第992話 『ザカ その2』
ルシエルとノエルとカルビと、フィッシュメンのザカ。
再び5人で輪になって焚火を囲む。辺りには、珈琲のいい香りと不思議な空気が漂っていた。
「あ、あの……」
「ン?」
フィッシュフォレストに住む、魚の魔物ザカ。まずは彼が私達の敵ではない事を確かめようと思った。だけどザカは今、私達と一緒に焚火の前に座り込んでいる。
人間位の大きさの魚に、人のような手足が生えている。魔物と呼んでいいのか、魚人と呼んでいいのか解らない。凄く変わった姿をしているなって思ったけれど、ザカから見たら私達だって変わった生き物かもしれない。私は獣人で、猫の耳や尻尾が生えているし。
ルシエルとカルビは、すっかりとザカへの警戒を解いている。ノエルも落ち着いてはいるけど、座っている手元には戦斧が置かれていた。それに気づいているザカは、ノエルの隣には座らずに、私とルシエルの間に座っていた。
「あの……ザカって呼んでもいいですか?」
「ベツニ、イイヨ。ネエ、コレナニ?」
ザカはいきなり私達のキャンプにあるものに興味を示した。それは鍋だった。さっき晩御飯を食べた残り。野草とキノコ、そしてこのフィッシュフォレストで獲れた、深翆魚という魚の肉が入っている。
とても美味しかった。それが僅かに鍋に残っていて、ザカは興味を示していた。
「ああ、それは……むぐ!!」
ルシエルが答えようとした所で、ノエルが慌ててルシエルの口を塞いだ。
「あにすっだよーー!! いきなり、口を塞ぎやがってーー!! なんのつもりだ、ノエル!!」
ノエルはザカの方を見た。鍋の中身を見ている。
意識が鍋に集中している事を確認すると、すかさずルシエルに近づいて囁いた。
「解らんのか!!」
「え? 何が?」
「こいつは、魚だぞ!! そしてこのスープも魚のスープだ!! もしこいつがそれを知ったら、仲間を殺されたと襲い掛かってくるぞ!!」
「はあ? こいつは魚じゃねーだろ? まあ、見た目は魚だけどさー」
「魚だよ!! ちゃんとその目で見てみろ! 魚に手足がついているだけだぞ!! それが魚出なくて、なんなんだ!!」
ノエルの言葉を聞いて、ルシエルは笑い転げる。そして「大丈夫、大丈夫」ってノエルを宥めた。
じっと鍋の中を覗いているザカ。色々と聞いてみたい事はあるけど、暫く話をするタイミングをみていた。するとザカは、鍋の中を指さして言った。
「コレ、ウマソウ。タベテモ、イイカ?」
!!!!
私達は顔を見合わせた。なんと答えるべきか……
ルシエルが答えようとして、ノエルが止める。
「ああ、残りだけど、それで良かったらいいぞー! ルキアが作ってくれたんだけど、これがメッチャ美味いんだ……って、むぐぐっ!! だから、なにすんだ、ノエルーー!!」
「だから、魚に魚を食わせんなって言ってんだー!!」
「サカナ?」
「いいだろーが!! 別に大丈夫だって!!」
「言い訳あるか!! 共食いになるぞ!!」
「トモグイ?」
「ちょっと2人ともやめてください! 落ち着いてくださーい!!」
「ムシャムシャ……ゴクゴクゴク……」
気が付くと、ザカは私が作った深翆魚を使ったスープの残りを平らげてしまっていた。
「ギョギョー、ウマイ! コレハ、イイモノダ! サッキ、ダレガ、ツクッタトイッタ?」
恐る恐る手をあげる。魚の魔物であるザカに、お魚を食べさせてしまった……その事に気づいたら、きっと物凄く怒るかもしれない。でも言い出すタイミングが無くて……どうしよう。
「イヤー、シカシウマイ。ウマカッタ。スープニ、ハイッテイタニクハ、シンスイギョノニクダナ」
『え?』
ザカの予想外の言葉に私とノエルだけでなく、ルシエルも目が点になった。ノエルはもう我慢ができずに、ザカに聞いてしまった。
「おい、大丈夫なのか?」
「エ? ナニガ?」
「だって、魚だから……魚の肉が……」
「ギョッギョッギョ! タシカニコレハ、サカナノニクダ。デモソレガ、ナニカカンケイアルカ?」
「……いいのか?」
「イイニキマッテイルダロ。トテモウマイゾ、コレ。ルキア、オマエ、リョウリノテンサイダ」
「あ、あは、ありがとうございます、ザカ」
ザカに料理の天才だと褒められて、嬉しくなってしまった。そんな天才だなんて、言われた事がないから。でもいつも何か料理をする時は、アテナが作る料理みたいに美味しくて、食べてくれる人が喜んでくれるようなものを作ろうと頑張っている。だから余計に嬉しい。
「コッチモ、ウマソウダナ」
今度は、スープと同じく少し残っていた深翆魚の唐揚げに目がいくザカ。ノエルは溜息を吐くと、気を遣うのが馬鹿らしくなったのか正直に言った。
「それもルキアが作ってくれた料理で、深翆魚の唐揚げだ」
「カラアゲ……デモ、シンスイギョハ、スキダ! モシカシテ、コレモクッテイイノカ?」
ノエルが私を見たので、私はザカに「どうぞ」と言って進めた。するとザカはまた夢中になって貪る。
「ゲップ……イイモノ、タクサンゴチニナッタ」
すっかりザカは、私達に警戒を解いて焚火の前で転がってお腹を摩っていた。
でも警戒を解いたのは、ノエルも一緒。ザカが危険じゃないと解ったからか、それとも呆れたのか、焚火から少し離れた所にある石に腰かけると、ザックから酒瓶を取り出してそれを吞み始めた。
ザカは、ノエルが飲んでいた葡萄酒にも興味深々。ノエルはザカとルシエルの目の前にある、空いたマグカップに葡萄酒を注いだ。