第994話 『ザカ その4』
再び5人で、仲良く焚火を囲む。夜も更けてきた。
キャンプの周囲には、いくつもの沼というか泥濘があって、たまにピシャンと水の音がした。その度に、尻尾がビクリとしてしまう。そんな私にノエルは、「多分、魚だろう」と言って安心させてくれた。
カルビは相変わらず、焚火の前で丸くなっている。かなり夜も遅くなってきているからだけど、眠いみたいでずっと目を閉じて寝息もたて始めている。だけど三角の耳は、ピンと立ったままで、常に辺りに危険がないか警戒は続けているようだった。
焚火を挟んで私とルシエル、ノエルとザカが座った。ザカは、冒険者を嫌っていた。冒険者はザカ達を虐めるから。でも私達は、ザカに対して一切の敵意が無い事を解ってもらった。
そして王都に住んでいるラトスという人から、この森で逸れて行方不明になった息子を探して欲しいという依頼を受けて、やってきたのだと説明をした。
息子の名前は、カトル。それを聞いたザカは、急に俯いて複雑な顔をした。ザカは、カトル君について何かを知っている。そう直感した私達は、ザカに更に質問をした。
「ザカ! もしかして、カトル君のいる場所を知っているんですか? もしそうなら、私達に教えてください」
「ソ、ソレハ……」
「お願いです! 私達は先に説明しましたけど、冒険者として依頼を受けてここへ来ました。でも冒険者として仕事を請け負っていますが、今も行方不明の息子さんの心配をしているラトスさんを、安心させてあげたいんです! ザカだって、お父さんやお母さん、いるんでしょ?」
「マア、イルヨ」
「なら解るでしょ? ザカがもし急にいなくなったら、ザカの両親は、とても心配するんじゃないですか」
「マア、スルヨ。ダケド、ルキアハ、カトルトアッタコトナイダロ。ナゼソンナニ、シンパイスル?」
「それは……」
急にルシエルが、立ち上がった。そして私の隣に座ると、私の肩にポンと軽く触れた。
いつもはとんでもなくふざけているのに、たまにこういう優しい顔を見せるのは、とてもずるいと思った。でもそれもルシエルの、素敵な一部分だと思う。
私はザカに続けた。
「それは……私の両親はとても私を愛してくれたから……ラトスさんも同じように、息子のカトル君の事を思っていると思ったから……だから、早くカトル君を見つけて安心させてあげたいんです」
「ソウカ……イヤ、ソウダナ。デモ、カトルハ、ダイジョウブダ。ブジカソウデナイカ、ソウイウノナラ、ソウイウコトダ」
ザカのなぞなぞのような返答に、ルシエルが首を傾げる。
「どういう事だ、そりゃ? まったく意味が解らんぞ。ちゃんと、解りやすく言ってくれよ」
「ツマリ、オデハ、カトルノイバショモシッテイルシ、カトルハ、アンゼンダトイウコトモシッテイル」
カトル君は安全!! 良かった、無事だったんだ。ルシエルやノエルと顔を見合わせて笑顔になる。
「ダガ、ダイジョウブカトキカレタラ、チョットソレハ、ヨクワカラナイ」
「なんだよ、安全って言ったじゃねーかよ」
「アンゼンダ。デモ、チョットモンダイガアルナ」
「問題?」
「ソレニシテモ、モウオソクナッタ。コノモリ、オデノニワ。ダケド、ヨルハ、ヤハリキケンダ。キョウハモウネテ、アシタオキタラ、オデガ、カトルノモトヘアンナイシテヤル」
「え? いいんですか?」
「イイヨ」
ザカは頷いた。
「シカタナイ。ゴチソウニモナッタシ、コトワレナイ」
ザカは渋々といった態度で、焚火の前で転がった。火の直ぐ近くに横たわる大きな魚。なんだかんだ言って助けてくれようとするザカの優しさに感謝する反面、朝起きたら一匹の大きな焼き魚ができあがってないだろうかと一瞬思ってしまった。
だって、私……猫の獣人だし、お魚は大好きだから……
「ドウシタ、ルキア? ヨダレ、タレテイル」
「え? あっ、ごめんなさい!」
口元をゴシゴシと拭く。ザカとは、このまま仲の良い友達になれると思った。だけど、私の中に流れる猫の血が、どうしても反応してしまう。
流石に手足のあるお魚に対して、そういう気持ちは沸いてこないと思っていたけど、今焚火の炎とザカが重なってしまって、焼き魚を連想してしまった。
ブンブンと首を振って、邪念を振り払う。
「さーーって、それじゃ寝るかーー」
ルシエルはそう言ってテントに入った。
「ザカはここで眠るの?」
「ソウダ。オキタラ、ルキアタチヲ、アンナイスル、ヤクソクシタカラナ」
「ありがとう、ザカ」
ザカは横になり、目を閉じると横を向いた。続いてノエルも焚火の前で横になった。
「あれ? ノエルもそこで眠るんですか? テントがあるのに……」
「ああ、テントはルキアとルシエルが使えばいい。あたしは、カルビと一緒にここで寝る」
「え? でも……」
「火を絶やさなければ大丈夫。それに……」
ノエルは横になって、眠っているザカをチラリと見た。
「あたしのいけない所だ。ミューリにもファムにも、戦闘の時には後先考えずに突っ込むくせに、こういう時は用心しすぎだって言われたよ。でもな、アテナ不在の間は、あたしがその穴を埋めるつもりだ」
「ノエル……」
「好きでやっているんだ、気にするな。それにカルビもいるしな」
ノエルはそう言うと、眠っているカルビに手を伸ばして、自分の方へと引き寄せた。そしてカルビを抱きしめると、とても幸せそうな顔をした。私はそのノエルの顔を見て、驚いた。
いつもは、なんていうのか……小さくて可愛くてもベテラン冒険者の顔なのに、カルビを抱きしめている今は、とても無邪気で可愛い女の子に見えたから。
「さあ、起きたらザカに案内してもらうってもう決まったんだ。もう寝よう」
「はい」
ノエルの言葉に甘える。
外にノエルとカルビを残して、私はテントの中へと入った。すると、その中をこれでもかって位に、身体を大の字にして眠っているルシエルの姿があった。テント内を一人占め。
このままじゃ眠れないので、ルシエルの横に入り込むと、彼女を思い切り向こうへ押す。そして眠れるスペースができたので、毛布をかぶって眠った。