第991話 『ザカ その1』
「お前は誰だああああ!!」
「ギョギョギョーーー!!」
ノエルが、魚の魔物目がけて戦斧を振った。でも魚の魔物は、自分の手元に置いていた銛を手にすると、後方へ大きく跳躍した。距離を取る。
ノエルは、魚の魔物を睨みつけているけどルシエルは変わらず大笑いしている。
「アハハハ、おい、ノエル。そんないきなり攻撃する奴があるかー。友好的な奴かもしれないだろー」
「確かにそうかもしれないが、こいつは魔物だ!!」
カルビに目を移す。まん丸の可愛い目で、私を見ている。
カルビだってウルフという魔物。確かにルシエルのいう事も、一理あると思った。私はノエルに言った。
「ちょ、ちょっと待ってください、ノエル。ひょっとしたら、ルシエルのいうように友好的な魔物かもしれませんよ」
「銛を手にしたぞ! あれは、武器じゃないのか?」
見ると、魚の魔物は、銛を手に持ち振り回すとノエルの方へと構えた。その姿は、とても奇妙だった。
魚の魔物と言えば、サヒュアッグのような魚人がまず頭に浮かぶけれど、今私達の目の前にいる魔物は魚そのものだった。
人間位の大きさの魚。その魚に、まるで人間のような手足が生えて……ついている。目も、魚そのものの目。だけど、なんとなく怯えているようにも見える。しかも、ちょっと可愛いかもと思ってしまった。きっとアテナなら、可愛いってこの魚の魔物に抱き付いたり、握手を求めるかもしれない。
「武器ならオレも持っているし、ノエルも今、手に持っているだろー? すげーごっついやつ。このお魚ちゃんだって、きっとアレだよ。こんな不気味な森を移動するのに、何も手に持ってないっていうのは、無用心すぎんだろ? だからきっと自衛の為だよ」
「じゃあ、なんであたし達のキャンプに、あたかも仲間のように当然のように入り込んでいた! 珈琲だって飲んでいたぞ」
「そりゃ、アレだ。珈琲出されたら、飲むだろ普通? ありがとうってな」
魚の魔物と向かい合い、警戒するノエル。対してルシエルの口元は、笑っている。私もなんとなく、大丈夫な気がした。理由は簡単。なにより、カルビが全く魚の魔物を威嚇しようとしなかったから。
カルビは、もともとクラインベルトでルシエルに出会うまでは、他のウルフの群れにいた。そしてまだ子供ながらに、自然の中で生きてきた。だから、ある程度だけど危険な魔物とそうでない魔物は、感じて解るみたい。そりゃ必ずって訳じゃないけれど、そういう力がカルビには備わっている。
「うるさい!! 兎に角、こんな怪しい魔物、放っておくわけにはいかない!! てめえ、なにもんだ!!」
「待てって。さっきまでオレ達仲良くやってたじゃないか。なあ、お魚ちゃん」
ルシエルは立ち上がると、魚の魔物の方を向いて馴れ馴れしくそう言った。すると魚の魔物は、頷いた。
「オデニ、テキイハ、ナイ。ブキヲ、シマッテクレ、チイサキニンゲンノメスヨ」
魚の魔物の言葉に、明らかに怒りを見せるノエル。明らかに、小さきって呼ばれた所で怒ったみたいだった。
「誰が小さき人間の雌だ!! あたしは小さくないし、ドワーフだ!! ヒュームじゃなくて、ハーフドワーフ!! 解ったか!!」
「ナンダ、ヒュームトドワーフノ、アイノコカ」
「あ、あいのこってゆーな!! この魚め!!」
魚の魔物とノエルのやりとりを眺めて、ルシエルが笑い転げる。余計にノエルの怒りに火が点く。私は慌ててノエルに駆け寄ると、彼女が持っている戦斧を下ろさせた。
「あ、あなたは魔物ですよね?」
「ギョギョ! オデカ? オデハ、センシダ!」
ノエルがイラついて魚の魔物に飛び掛かろうとしたので、私とルシエルで押さえつけた。
「この魚!! 何が戦士だ!! 偉そうにしやがって、魚が武器持ってるだけじゃねーか!! ふざけやがって! あたしが魔物を退治してやる!!」
「やめろって!! こいつは、無害だ!! やめてやれって! っぷ、ぶふふふふ!!」
「ちょっと、ルシエル! これ以上、ノエルをあおらないでください。お魚さん、私の名前はルキア。そしてこっちの2人は、ルシエルとノエル。あと焚火の手前で丸くなっているのがカルビです。あなたもお名前を教えてくれませんか?」
「エ? オデ? デモ、オデハ、オマエタチノコト、ナニモシラナイ。ウカツニナマエヲオシエルト、ヨカラヌコトニ、リヨウサレルカモシレナイ」
「誰がお前なんかを利用するんだああああ!!」
「うわあああ!!」
「きゃああ!!」
ノエルは私とルシエルを投げ飛ばすと、魚の魔物に襲い掛かった。魚の魔物は咄嗟に銛を突き出す。だけどノエルは、その攻撃をサッとかわすと、銛を掴んで取り上げると魚の魔物を力付くで押し倒した。
「ギョギョギョーーー!! チイサイノニ、モノズゴイチカラダ!!」
「さあ、答えろ!! まずは、名前を名乗れ!! 名乗らなければ、鉄拳制裁だ!!」
「ギョギョーー!!」
「駄目です、ノエル!! そんなの駄目ですよ!!」
「こらー、ノエル!! お前、こんな無害そうなお魚ちゃんを虐めるなよ!!」
「うるさい、どうみても魔物だろ、こいつは!!」
「魔物ならカルビだって魔物ですよ!!」
カルビの方を全員で振り向く。するとカルビは焚火の前で丸くなり、丸い目でこちらを一度見ると、あくびをして目を閉じてしまった。
「ほら! カルビがあんな感じだという事は、このお魚さんの魔物はそれほど危険じゃないって事ですよ!」
「危険だったらどうするんだ!!」
「危険だったら、オレとノエルちんでやっつければいいだけの話だろ? その時はその時だよ、な?」
倒れた魚の魔物に馬乗りになっていたノエルは、やがて渋々頷く。馬乗りの体勢を解いた。そして魚の魔物の手を握ると、起き上がらせた。
「お前……敵意は、ないんだろーな?」
「ギョギョ!! ナイナイ、ソンナノナイ! コンナキョウボウナ、チイサナ、ドワーフノメスニ、テキイヲムケルナンテ、コワイコトシナイ」
またノエルが怒るかもしれないと思って、恐る恐る彼女の顔を覗き込んだ。我慢をしてくれている。
私はもう一度、目の前の魚の魔物に名前を聞いてみた。
「私達は、名乗ったけど……あなたも、お名前を教えてください」
魚の魔物は、じっと私の顔を見る。そしてやっと答えてくれた。
「オデノナハ、ザカ。ユウカンナ、フィッシュメンノセンシ、ザカダ」
「ザカっていうのね。よろしくね、ザカ」
そう言えば、ノクタームエルドでアテナが出会ったリザードマンも言葉を喋っていたという。
ならリザードマン以外の魔物でも、人間の言葉を喋るものがいても、なんら不思議ではないのかもしれない。私とルシエルがザカに微笑みかけると、ノエルは大きな溜息を吐いて焚火の前に座った。
 




