第990話 『五人』
食事も終わると、5人で焚火を囲んで少しゆったりと寛いでいた。
いつも食後は、アテナが珈琲や薬草茶を淹れてくれる。だけど今は、アテナもクロエもいないので私が珈琲を淹れた。
私だって、ブレッドの街で喫茶店を経営しているコナリーさんに、色々と珈琲の淹れ方を教わった。だから、それなりに美味しく淹れられる自信がある。
カルビは珈琲を飲まないので、マグカップを4つ用意していざ淹れる。私が珈琲を淹れている間、ルシエルは近くに落ちていた木をナイフで削って何かを作っているし、ノエルは自分の荷物をゴソゴソと漁っていた。もしかしたら、お料理をするのにお酒を少しもらっちゃったから、お酒好きのノエルは残りを確認しているのかもしれない、フフフ。
ルシエルは、目線をナイフにそのまま言った。
「しかしあれだなー。今日はもう真っ暗だしアレだけど、この薄気味悪い森の中でカトルは、まだ独り彷徨っているんだよなー」
「はい、そういう事になりますね。だからなんとしても私達が見つけて、王都へ無事に送り届けないといけませんね」
「そうだな、生きていればなー」
「そんな言い方……きっと生きていますよ! 断言します」
「確かにそうだな。ルキアがそう言うのなら、オレもなんとなくだけど、そう思う」
ルシエルがそう言うと、ノエルも頷いていた。
「あたしもだ。何も根拠というか、手がかりもまだつかめていないし、ちゃんとした理由は説明できないんだがな。これまで冒険者をしてきた感だ。カトルは、きっと無事だろう。だが早く見つけてやらないと、腹も減っているだろうし、喉だって乾いているかもしれないしな」
「あはは、でもそれをいうなら水は大丈夫だろう。幸いこのフィッシュフォレストって森は、あちらこちらにドリンクヴァインの蔓が垂れ下がっているからな」
ドリンクヴァインというのは、ルシエルが教えてくれた植物で、このフィッシュフォレストの森に沢山自生している。そこらじゅうの木に巻き付いていて、上から垂れさがっていたりするけどその蔓は太く、刃物で切断するとそこから大量の水が溢れ出すのだ。しかもその水は、とても綺麗で美味しくて飲み水として何の問題もなく使える。
でもノエルは、溜息を吐いた。
「ハアー」
「ギョ!」
「おいおい、なんだそりゃ? なぜ、溜息を吐く?」
「ドリンクヴァインは、ここに沢山生息している。この森は王都からも近いし、王都に住んでいるカトルがこの植物を知っている可能性はおおいにある。だが、あたしやルキアは今までこんな植物、知らなかった。カトルもこの植物の蔓から綺麗な水が出るなんて、知らない可能性だってあるぞ」
「確かにそうですね。例えば今だから解りますが、私の住んでいたカルミア村近くの森にも、食べられるキノコがありました。でもアテナから教わるまでは、そのキノコが毒キノコかもしれないですし、そもそもキノコ自体がほとんど毒キノコだと思っていたので、手に取る事もしませんでした」
私とノエルの言葉を聞くと、ルシエルは唸った。
「うぬーーーん。でもなーー、だからと言って、これから真っ暗の中を探しに行くのはちょっとなーー。既にルキアは経験済みだろうけど、辺りには底なし沼だってある訳だしなー」
「大丈夫ですよ。カトル君だって、夜は何処か安全なところを見つけてそこでじっと身を隠しているに違いないですよ。見つけるなら、移動している時の方が見つけやすいですし、明日早めに起きてまた捜索しましょう」
「ヨルハ、マックラダカラナ」
「そうだな。はっはっは、しかしルキアもすげーしっかりしたよなー」
ルシエルは笑いながら、私の頭を雑に撫でた。
「ちょ、ちょっとやめてください、ルシエル。今、珈琲を淹れているんですから」
「はあーー、たまらん!! すんげー珈琲のいい香りがしてきたな。早く飲みたいぜ」
「ホントウニ、ウマソウダギョー」
ノエルが酒瓶をちらつかせた。
「あたしは寝る前は、いつもこれなんだがな。でも今日は珈琲にしよう。ルキアが淹れてくれる珈琲は、とても美味しそうだからな」
「ギョギョ! スバラシイ、カオリダ」
「えへへ、いつも美味しくなーれって思いながら珈琲をおとしているんですよ。コナリーさんもそうした方が美味しくなるって言っていましたし、アテナも大根おろしと同じで美味しくなってって思って淹れるとそうなるって」
「ギョギョ! ソレハ、イイコトヲキイタギョ! ベンキョウニナッタギョー!」
「はい、お待たせしました。珈琲、できましたよ」
マグカップ4つに珈琲をそれぞれ注ぐ。すると私の分を残して、それぞれがマグカップを手に取りすすった。珈琲の香りが一面に広がる。
不気味な森の中、焚火の灯りに照らされ珈琲のいい匂いが漂くこの場所は、とても安らぐ場所へと変わった。
ルシエルが声をあげた。
「美味い!! やっぱ、グッドモーニングと食後は、淹れたての珈琲に限るな!」
「えへへ。美味しく淹れられて良かったです」
「ホントギョヨ。コーヒーナンテ、ヒサシブリダカラ、スンゲーオイシイギョヨ!! コレ、ベツニ、シャコウジレイトカジャナイギョヨ!」
「えへへー、そんなに褒められると嬉しいな」
5人でまったりと焚火を囲む。
するとノエルが急に自分の頭を摩ると、立ち上がった。ルシエルがニヤリとする。
「あれ? どうしたノエル。もしかして、オシッコか?」
「ギョギョ! レディーニ、ソンナイイカタシタラ、ダメギョ。コウイウトキハ、オハナツミッテ、イウギョ!」
「おーー、なるほど。じゃあ、ノエル。お花を摘みに行くのか。ジョロロロってゆーて。ギャハハハ」
「ダカラ、ダメギョ! オゲヒンギョ! ギョホホホホ!」
「…………いや、違う」
「あ? じゃあ、なんだよ?」
ノエルはゆっくりと自分の荷物の方へ歩いていくと、そこから愛用の戦斧を手にした。険しい顔。そしてその戦斧を私の方へと突き付けた。
「え?」
なぜ私に……そう思ったけれど、ノエルの戦斧は、実は私ではなく隣を指していた。
「お前、いったい誰だ? いつから、あたしらの和やかな輪に、さりげなく入り込んでんだ?」
「ギョ?」
ルシエルと共に、ノエルの見ている方を振り向くと、そこには大きな人間位の大きさの魚がいた。
明らかに魔物。その魚の魔物は、いつの間にか私達と一緒に焚火を囲んで、まったりしていた。私も違和感を感じながらも、なぜかうっかりと、この魚の魔物分も珈琲を淹れてしまっていた。
ノエルと魚の魔物が睨み合う中、その隣でルシエルは笑い転げていた。きっともう気づいていたけど、面白いからあえて黙っていたんだなって思った。