住人とわかりましたね」
「\(^o^)/」
「ちょ落ち着けって神居」
「どうして私の名前を?」
「刀入ってる刀入ってる刀入ってる!首首首首首!!」
「やめなさい神居」
白い狐がそう言った。
「少し神経質すぎるわ、貴方の悪いところね」
「ですが…!」
「その子たちが私達に危害を加えようとしていたのなら、とっくにやっているわよ。そうでしょう?」
「え?あぁ…多分?」
「刀退いてくださいちょっと痛い…」
「・・・」
神居は不服そうな顔をして、刀を退ける。
「死ぬかと思った…」
「姉さん血出てる出てる」
「それで…貴方達は?」
「あぁ…いや、その…」
「どうしたんです?別に怪しい者でないならさっさと吐いてください」
「わかりました!わかりましたから刀を向けないでくださぃぃ!」
「……貴方達は、未来から来たと?」
「そうですよ」
「ご主人様!こんな奴らの嘘に騙されないでください!」
「嘘じゃないよ!いや信じられないかもだけど!」
「すぐに嘘と決めつけるのはやめなさい」
「さっすが話がわかる人だ」
ゴホン、と叡智は咳をして…
「じゃあ…私達が未来から来たってことを証明しようか。そこの刀を持っている虎さんの名前は朝霧 神居。そこの狐さんの従者であり用心棒。それで、狐さんの名前は暁 白狐。冥界の主」
「…そうね、正しいわ」
「そして…いや、どこまで過去なのかわからないからこれは確証が得られないけれど…暁さんはとある人間と過ごしているね?」
その問いに暁は瞳孔を小さくした。
「ビンゴ。ということは…精々百年と十数年前ってところかな…」
「…貴方達、何者なのです?」
「私達?そのとある人間に作られた騒霊ですよ、お母さん」
「お母さん!?ふざけるのも…」
「落ち着きなさい神居」
「ぐぅ…」
「わかりました、貴方達のことを信じます」
「暁様!?」
「ほほう、それはありがたいことだ」
「いえ…私が信じなければ誰が貴方達を信じるというのでしょうか」
「?」
「そもそも…貴方達を呼んだのは誰でもないこの私なのですから」
「!?」
「ど、どういうこと!?」
「どうって…そのままの意味よ」
「私達は召喚された英雄的な?」
「イメージはそんな感じね。貴方達も彼から聞いているでしょう?世界は無限に近い数あるって」
「彼…?エルドラド?」
「あら、未来の彼はそう呼ばれているのね」
「まぁ、幻が名付け親ですが」
「例えば、おやつを食べる時に煎餅にするかおはぎにするかで結果は些細ながらも変わってくる…その先の結果が分岐するということ、この世界は貴方達からしたら『分岐した先の世界の一つ』ね」
「もし、エルドラドが幻のことを…」
「話が少し逸れてしまったわね、私が貴方達を呼んだのはこの世界に貴方達が必要だからよ」
「必要?何故?」
「そうね…この先、世界を揺るがすほどの大異変が起きる。それは巫女だけでは対処できない。だから、貴方達を呼んだの」
「大異変?」
「姉さん、もしかして…」
寂滅は叡智に耳打ちする。
「…あぁ、その異変なら絶対に解決しますから大丈夫ですよ」
「どうしてそんなことが言えるのかしら?」
「どうしてって…実際そうなりましたし…」
「それはそういう『道』を選んだから。この世界が破滅に向かわないと決まったわけではない。……それに、なんだか胸騒ぎがするのよ。大事な何かを…失ってしまいそうで…しかしそれが何かはわからない、いつ起こるのかさえもわからない。故に恐ろしい」
「…わかりました、要するにその異変をぶっ飛ばせば良いんですね」
「ええ」
「まっかせてくださいよ。この叡智、手に届くものを守ってみせますって」
次の日。
「ねぇ、エルドラド」
「…何だ」
「えーっと…森の外…出てみない?」
「どうして?」
「その…たまにはお日様の光浴びない?ここちょっと暗いっていうか」
「・・・」
するとエルドラドはゆっくり起き上がる。
「…何処に行きたいんだ」
「!」
幻は笑顔になって
「川!川に行こうよ!」
エルドラドの大きな手を握り、ぐいぐい引っ張っていった。
「川で…何するんだ?」
「ん?そこまでは考えてない、今考える」
ぐむぅ、と呆れた表情をするエルドラド。
「ここね、大事な場所なんだ」
「大事な場所?」
「うん、貴方と私がいつも会う場所。貴方は人里の方に近づかない、私はここで曲を作る…ね、利害の一致ってやつだよ」
「そうか」
「…そうだ、折角だから何か演奏しようか?」
「…そうだな」
「どんなのがお望みかな?」
「お前に任せる」
「そういうのちょっと困るんだけど…まぁいいか」
幻は楽器を取り出すと、指を滑らす。
「〜♪」
エルドラドはただ、静かにその音色を聞いていた。
「………あなたにストライク、ときめき届けたいの」
「…?」
「素敵に奏でましょうこのメロディー…たらりらたらりらたらりららん、るるりらるるりらるるりらりん」
彼は動いている彼女のその口を指で塞いだ。
「むぐっ、お気に召さなかった?」
「…いや、そうじゃない。ただ…その曲は俺に聴かせるべきではないと思う」
「そう?」
「そう、それは…帰ってから演奏すると良い」
「…はーい」
ぐきゅるるるる
「…ぐむぅ」
「お腹空いたの?」
「まぁな」
「じゃあお腹いっぱいになるような曲を…」
「流石の音楽も腹を満たしてはくれないだろう?」
そこでエルドラドは川を覗き込む、透き通る水の中を泳ぐ魚影に向かって噛みついた。
「わ、すごーい」
ぴちぴちと無駄な足掻きをする魚を、丸呑みする。
「…どうした」
「丸呑みって…ちょっと残酷だよね」
「そうだな」
幻も川を覗き込む。次の瞬間…
「とおっ!!」
「!?」
気づけば幻の服が宙を舞っていた、大きな水飛沫があがる。
「お魚!」
「…お、おう」
当たり前だが、幻の体はびしょ濡れである。
「・・・」
エルドラドは困った顔をして彼女を見る。
「ん?」
「いやその…風邪引くぞ」
「…へくちっ!」
手にした魚を逃すと、幻はエルドラドにくっついた。
「な、なんだよ」
「あっためてー♪」
「・・・」
服が透けて彼女を直視できない、彼はそんなことを思う。未来の自分もこんな感じなのか。
「…ほら、寒いなら服着ろ…いや、濡れた上から着るのは無意味か」
「じゃあこれも脱ぐ?」
「やめておきなさい」
夜、四人はほら穴に居た。
「姉さん達、何か情報掴めた?」
「ん?まぁ一応は…」
「しばらくしたら帰れると思うよ」
「そっか」
三人の話し声を、エルドラドは奥で聞いていた。ぽてぽてと幻は彼に近づく。咄嗟に彼は寝たフリをした。
「エルドラドー」
「…」
「…寝ちゃった?」
「…」
「ぷぅ」
このまま起きても仕方ないので、三人は明日に時間を送ることにした。姉二人が眠ったことを確認すると、幻はエルドラドの耳元で小さく囁いた。
「…だいすき、エルドラド」
ピクッ
「…おやすみ」
そうして額に軽くキスをした瞬間…
「うひゃっ!?」
エルドラドが幻を押し倒した。
「エル…ドラド?」
彼は口に指を立てる。
「静かにしろ、バレる」
「な、何するの?」
真っ直ぐ彼女の瞳を覗き、言った。
「…お前、帰っちまうのか?」
「え?」
「元の世界に…帰るのか?」
「う、うん。そのつもり…」
「帰る…のか…」
「…帰ってほしくない?」
「………寂しくない、と言えば嘘になる。でも、お前達を引き留めてはならない。お前達は…」
少し哀しそうな表情をするエルドラド。
「……それじゃあ」
幻は一つ、提案した。
「帰る時、とびっきりの演奏会を開いてあげる。貴方だけのステージを…届けてあげる。絶対に忘れられない時間を刻むから…」
そうすれば寂しくはならない。
エルドラドは少し安心したような動作をすると、再びほら穴の奥に居座り眠った。幻は彼の翼に包まれるように潜り、続いて眠りについたのであった。
その日は静かだった。昼だというのに静かだった。鳥の囀りも、生物の呼吸音すらも聞こえない。不穏な空気がそこらを漂っている。
「・・・」
すると三人はほら穴を出た。それに気づいたエルドラド。
「何処に行くんだ」
「…少し用事で」
「お、おい!」
足早に進んでいく彼女達を慌ててエルドラドは追いかけた。
森の外、何も聞こえない。
「姉さん」
「ああ……どうやら『その時』がやってきたようだな…」
「その時?」
しばらくして、豪大な地震が起こる。
「…!」
「来た…!」
先程まで澄んでいた青空は、澱んだ赤色に染まり始めた。
「行くよ、二人共。あの丘へ」
「うん!」
「…?」
「よし、着いた」
「おい、説明しろよ何が起きてるんだ?」
「ああそうか…貴方は知らないよね…あれ?」
叡智は一つ疑問に思う。
「…『この異変』は、もっと後に起こるはずなのにどうして今起きているんだろう」
「私達が介入したことによって時間が歪んだ…とか?」
「わからない…暁さんはこれを予知していたのか…?」
再び、天地を震わすほどの地鳴りが響く。
空に裂け目が入る、闇の渦と轟音と共に
何者かが現れた
その者、黒色の鱗を身に纏っていた。
四肢とは別の巨大な翼脚と翼膜。
体の半分を占める程の尾。
目つきは鋭く、殺気立っていた。
「……ナイトメア!!」
幻がそう言うと、その龍は驚いた顔をする。
「…どうして、僕の名前を?まぁどうでも良いか。僕はここを滅ぼすために来たのだから」
手始めに、ナイトメアは適当にそこらに向かってエネルギー砲を放った。細い線の軌道に沿って、大爆発が起こる。
「ここを滅ぼさせなんかさせない!貴方は私達が止める!!」
「止められるものなら止めてみればいいさ!」
「みんな!周り!!」
寂滅のその声で二人は気づく。不気味な霧が周囲を漂っていた。
「これは…これは…!!!」
「その霧は僕の悪夢の力そのものだ!お前達はもう負けているのと同じこと!特別に痛ぶってやろう!!」
その声と同時に、周囲の霧が彼女達を苦しめる。
「…くそ、あの時とおんなじだ…しかし、あの時と違って人数が少なすぎる…どうするか…」
「思い知ったか!そのまま苦痛と不安に押しつぶされて死ね!!!」
「………!?」
「エルドラド!!」
「俺の体…どうなってやがる…」
彼の胸に埋まる宝石が紫色に染まる、それを中心に彼の体が蝕まれていく。
「エルドラド!しっかりして!!」
「おや…」
ナイトメアは彼を見ると…
「面白い!君の中にはこの上ない負の感情が眠っているようだ!!そのまま悪夢に呑まれてしまうが良い!!!」
「だめ!!」
幻はエルドラドの手を握る。
「ほう…そこまで望むのならお前も共に悪夢の中で息絶えてしまえ!!!」
「ここ…は…」
そこは黒一色で満たされた世界。何もない、何も見えない、何も聞こえない。
「エルドラド…!どこ!?」
「…ここだ」
エルドラドは少し動揺している表情になって
「おい…何が起きてやがる。あの龍は…何なんだ?」
「彼は……アルカディア」
「アルカディア!?」
彼の目玉が丸くなる。
「馬鹿な!?そんな話があるか!!?そもそもあいつは…」
「何がアルカディアを変えてしまったのか…私は知ってるよ、貴方も…知ってるでしょ?」
「・・・」
エルドラドは真剣な顔つきになる。
「…思い当たらないことがないわけではない。しかし…」
「貴方からしたらそうでも、アルカディアからしたら結構重いんだよ」
「…」
それを聞いたエルドラドは哀しい顔をする。
「…それで、どうやって出ようか」
「お前はどうやったんだ?」
「わからない」
「わからない?」
「だって、あの時と今回の因果が違うんだもの。貴方の体に異変が起きたのだから貴方をどうにかすれば良いんだけど…」
問題は、何が彼を苦しめているのかだ。それがわからない限りこの悪夢からは抜け出せない。
「貴方、人間は嫌い?」
「嫌い…というよりか…もう…諦めた」
他人と関わるのはやめた、もう全てが面倒だ。だが…
「なぜか、お前と共に居たいとは思う」
「んふふ」
「?」
「未来の貴方も…同じようなことを言っていたよ」
「…そうなのか」
キラ…キラ…
「!」
幻の指に嵌っていた指輪が煌々と紅く光り出す。
「それは…」
「これ?…秘密」
「・・・」
「幻!エルドラド!!」
一方叡智は二人が取り込まれた空間を外部から叩いていた。
「くそ!びくともしない!!」
「当たり前だろう!それは彼の負の思念が壁となったもの!彼が変わらない限り壊せないさ!!」
ピキ…
「?」
黒い思念がひび割れていく。
「ま…まさか!そんなことがあるわけが…!!」
バリーン
崩れていく負の感情、その中から現れる二人。
「幻!エルドラド!」
「…指輪が、輝いて…?」
二人は顔を見合わすと、ナイトメアのもとへ行った。
「ぐっ…!」
ナイトメアは警戒する。
「待って!攻撃しないから!」
「何…?」
ナイトメアは幻の輝く指輪を見ると…
「それは…お前…一体何者なんだ!!」
「私は……私達は……貴方を止めるために未来からやってきた騒霊だよ。アルカディア」
「!?」
ナイトメアはひどく動揺した。
「どうして…その名前をッ!」
「だから言ったでしょ、未来から来たって。貴方は…人間に酷い目に遭わされたからこんなことをしてるんだよね?でも…人間にも良い人は居るんだよ!みんながみんな酷い人じゃないんだよ!!だから…やめて!まだ貴方は戻れるから!!!」
「・・・」
「あぐぅ!!」
突然ナイトメアは幻の喉元を掴み、地面に突き落とす。
「うぐぅ…やめ……」
「お前の言い分が正しいとしてもそうでなくとも…僕の邪魔をするなら殺してやる!!」
「あがぁッ!!」
「死ね…!!死ねぇッ!!!」
エル…ドラド…
「うぐっ!?」
突然、ナイトメアが遠くへ吹っ飛ぶ。
「ぐへッ…はぁ…エルドラド?」
エルドラドは幻をちらりと見て、ナイトメアを指さした。
「…くそ!もう一度悪夢の底に突き落としてやる!」
ナイトメアは力を込めるが…
「効かない!?」
幻の指輪と彼の胸の宝石が共鳴するように輝いている。
「…もし、お前が本当にアルカディアなら忠告しておく。今すぐやめろ、俺はお前を傷つけたくない」
「うるさい!お前は…お前はッ!」
そうしてナイトメアは彼に向かって右フックをお見舞いするが、エルドラドは表情一つ変えずそれを受け止める。
「そうか…それがお前の答えだな?」
次の瞬間、ナイトメアは遠くに吹き飛んでいた。
「距離を…詰める」
「!?」
気づけば吹き飛ぶ先にエルドラドが既に居た。そのまま彼を蹴り落とす。
「・・・」
砂煙の中に蔓延る一つの闇、煙を飛ばし勢いよく彼に突進する。
「……遅い」
すうっとその攻撃を回避すると、彼の鱗が逆立つ。
「"スケールマシンガン"ってところかな」
すると彼は全身を覆う金色の鋭い鱗をナイトメアに向かってばら撒いた。それはまさしく刃の銃弾、ザクザクと彼の体を裂いていく。
「…塵になっちまいな」
すると彼の宝石と喉奥が光り出す。最大限まで力を溜めると、勢いよくエネルギーを溢れ出させた。そのままエネルギーはナイトメアを巻き込み、地面へ落ちていく。
「…ふぅ」
ゆっくり呼吸をして、地面に降りる。そのままぐったりしたナイトメアを眺めていた。
「・・・馬鹿な、この僕の力が…こんなちんけなはずがないッ!何故だッ!?」
「…俺に聞くなよ」
「いや…思えば一つ心当たりがある。もしかしたら僕は…早く目覚め過ぎたのか?」
「……」
エルドラドは鼻で笑うような仕草をし、背中を向ける。
その瞬間
「!?」
背後から溢れ出す闇の槍がエルドラドに向かって飛んでくる。
「油断したな!バカめ!!」
「危ない!!」
彼の前に幻が飛び出した、そのまま槍は彼女を取り巻く檻となり彼女を締め付ける。
「あぎゃう!痛いッ!痛いッ!!」
「…噛ませ犬が。しかし、お前を放っておくのも不都合な気がする。始末してやろう」
「お前ッ!」
ナイトメアの矛先が幻の喉元を貫くその寸前だった。
金色の軌跡がその手を弾き、檻を破壊した。
「何!?」
ナイトメアは慌ててその正体を確認する。幻を抱えている金色の軌跡の正体…
「エ…エルドラド!?」
「あ、あれ!?」
その腕は誰かを守るためにあった。
その足は誰かと走るためにあった。
その力は誰かを庇うためにあった。
その尻尾は誰かを構うためにあった。
その瞳は、澄んでいた。
胸にあるはずの紅い宝石は、抜き取られていた。
「どうやってここに来たの!?」
「そんな細かいことは気にするな」
彼は幻を下ろすと、姉達のところに行くよう指示をする。
「お、お前は誰だ!?何だ、何が起こっているというんだ!!?」
ナイトメアはとても困惑している。同じ人物が二人も居るのだから当たり前だろう。
「俺は…お前の未来の兄貴だよ。もう…死んだがね」
「!」
「お前は…未来の俺は…死ぬ…のか?」
「そうだな。でも安心しな、幽霊となって残り続けるからよ。しっかし、まぁ…同じ奴が二人も居ると困るな。さしずめ俺のことは『超克・エルドラド』とでも区別しようか」
「うわ、クソダセェ」
「文句言うなよ」
「それで…これからどうする」
「どうするもなにも…あいつを退治しなきゃなんにもならないだろうよ。あいつは油断させて攻撃してくる悪知恵が働く奴だからなぁ…」
超克は騒霊達を見る。
(…あいつらを視界から外さねば)
「…よし、ここは協力といこうぜ」
「協力?」
「なんだ、強い相手には合体攻撃が基本なんだぜ知らんのか?」
「知らん」
「いいからついて来いって!」
そう言うと空を猛スピードで駆けていった、エルドラドも続く。
「!?」
ナイトメアの周りをぐるぐると周る、見えるのは残像。既に過ぎた時間。
「行くぜ!」
「おう」
同時に体当たり、凄まじい衝撃が全てを震わせる。
「ヒット!」
「アウェイ!」
「ストライク…」
「ショット!」
「おおお、凄いや!」
「息がぴったりだね、流石は自分同士」
「・・・」
「…姉さん?」
「寂滅!私達もやるぞ!」
「やるって…あれを?」
「そうだ!ロマン溢れると思わないか!?」
「そ、そうだけど今そんなのと言って…うわぁっ!!」
叡智は寂滅の腕をひっぱる。
「寂滅!合わせろ!」
「合わせるって何!?ひっつけば良いの!?」
その動きはまさに音速、瞬間移動。
「いち!」
「にの!」
「さん!」
月と太陽が強く煌めく。
「太陽の力!」
「月の狂気!」
「「その身で味わえ!!」」
二人から放たれた霊力は一本の線となり、ナイトメアを貫く。
「これで満足?」
「満足」
「ァァァァァァァァ…ァァァァァァァァッ!!!」
ナイトメアの傷口から黒い霧が溢れ出す。
「あれは…」
「抜けていく…!僕の力が…悪夢が…!!消えていく…!!こんな奴らに僕は…負けるのか…!!嫌だ!!嫌だ!!!」
「!」
溢れた黒い霧はナイトメアを護るかのように、強固な鎧と化す。
「……鎧!?」
「悪夢がアルカディアを護ってるんだ!どうにかして壊さなきゃ…!」
「・・・・」
「…エルドラド?」
エルドラドはナイトメアの前に出る。
「…アルカディア、兄さんの話を聞いてくれ」
「今更何を言ってるのさ?兄さんと話すことなんて無い!!!」
「お前には無くとも俺にはお前に言うべきことがあるんだよ」
「来るな!!」
黒い波動がエルドラドを弾き飛ばす。
「ぐっ!」
「エルドラド!」
「…俺に勇気をくれ」
「勇気?」
「そう、お前のその音色で…俺が置いていってしまった想いを…引き出してくれ」
「…わかった!」
幻は楽器に指を滑らせ、音を奏でる。
「…ありがとう」
「兄さん…もうやめてよ。僕のこと嫌いなんでしょ?優しいフリなんかしないでよ…もっと惨めになるだけだよ!!!僕は所詮嫌われものだ!人間から…妖怪から…幽霊から…全てから!!僕なんか居ない方が良いんだ!!」
「そんなこと絶対にさせるかよ!」
「絶対なんて絶対証明できないくせに!」
「今そっち行くからな!」
エルドラドは翼を羽ばたかせナイトメアのもとに一直線に飛ぶ。
「来るなって言っただろ!!!」
溢れ出すナイトメアの拒絶の思念。エルドラドは爪で弾きながら彼の元へ行く。ガリガリと体を侵食されていく。
「あの時…約束破られたけど…ずっと僕は待ってた!!あの時約束したあの場所でッ!!でも…兄さんは来てくれなかった!!ずっと待ってたのに!!!」
「アルカディア!!!」
金と黒の光が一つになる。
「離せ!!このクソ兄貴!!」
「ほんの少しでいいからそのままで居ろ。言いたいことがあるんだ」
「・・・」
「…悪かったな。どうしてお前のところに行かなかったか…そんな資格、俺には無いと思ったからだ。俺はあの時お前との約束を破った。それは兄として最低なことだ、兄失格だ。俺と一緒に居てもお前は得をしないんじゃないかって…」
「…ほんとだよ」
「?」
「ほんとに兄さんは最低だよ!クズだよ!ゴミだよ!!僕は…兄さんと居るだけで…それだけで得してるんだよ!!」
「アルカディア!」
「そんなことでうじうじしてただなんて…あの時話してたプライドやら何やらはどこに置いてきたんだよ!!」
「…そうだな、俺の輝きはいつのまにか…錆び付いてしまったのだろう」
「兄さんは…僕のこと嫌いじゃないんだね?」
「…そんな馬鹿な質問するなよ。どこに弟を嫌う兄が居るんだよ。お前は俺の立派な弟だ。許せだなんてことは言わないが…一緒に生きてくれ、頼むよ」
「・・・」
悪夢の鎧が、砕けていく。顕になる純白の鱗。
「…ふぅー、どうやらなんとかなったみたいだね」
「とにかく大事にならなくてよかったよ」
「愚かな…」
突如響く、低い声。
「誰!」
「いや…この声…まさか!」
砕けた鎧から、黒い大蛇が形成される。
「お前は…」
「姉さん、あいつ…」
「…アルカディアをこんな風にさせたのは、貴方だったのね」
「お前達は…私を知っているのか?いやまぁ…未来から来たというのであれば、可能性はないことはないであろうな」
大蛇は話し続ける。
「別に私はこれといって変なことはしていない。ただ、こいつの闇を引き出しただけさ。闇を溜め込むのは良く無いからね」
「…フン、表ではそうほざいているがお前はその闇の力を糧にしているだけだろう?所詮自分の利益だけで動いているだけなんだ」
「そうか?私はこいつの望みを叶えただけだが」
「何?」
「こいつは力を欲した、だから私は対価を貰う代わりに闇の力を与えた。それだけだ」
「…口だけじゃなんとでもほざけよう」
「アルカディア、嘘だよね?」
「・・・」
すると、アルカディアは困った顔で口をもごもごさせる。
「…」
「…ああ、本当に裏切りものよ。折角力を与えてやったのにな!!」
「!?」
大蛇から放たれた濃すぎる闇の力が雨霰となり彼らを襲う。
「うぎゃあッ!!」
「くそ!弾数が多すぎて避けられない!!」
「その力…返して貰うぞ!」
大蛇はアルカディアの体を締め上げる。強固である甲殻さえもヒビ割れるその力は強烈だった。
「あがッ!!ぐるじいっ!!」
「俺の弟に触るんじゃねぇ!!!」
エルドラドは大蛇に突っ込むが、大きな尻尾で薙ぎ払われてしまう。
「くっ!」
「悪夢が複雑に入り組んでいて思うように動けないよ!」
「……」
超克は締め上げられているアルカディアを見ていた。
「ぎゃあッ!あぎゃあッ!ギャァァァァァァァァ!!!」
「…ッ!!!」
これ以上その苦しい雄叫びを聞きたくなかった、気づけば彼の体は動いていた。
「近寄るな!錆び付いた黄金郷がッ!」
大蛇は己の鱗を飛ばして攻撃する、超克はその隙間を通り大蛇の眉間を思い切りぶん殴った。大きく大蛇は怯み、アルカディアを離す。
「…馬鹿な!この力では行動は制限されるはず!」
「そんな小癪なこと、俺に通用するとでも?」
まるで己の罪を認め、トラウマを克服したような言動に大蛇は少し尻込みをする。
「…てめぇら、聞け」
「何?」
「俺達があいつを追い詰める。お前らはタイミング見て攻撃しろ」
「わかった」
超克は騒霊達に合図を送る。
「……とおっ!」
まず攻撃を開始したのは幻だった。楽器から放たれる音色が大蛇の行動範囲を狭める。
「くらえ!」
叡智の鋭い弓が大蛇を切り身にしようとする。
「とりゃぁ!」
寂滅が放った光芒が、大蛇の骨を折ろうとする。
「…そこだ」
超克の体が太陽のように輝く。その眩しさに思わず大蛇は目を瞑る。
「グァァァァァ!」
酷く動揺したのをエルドラドとアルカディアは見逃さなかった。
「やるぞ、アルカディア。ついてこい」
「兄さんこそのろのろ動かないでよ〜?」
空に刻まれる純白と黄金の軌跡。
「そこだ!」
「兄さんだけの手柄にはさせない!」
気づけばエルドラドが、気づけばアルカディアが攻撃をしている。
「今だ!」
「よっしゃあ!」
エルドラドは大蛇の背後に周り高く高く蹴り上げる。
「おまけだ!!」
喉奥にかつてないほどのエネルギーを充填させ、思い切りぶちまける。
「僕のもくらえ!!!」
アルカディアの二つの翼脚から放たれる鋭いレーザー。二つのエネルギーがぶつかると、世界が終わりそうな大爆発が起こる。
「いくぞアルカディア!」
「わかってるよ兄さん!」
「これが俺達兄弟の…」
「絆の力!よく覚えとけ!!」
「「純白な黄金の世界!!!」
「ま、まぶちぃ!」
「な、何も見えないよー!」
「目がッ!目がァァァァ!」
「・・・・う、落ち着いてきた」
ホワイトアウトした視界が落ち着いていく。
「…ん、あれ何?」
そこには大蛇の姿はなかった、先程の勢いで形ごと砕け散ったのか。黒いモヤが浮いている。
「………!!!」
すると叡智は物凄い形相で
「エルドラド!アルカディア!その黒いのに気をつけろ!」
「何?」
その声の直後、黒いモヤは鋭い槍となりて
「お前達も…道連れだァッ!!」
エルドラドのもとに突っ込んでいく。
「!?」
「兄さん、危ない!!!」
肉を貫く音が、響き渡る。
「!!」
「エルドラド!アルカディア!」
「あ…お前…どうして…」
槍は二人の龍の胸を、見事に貫いた。そのまま二人は地面に落ちる。
「・・・」
「二人共!大丈夫…?」
「…いや、これは…不味いな。わりと…不味い…」
「そ、そんな!」
「は、早く手当てしないと!」
包帯やらを取り出そうとする寂滅の手をエルドラドは止める。
「?」
「いや…いいんだ。このままで…」
「どうして?」
それを聞いたエルドラドはアルカディアの方を見る。胸から溢れ出す血液の量は、彼がもう助からないことを教えていた。
「…こいつを、ひとりにするわけにはいかないだろ?」
「……わかった、貴方はそれで良いんだね」
「ああ」
エルドラドは顔を緩ませて喋り続ける。
「……少しの間だったけど、楽しかった。俺がお前達を気に入った理由がわかったよ。たとえ相手がどんな者であろうと選ばないその性格…だからお前達は人気が高いのだろう?」
「そりゃ、プロは観客を選ばないもん!」
「はは、それもそうか…」
するとエルドラドは目を閉じて
「…死ぬのは、怖くないんだ。ただ…一つ思うことがある」
「何…?」
「叶うのなら…もう少し、もう少しだけ…生きていたい。そうすれば…この先の世界のその光景を…見られたのかな…?お前達が…俺の運命を変えてくれるのなら…生きる意味を見出してくれるのなら…家族になってくれるとわかっていれば…俺は喜んで生き続けてた…お前達に出会うまで何年も待っただろう!」
「…」
エルドラドはその瞳を潤ませ、口角をあげた。その表情はまさに純粋な子供だった。
「この身体で…こんなに幸せを感じたことなんてなかった!この身体でも…生きることが許されるだなんて…思ったことはなかった!こうとなるなら最初から…最初から…!」
「エルドラド…」
気づけば幻も泣いていた。
「なんで…なんでお前が泣く必要があるんだよっ、お前はそっち側なのにっ…」
「だって…このまま貴方とお別れなんて嫌なんだもんっ!」
「バカだなっ…お前にはそいつが居るじゃねぇかよっ」
「そういう問題じゃないっ!バカエルドラドっ!」
「くそっ…どこまでお前はお人好しなんだ!余計に死にづらくなるじゃねぇかよ…どれだけお前は俺のことが好きなんだよっ…マジでどこに惚れたんだよっ…」
「気づいたら好きになってたんだよ…仕方ないでしょっ!何かっ…出来ることない!?」
「これ以上お前らに苦労なんて…いや、一つだけあるにはあるんだけどさ…」
「大丈夫だよ!何?!」
エルドラドは自分と弟の宝石を外す。
「……お前達の音、大好きだ。俺みたいな奴らにその音を聴かせてやってくれ。お前達の音は誰かを救う、守る、幸せにする…それが俺の願いだ。向こうに帰ったら…あの歌の続きをっ…きっとこいつも喜ぶよ…」
「…わかった。私達はこの音でいつまでも奏で続ける」
小さな幻の手に置かれる紅と紫の宝石。
「…未来の、俺」
「…何だ」
「……良い家族を持ったな、そんなお前が…少し、羨ましい…」
「・・・」
「…俺は今とても…安らかだ…」
その言葉を最後に、エルドラドは喋らなくなる。
「……」
「どうやって、帰ろうか」
「…!」
幻の指輪が再び輝く。
…蒼は誘い、紅は排除。
雲一つない快晴、夏のような暑さが生命を焦がす。地面を張り切って温めようとする太陽の下で、騒霊達は演奏会を開く。
「…よし」
いつも通りのその光景、観客達は見慣れていた。ただ一つ違うと言えば、珍しく舞台上にマイクが置かれている。三人それぞれマイクの前に立つと…
「…リーダー、黄泉 叡智。準備は良いかしら?」
「クライマックス担当、黄泉 寂滅!いくわよ!」
「末っ子、黄泉 幻!私の音を聴きなさい!」
とても貴重な、歌ってみた。彼女達の声が会場に綺麗に反響する。
「・・・」
それをエルドラドは遠くから見守っていた。
……あの時、お前を選んでやれなくてごめんな。
実はドラゴンと騒霊の話が一周年記念になってたりします。時が経つのは早いなぁ。