第993話 『ザカ その3』
ザカは、葡萄酒も気にいったようだった。見た目は、大きな魚に人の手足が生えているような感じの姿。その魚の頬っていうのかな、お酒を吞んだからその辺りがほのかに赤くなっている。
「ギョギョギョ、スッカリ、ゴチソウニナリスギテシマッタ」
「いいって事よ。なあ、ノエル?」
「え? あ、ああ」
「それにザカが食べた料理は、どれもルキアが作ったものだからなー。礼ならルキアにするんだな。あと酒はノエル。あとそうだな。やっぱりついでに、オレにもお礼をしろー、なあー」
「ギョギョギョ、マコトニアリガトー!! カンシャ、カンシャ」
ザカは、私達に深々と頭を下げると御礼を言ってくれた。
まさか、こんな鬱蒼としている不気味な森にこんな友好的な人? がいるなんて思ってもみなかったな。ああ、アテナやマリン、クロエもいたらもっと楽しかったのになー。皆にザカを紹介したい。
ルシエルが、思い出したかのようにパンと手を叩いた。
「そうだ、そうだ。そう言えば、ザカに聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「ギョ? モシカシテ、オデノ、スリーサイズ?」
ルシエルは、笑い転げて後ろに倒れる。ノエルは口に含んだ葡萄酒を吹いた。
「ヒャッヒャッヒャッヒャ、本当にザカ! お前面白いなーー!!」
「ルシエルモ、オモシロイゾ。アト、ソッチノ、チイサイノモ」
「小さい言うな! ノエルだ!」
「ノエル。イイナマエ」
「そうかそうか、面白いか。でもそりゃ、誉め言葉として受け取っておくよ。オレもそのつもりで、ザカに言った訳だからよー」
「ギョギョ」
「そんで、聞きたいことなんだけどよー。俺達、人を探しているんだ?」
「ギョ? ニンゲンヲカ?」
「うん。ヒュームの男の子だ。名前はカトル。昨日からこの森で行方不明になっていて、俺達はその子を探しにきているんだけどなー、まだ見つからない。ザカは、知らないか?」
「カトル……」
ザカの表情を見て、私ははっとした。
「もしかして、カトル君を知っているんですか? 知っているなら、教えてください!!」
「ギョ……マア、シッテイル」
やった!! ザカは、カトル君の居場所を知っている。まさか、キャンプをしていてカトル君を探す手がかりの方から、やってくるなんて思ってもみなかった。でもこれでカトル君を、ラトスさんのもとへ送り届けられる。
「教えてください、カトル君は何処にいるんですか?」
「…………」
なぜか俯くザカ。口を閉じる。
ルシエルは、ザカに迫った。
「頼む、教えてくれザカ。オレ達、どうしてもその子を探して出して父親のもとへ、連れ帰ってやりてーんだよ」
「チチオヤ……ツマリ、ルシエルタチハ、カトルノ、キョウダイトカナノカ? ソレデココヘ、サガシニヤッテキタ?」
「ああ、それは違う。オレ達は、冒険者だ。パスキア王都の冒険者ギルドで、カトルの父親、ラトスに依頼を受けてやってきたんだ」
「!!」
ルシエルが説明した途端、ザカは驚いていきなり後ろへ転がった。そして立てかけてあった銛を握る。いきなりのザカの行動に私達も驚いてしまった。ルシエルが、じりじりとザカに近づく。
「お、おい、落ち着けって。いったいどうしちまったんだ?」
「オマエラ、ボウケンシャダッタカ!! ヨクモ、オデヲダマシテクレタナ!! ボウケンシャハ、オデタチノテキ!!」
「敵? なぜ敵なんだ?」
「ボウケンシャ、オデタチヲイジメル!! イゼンニ、ナカマヲキズツケラレタ!!」
「それと俺達が何か関係あるのか? オレ達は初めてザカのような、フィッシュメンって魔物と会ったばかりなんだぞ!」
「マモノッテ、ユーナ」
「それじゃ、種族」
「シュゾクダト? ソレナライイ」
「いいのかよ!」
ズッコけるルシエル。
ザカが銛を手にしているからか、ノエルも戦斧を手にしていた。私はノエルと目を合わせると、ここはルシエルに任せてくださいと、首を振って伝えた。ノエルは頷くも、戦斧は離さない。
そしてカルビは、どういう訳か焚火の前から動かずに、こちらをじっと見ていた。やっぱりカルビは、ザカが危険だとは思っていないみたい。
「コンナ、ウマイリョウリ、ツクレルヤツラガ、ボウケンシャダッタトハ!! スッカリ、ダマサレタ!! ダマサレテイタ!! キーー、クヤシイ!!」
「なんで、悔しいんだよ、人にご馳走になっていて。しかもオレ達は、冒険者って言ってもそのザカ達をいじめた冒険者と関係ねーだろが? いったい何処の冒険者だよ、そりゃ」
「パスキア、パスキアノオウトカ、チカクノムラカマチ、ソコカラキタヤツラ!」
「ほら見てみろ、ぜんぜんオレ達に関係ねーぞ」
「ギョギョ!!」
「だって、オレ達はクラインベルト王国の冒険者だもん。ノエルに関しては、ノクタームエルドの冒険者だな。今は一緒にパーティー組んで仲間だけど、そういう事だ。どうだ、関係あるのか?」
「…………」
「なあ。逆恨みって知っているか、ザカ」
「デモ、ルシエルタチ、カッテニオデタチノナワバリ、ハイッタ!」
「え? そうなの? じゃあ、ごめん」
「イイヨ、ユルス」
「でも、ザカも謝ってくれ。さっきのザカは、オレ達の事をまるで敵を見る目で見ただろ。凄く傷ついた」
「ゴメン」
「いいよ。許す」
ザカは、手に持っていた銛を放り投げると、ルシエルの方へ駆けた。ルシエルもそれに応える。そして2人は、ハグをして信頼を確認した。
「ゴメンナ、ルシエル」
「いいよ、ザカ。でもちょっと生臭い……」
フフフ、やっぱりカルビは、ザカの事を見抜いていたみたい。
ノエルの顔を見ると、凄く面倒くさそうにして、またさっき座っていた場所に戻り、お酒を呑み始めた。
私はにっこり笑うと、ザカの手を両手で掴んでいった。
「ギョギョ!!」
「私達は、ザカと敵対しに来た訳じゃないんです。信じてください。それにカトル君のお父さんは、彼が行方不明でとても心配していました。どうか、居場所を知っているのなら教えてください」
ザカは、私の顔をじっと見ると頷いてくれた。でもなぜか、ちょっとその表情は複雑そうだった。
ルシエルとハグをした今、ザカにとって私達は悪人じゃない事は解ってくれているはず。だとしたら、他に何か問題があるのかもしれない。