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第982話 『泥濘 その1』



 クエックエックエ……


 次第に辺りは、真っ暗になりつつあった。


 ザックから懐中灯を取り出そうとした。だけど、躊躇ってやめた。


 こんな不気味な森の中で、煌々とした灯りを辺りに発っして彷徨っていたら、どんなものが集まってくるかも解らなかったから。だからルシエル達と合流するまで、もう少し灯りはなしで行った方がいいと思った。


 大丈夫、私は1人じゃない。カルビがついてくれている。



 ワウッ?


「ルシエルとノエルは、こっちの方にいるのかな?」


 ワウ!


「そう。じゃあ、このまま進もう」


 ワウ!



 歩いていると、手頃な棒を手に入れた。


 いくら不安だからといって太刀や短剣を抜いたまま歩くのは、ちょっと危ないと思った。兎に角足元が不安定だし、泥濘や植物の根や蔓が多い森の中。鋭利な武器を手にして、もしも転んだりなんかしたら危ない。だけど手ぶらで、この薄暗い森の中を歩くのは、とても耐えられなかった。


 だから棒。なんの木の枝かは解らないけれど、しっかりした丈夫な棒で、武器にも杖にもなる。



「アテナだったら、きっとこの棒がなんの木の枝なのか解るんだろーなー」


 ワウウ。


「あはは、カルビもそう思うよね! 早くアテナに会いたいなー。王都に戻れば、お城にいる事も解っているし、クロエやマリンも一緒にいるって解っているんだけど……でも今直ぐにアテナに会えないと考えると、余計に会いたくなる」


 ワウー。


「えへへ。ちょっと、甘えん坊かな、私。だって私、いつもはリアのお姉ちゃんだから。だからたまには私だって妹になって、お姉ちゃんに甘えたい。それにアテナは、私の事を妹だって言ってくれたから……私も本当のお姉ちゃんだと思っているし」


 ワウワウッ!


「あはは、そうだね。そうしたら凄い事になるね。アテナが私のお姉さんなら、まだ会った事はないけど、アテナのお姉さんのモニカ様とか、あとルーニ。エドモンテ様とも私は兄弟姉妹という事になっちゃうかもだし」



 それは流石にありえないと思った。モニカ様には会った事もないし、エドモンテ様は絶対私なんて、何も思わない。


 だけど……だけど、ルーニはリアと姉妹のように仲がいいし、私だってアテナと姉妹だから……



 ワウウ!!



 唐突にカルビが叫んだ。



「え? きゃああっ!!」


 ズルズルズル……ズボオッ!!



 あれこれ余計な事を考えていると、うっかりと足を滑らしてしまった。そして大きな泥濘にハマる。気がつけば見事に、膝の辺りまで泥に浸かってしまっていた。靴に入り込んでくる泥の感触が、気持ち悪い。



「ひ、ひいいいい、気持ち悪いよおおおお!!」


 ワウワウッ!!



 カルビが近づいてきて、泥濘の一歩手前で立ち止まる。そしてそこから私に向かって、吠える。きっと心配してくれているのだと思った。



「ちょっと待ってね、カルビ。うう、気持ち悪いなあ。早く出よう」



 泥濘から出る為に、大きく足をあげようとした。だけど足があがらない。完全に泥に足をとられてしまっている。どうしよう。



「あれ、どうしよう。足が動かない」



 どうやっても足が抜けない。困った。どうしよう。足掻けば足掻く程、泥濘に足をとられ身体が沈んで行っているように思えた。その証拠に、最初ここにハマってしまった時は、泥は膝位の位置だったのに、今は腰の辺りまで浸かっちゃっている。


 もしかして――――脳裏に、ラトスさんが言っていた底なし沼という文字が浮かび上がる。



「どどど、どうしよう!! 早く、ここから抜け出さないと!! ふっ!! うぐっ!!」



 身体に力を入れる。そして泥から足を全力で引き抜こうとした。だけどどうしようもできない。



 ワウワウワウッ!!



 カルビが慌ただしく吠える。そんなこと言っても、ここから抜け出せない。



「くっ!! う、動いてーーー!! お願い、動いてーー!!」



 力を振り絞る。気が付くと、泥は腰の上の位置まできていた。


 駄目だ。何か考えないと、膝の辺りの時にどうにもならなかったんだから、肩位まで来ちゃったらもう絶対私の力じゃ抜け出せない。


 だからと言って、ここにいてもどんどん身体は沈んじゃうし、例え沈まなかったとしても、ここでずっと身動きができなければ、私はここで餓死して死んじゃうか、魔物に襲われて死んじゃう。


 いや、私はまだ死にたくない!!


 一瞬、死というとてつもない恐怖に襲われそうになるも、目の前のカルビに励まされて気力を取り戻す。そしてアテナの顔を思い浮かべると、アテナなら決して最後まであきらめないと自分に言い聞かせた。


 私はアテナのようになりたいと思った。アテナを尊敬しているし、大好き。だから、アテナのように決して諦めない。諦めないという事は、最後の最後までここから脱出する方法を考えて、あがくという事。



 ワウーーワウウーー!! ガルウウ!!


「やめて!! 大丈夫だから、カルビ、絶対にこっちには来ないで!!」



 ついに私のいる泥濘に、カルビが入ってきそうになった。私はそれを大声で跳ね除けて、止める。



 ワウワウワウ!!


「カルビもこっちに来ちゃったら、あなたまで泥濘に落ちちゃう。だからこっちに来ちゃ、絶対ダメだからね!」


 クウーーン!!



 どうすれば、ここから脱出できるのか。それを一生懸命に考えた。すると一つ、閃きがあった。


 うん、まだ上半身は動く!!


 私は背負っていたザックを外すと、目の前に持ってきて中を漁った。そして中からロープを取り出すと、カルビのいる方へ投げた。



「お願いカルビ。そのロープをそっちの木に巻き付けて!」


 ガルッ!!



 カルビは直ぐに理解してくれて、私が投げたロープを咥えると、木にくるりと回した。そしてそれをまた私の方へ投げた。


 カルビの投げてくれたロープ。それを掴んで、身体に巻き付ける。


 うん! これなら、ロープを引っ張ってここから脱出することができる!!


 私は思い切りロープを引いた。このままこれで、ここから抜け出す。だけど、身体がもう胸元辺りまで浸かっていてビクとも動かない。


 次の瞬間、いくつもの小さい何かが泥の中を泳ぎ、私の方へと向かってきている事に気づいた。悲鳴。



「きゃああああっ!!」



 恐ろしい何か!! よく見ると、泥の中を泳ぐそれは細長い魚のようだった。でも何十匹といるそれは、私の方に向かって来ると群がって身体の至る所にへばりついた。痛み。


 私の身体にへばりついている無数の泥の中にいた魚達は、私に噛みついてそこから血を吸っているのだと解った。私は絶叫した。

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