第987話 『ルキアの頑張り料理 その2』
ルシエルは、焚火の前に行くと寝転がった。そしてカルビと戯れている。
ノエルは、直ぐ近くで私の調理をじっと見ている。
「手伝うか?」
「ありがとうございます。それじゃ、まな板になる石を探してきてくれますか?」
「ああ、任せろ」
ノエルは、焚火から火のついた薪を一本掴むとそれを灯りにして、キャンプの周囲をうろうろと歩き始めた。そして太い倒木を見つけると、それを愛用の戦斧で真っ二つにした。
更にそれを割る。持っているドワーフ王国製の、よく斬れそうなナイフで削ってとてもいい感じの木のまな板ができた。如何にもお手製で、歪な部分もあるけれどとても味があっていい感じのまな板。
「ご要望は、石のまな板だったがこれはどうだ?」
「凄いです、凄いです!! 平らな石ならすぐ見つかるかなって思ったんですけど、流石はドワーフですね。見事な職人技です」
言って、はっとした。ノエルの事をあまり凄いって言うと、ルシエルが直ぐに対抗するから。今、そんな感じになるときっと調理を邪魔される。
チラリとルシエルを見ると、こちらの会話は全く気にしている素振りもなく、カルビと機嫌よく戯れている。ふう、良かったー。
「それじゃ、早速まな板を使わせてもらいますね」
「ああ、どうぞ使ってくれ。それと他に何か手伝う事があれば、遠慮なく言ってくれ。焼くのは、得意だ」
「はーい。ありがとうございます」
深翆魚をノエルの作ってくれたまな板に乗せると、早速お腹にナイフを入れた。内臓を取り出す。その作業をノエルが覗き込んでくる。
「内臓は、取り除くんだ」
「はい。綺麗な川……渓流などで見かけるイユナとかは、内臓も食べられるんですけど、この魚はよく解らないですし、泥臭さもありますから、内臓は食べない方がいいと思います」
「ほう、なるほどな。確かに言われてみればそうかもしれないな。ここの森は、なんだかジメっとしているし、そこらじゅう沼などあって泥濘も多い。そんな場所に生息している魚なんて、何を喰っているか解らないしな」
「そうですね。ひょっとしたら寄生虫がいるかもしれませんし、しっかりと火を通した方がいいかもです」
深翆魚の内臓を全て取り除くと、それを器にとってノエルに手渡した。
「おっ。それをどうすればいい? 捨ててくればいいか?」
「はい。多分、そんな事はしないと思いますけど、誤ってカルビが食べちゃったりしたら大変なので、このキャンプから少し離れた場所で、深めに埋めてもらえたらなって思います。もし、ノエルがいいならですけど……」
ノエルは、にこりと笑う。
「気にするな、手伝うって言ったろ? それに、ルキアはあたし達の晩飯を作ってくれているんだからな。手伝いなら、なんだって喜んでやるさ」
「ありがとうございます、ノエル」
ノエルは小さくて可愛い。髪の毛もサイドテールして結っていて、更に幼く見える。だけど実は、アテナより2歳も年上だったりする。私と比べれば、その年の差は9歳。
その見た目からは、私やクロエと同じ位の歳に見えるけど、やっぱりこういう所はお姉さんみたいに思えた。
真っ暗な森の中に、ノエルは魚の内臓を埋めに行った。
「さてと、それじゃこの魚を一度綺麗に洗って泥とか血を落とさないと……」
そこまで言って気づく。どうしよう、うっかりしていた。キャンプをする際にとても大切な事を、私は見落としていた。いつもアテナに、大事な事だからねって言われている事なのに。
あたふたして困っていると、ノエルが戻ってきた。
「ふう、全部埋めてきたぞ。深さも……まあ、あんなもんだろう」
「ノエル! 私、うっかりしてました!」
「うっかり? 何がだ?」
「水です! そう言えば水がないです! 水がないと、お料理もできませんし、食器も洗えません。飲み水もないし……どうしましょう?」
「ああ、なるほど。言われてみればそうだな」
2人で周囲を見回した。真っ暗な森。そして手に入る水と言えば、泥水。これは流石に飲料水にも、調理に利用もできない。
「そういや、そうだったな。あたしもノクタームエルドでキャンプをする際は、水の確保のできる場所を探してそこに設営していた。今回は、ルシエルがサイトを見つけてそこに設営したからな。すっかり任せてしまっていたな」
私とノエルは、焚火の前でカルビと戯れているルシエルを見た。ルシエルは、かなりご機嫌な様子で、カルビを持ち上げたりおろしたりして遊んでいる。カルビも嫌がっている素振りはなかった。
そんなカルビとのひと時を楽しんで、寛いでいるルシエルにノエルが声をかけた。
「ルシエル、ちょっといいか?」
「おん? なにかな?」
「これからキャンプを移動するぞ?」
「は? 何言ってんの? 焚火ももう熾したし、薪も集めた。テントの設営だって終わったし、この辺には危険な魔物の気配はない。ルキアが料理を作ってくれているし、ここでいいんじゃねーの?」
「水がないんだよ、水がな」
ノエルの言葉を聞いて、ルシエルは首を傾げる。
「水がいるだろ? 料理にもいるし、歯を磨いたり顔を洗ったりするんだっている。水がないと、料理ができないんだよ。それ位は解るだろ? 折角いい場所を見つけてもらったが、水の確保ができないんじゃ仕方がないんだ」
「はあ? 水ならあるだろーがよ。それを使えばいいじゃん」
「おい、あたしらに泥水をすすれっていうのか? 言っておくが、こんな泥濘に溜まった水を飲めば、病気になるぞ」
ノエルがそこまで言うと、ルシエルはポンと手を打ち鳴らした。
「そうか。知らないんだな」
「何が?」
「ノクタームエルドには、ないのかー。まあ大洞窟には、なさそーだもんだ」
「だから、何がだよ」
「よし、ちょっと見てろよ」
ルシエルは立ち上がると、森の方へ歩いていき、何かを見つけるとそれを手で掴んだ。木から垂れさがっていた何かの太い蔓だった。
ルシエルは、腰に吊っている太刀『土風』を抜くと、それで勢いよくその太い蔓を斬った。
シュバッ!
ボタボタボタ……ジョロロロロロ……
なんとその太い蔓の切断面からは、勢いよく水が流れ出た。
その光景に私とノエルは、驚く。そんな私達の顔を見て、ルシエルは自慢げに笑う。っという事は、この水は飲める!?