第984話 『泥濘 その3』
「吸血魚だな、これは」
「きゅ、吸血魚……」
アテナからもらった、色々な魔物の事が記されている本。まだ全部読んでいないから解らないけれど、そこに書かれていたかなと思い出してみる。
兎に角、意識をそういう別の方へ向けないと、ショックで気を失ってしまいそうだった。
「いいな、ルキア。そのまま動くな。あたしにまかせろ」
「ううう……は、はい!」
ノエルはナイフを取り出した。それはドワーフの王国にいる、一流の鍛冶職人が作ったものだと直ぐに解る位の立派なナイフ。刃が輝いて見えた。
ノエルはそれを手に持ち、私の身体に近づけた。怖くなって声をあげてしまう。
「ひ、ひえ! ノエル?」
「大丈夫、心配するなと言っただろ。信用しろ。直ぐ、こいつらをとってやる。だから絶対にそのまま動くな」
私の身体にへばりついて吸血している魚は、本当に不気味だった。カルビも怯えている。
ノエルはナイフを手に持ち一呼吸すると、真剣な顔をした。そして吸血魚と吸血魚が吸い付いている箇所の間に、ゆっくりとナイフの刃を滑り込ませる。そこから吸血魚を掬い取ると、地面に叩き付けてナイフで頭を突き刺した。刺された吸血魚は、グネグネと暴れた後に吐血して動かなくなった。
まだ私のお腹や背中には、何匹もの吸血魚が取り付いている。恐ろしすぎて、意識が遠くなる。でもなんとか、ギリギリで保っていた。
「ノ、ノエルーー」
「大丈夫、問題ない。そのままじっとしていろ。この取り方が一番、身体が傷つけられなくていいんだ。こいつらは、血を吸っている時は大人しいもんだからな」
「お、大人しいって……お、お願いですから早く全部とって欲しいです」
「できる限り急いでやってる。おっ、ちょっと待て。まさか……」
ノエルはそう言って、私のスカートを掴んでめくり上げた。下着は丸見え。恥ずかしくて、頭の中が真っ白になった。だけど、そんな恥ずかしいという気持ちさえも消えて、何処かへいってしまうような事をノエルが言った。
「こりゃ凄いな! ルキア、お前の足……特に皮膚の柔らかそうな内ももとかそういうとこに、何匹も吸血魚がついているぞ!」
「え⁉」
「こうなったら一度、服を全部脱いだ方がいいな。きっと山盛り……この吸血魚は、ルキアの身体のあちこちについているぞ。全部取ってやるが、ここまでの数になると少し時間がかかるな。っておい、ルキア! どうした? しっかりしろ!?」
自分のお腹から太腿を見ると、沢山の吸血魚がくっついていた。もっとちゃんと意識を向けてみると、腕や手首にも。その光景に目を奪われると、途端に気持ち悪くなって、吐き気を催す。意識が遠くなって、パタリと倒れてしまった。
「おい、ルキアーー!! しっかりしろ!!」
ワウワウワウーー!!
――――少し時間が経ったと思う。目が覚めると、頭にモフモフした感触があった。私が気を失っている間、カルビが枕になってくれていた。
起き上がるり、カルビの頭を撫でる。
ワウー。
「ありがとう、カルビ。もう大丈夫だよ」
「おっ! 気が付いたかルキア。お前の身体にくっついていた吸血魚は、全部あたしが取ってやった。もう大丈夫だ」
腕やお腹、股下などを確かめた。吸血されていた所がちょっと赤くなって腫れている感じもするけど、確かにもうあの不気味な魚はいない。
「ありがとうございます、ノエル」
「気にするな。できるだけ慎重に取ったからな。傷跡も残らないだろう。でも一応後で、薬草でも見つけてそれを傷に塗り込んでおけ。そうすれば、処置としたら完璧だ」
「うん、そうしようと思います」
立ち上がって、周囲を見回した。
目の前には、さっき私が落ちた底なし沼。つまり私が気を失ってから、全く移動はしていなかった。その間にノエルは私の身体から吸血魚を取り除いてくれて、カルビは周囲を警戒してくれていたんだなと思った。
「それじゃ、ルシエルの所へ戻ろうか」
「あの、ノエル」
「なんだ?」
「私が気を失ってどれ程、時間が経ちましたか?」
真っ暗にはまだなっていない。だけどもう直に真っ暗になる位に、辺りには闇が広がり始めていた。
「そうだな。30分か40分位かな」
「そうですか。それじゃ、きっと今頃ルシエルは心配していますね」
「そうだな。もしかしたら、何かあったのかもしれないって、思い始めている頃かもしれないな。それじゃ、そろそろ行こう」
「はい」
ノエルと一緒に、ルシエルがキャンプを設営してくれているという方向へ歩き始める。カルビもピョンとジャンプすると、後をついてきた。
やっぱり不気味な森。3人、ルシエルのもとへ向かう途中、私は気になっていた事をノエルに聞いた。
「ノエル」
「なんだ」
「ノエルは、あの私の身体にいっぱい引っ付いて血を吸っていた魚を知っていたんですか?」
「ああ、知っていた。あれは、吸血魚。分類は一応、魚系の魔物だな。沼とか池など水辺に生息していて、人間や動物を襲う。って言っても殺傷能力は低く、襲ってくるといっても獲物にへばりついて吸血する程度だ。あれだけ量がいて、一気に全身の血をもっていかれりゃ、貧血にもなるかもだけどな」
「あっ!」
てっきり、あのおぞましい光景を見てしまったので、それでショックを受けて気を失ってしまったのだと思った。もちろん、それもあるかもしれないけれど、ノエルに言われて気づく。
そうだ。確かにあれだけの数に血を吸われれば、貧血にもなる。
「どうした? ルキア。また気持ち悪いか? もう少しで、ルシエルのキャンプに着くぞ」
「え? あ、はい。大丈夫です」
今日、夜寝る前にアテナからもらった色々な魔物が記された本。あの本を少し読んでみようと思った。もしかしたら、吸血魚の事が載っているかもしれない。
あの魔物をノエルが知っているという事は、ここパスキアのフィッシュフォレストだけじゃなく、ノクタームエルドにも生息している魔物という事になる。生息地が多いなら、とうぜん知名度もある訳で、本に記載されている可能性も高いと思った。
沼地に落ちた人の身体に取り付いて、吸血する不気味な魚。そんな不気味な魚の事を、急に気になってしまっている自分に、物凄くおかしくなって少し笑ってしまった。




