第99話 『地下牢 その2』
――――このドルガンド帝国の砦の地下牢へ捕らえられて、数日が過ぎた。
だけど、ルーニはその間も絶望はしていなかった。常に胸の内側にある希望は輝いていた。なぜなら、絶対に助けはくると信じて疑わなかったから。万が一それが難しい事であるのなら、ルーニは自分自身でお父様達のいる王国へ帰る道を切り開く。切り開いてみせるから。そう決意しているから。
この劣悪な環境の中で、何度も何度も自分自身の心にそうやって刻み付ける事で、気を強く持っていられた。
「むむむむ!」
「おい!! 何睨んでいるんだよ、このガキ……」
その断固たる決意の表れか、牢番や見回りの兵士が牢の近くに来る度に睨み付けてやった。ルーニをこんな劣悪な環境の地下牢へ幽閉するだなんて、許されない。
今に見ているがいい!! 少しでもチャンスがあったら、逃げ出してやる!!
「逃げようなんて、考えるなよ!! ガキ!! この砦には、お前みたいなガキがいいっていう変態もいるからな。経験済みだろ? なら、その汚ねえ牢の中が一番安全だって事も解るだろ?」
あれからずっと、牢に入れられている。だけど、文字通り牢に一日中張り付いていると、それなりに色々と手に入る情報もあった。見回りに来た砦の兵士が、仲間内でお喋りしていたりするからだ。
まず、ルーニを攫ったのは『闇夜の群狼』と呼ばれる犯罪組織で、ドルガンド帝国とは奴隷売買などでも結託して協力関係にあるらしい。それで今回、クラインベルト王国の第三王女を誘拐しろと帝国から『闇夜の群狼』へ依頼があって計画に移ったとのこと。
計画は見事に成功して、ルーニは今こんな所に閉じ込められている。ぐぬぬぬぬ。シャノンめ、ルーニを見事に謀ってくれたわ。
あと――そうだ!!
そう言えば一緒の牢に閉じ込められていた獣人の女の子に、お水と食べ物をちゃんと与えて介抱すると、かなり元気を取り戻した。そう、喋れるくらいには――――
「そう言えばちゃんと、自己紹介してなかったわね。ルーニは、クラインベルト王国の第三王女、ルーニ・クラインベルトだよ」
流石にこの言葉には、獣人の少女も驚いた。
「……こんな所で、クラインベルト王国の王女様に会えるなんて…………私もクラインベルト王国に住んでいました」
「へえーー! 本当に? じゃあ、ルーニと帰る所は一緒だね」
少女は、暗い顔をした。
「でも……ここは、王国の外ですし…………人里離れた場所ですし…………帝国の兵士たちも沢山います。そんな場所に、助けなんてくるのでしょうか?」
身体が震えている。ルーニは、女の子の手を強く握って力強く答えた。
「来るよ! 絶対来るよ! 今日じゃないかもしれないし、明日じゃないかもしれないけど、絶対に来る。それに、ルーニもただここでじっと、捉えられているだけでもないし」
「そ……それは、どういう事ですか?」
「抵抗するよ!! すっごい、抵抗するよ! それはもう信じられない位に抵抗する! 抵抗しまくって、あの悪い人たちを皆、困らせてやるよ。そして、必ず隙を見つけ出して脱出します」
そう言い放って自信満々に笑って見せた。そしてその場でおもむろに立ち上がると、まるで目前に敵がいるかのように、その方向へ構えてみせた。そこから持っていた骨を使って、まるでその骨をナイフさながらに、斬ったり突いたりする一連の動作をこれでもかと見せつける。少なくとも、この女の子の瞳には、この骨がナイフに見えているはず。それくらいにルーニの動きは、研ぎ澄まされている。
「どう? ルーニ流格闘総合術よ。アテナお姉様がいつも練習している様子を、陰からこっそり見て自分のものにしたのよ!」
キョトンとする女の子。もう、震えてもいない。きっと、感動して声が出ないのかもしれない。
「ウフフフ。これで、牢番がこの牢の中に入ってきたら最後よ。すかさず、牢番に襲い掛かって、スプラッター的な事になるんだから。こなんして、こなんして、こなんしてーー!!」
そう言いながら骨を何度も思い切り振って見せる。もちろん、フットワークと、それにちょこっとフェイトも織り交ぜてみた。すると、それを見た女の子は、唐突に笑い出した。
「え? なに?」
「あははは――――ごめんなさい、ルーニ様。あまりにも、ルーニ様が強そうに見えて……可愛らしく見えたので」
「え? 可愛い? 嘘よ。だって? え? ルーニの今の研ぎ澄まされた動き、見ていてそう思ったの?」
「そう言えば、名前まだでした。私、リアって言います」
リアの言葉に呆然としていたが、我に返った。
「あ! ああ、リアか。ルーニに負けない位のいい名前だね」
リアは、満面の笑みを見せた。でも、すぐにまた表情は暗くなった。
「どうしたの、リア? リアは、ルーニが責任をもってここから助け出してあげるよ。約束する」
「私、もしもここを出る事ができたとしても、もう行くところがありません。あの盗賊達…………ここにいる人たちに、私の村は焼き払われました。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも……近所の人も皆殺されてしまいました。うっ……うっ……」
家族の事や、仲間の事、住んでいた村の事などを思い出して涙を流すリア。ルーニは、リアを抱きしめた。
「リア、お願いがあるんだけど……いい?」
「うっ……うっ……なに? なんですか?」
「どうか、ルーニのお友達になってください!」
「へ?」
「ルーニとリアは、年齢も同じ位だし気も合いそうだから。それに、帰る所がないのならルーニと一緒に王都へおいでよ。ルーニと一緒に住もう!」
あまりの事に、驚きを隠せないといったリア。動転しているのがわかる。
「ホントに私みたいな子が、ルーニ様のお友達になってもいいの?」
「もうお友達なのだから、ルーニって呼んでよね、リア。そしたら早速、これから一緒に脱出する計画を練りましょう」
「うん。ルーニちゃん。私も色々頑張って考えてみる」
リアと手を握り合った。その時だった。
牢の外――――更に通路のもっと先の方で、聞きなれた声がした。
「ルーニ様!! セシリアです! 今、お救いしに参ります!!」
――――セシリア!!
その名前が耳に入った瞬間、鉄格子に飛びついた。
「セシリアーーー!!!! ここにいるわ!! ルーニよ!! 助けて――!!」
セシリアが、もうそこまで助けに来てくれている!! 気持ちが張り裂けそうになった。
セシリアの名を何度も必死になって叫ぶ。この牢の場所まで、たどり着けるように。
――――だけどそのあと、セシリアの声は一向に返ってくる様子はなかった。
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〚下記備考欄〛
〇リア 種別:獣人
猫の獣人。ルーニと同じ牢に閉じ込められていた。とある村に住んでいたが賊が襲ってきて彼女の家族を殺害し、彼女を捉えこのトゥターン城まで連れ去った。彼女の家族、両親の他に姉もいたそうだが……
〇ルーニ格闘総合術
ルーニが姉であるアテナの剣の稽古などを盗み見して自分で編み出したと言っている格闘術。ルーニによる解釈でルーニが勝手に自分だけの為に作ったものなので、なんとも言えない。でも、なんだかちょっと頼りになるような気分にさせる。
〇スプラッター的な何か
ルーニは、牢に入って来た帝国兵を手に入れた骨で暗殺して、そのまま他の見張りの兵も千切っては投げ千切っては投げしようとしていた。でも、実際にはそんな事をルーニができる訳もない。ただ、その鼻息荒いルーニを見てリアは凄く元気づけられたようだ。




