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第978話 『ラトス・レヒュー』



 王都からフィッシュフォレストという場所を目指して、馬で駆ける。


 ラトスさんが先頭を走り、私達を目的地まで先導してくれている。私は、ルシエルが手綱を持つ馬の後ろに乗っていた。



 ドガガッ、ドガガッ、ドガガッ!!


「一応ここは、見晴らしのいい草原地帯だけどな。いきなり魔物が現れましたってパターンも十分にあるからよー。しっかり、オレの腰に捕まっていろよ」


「はい! ありがとうございます、ルシエル」


「おうっ!」



 馬はかなり飛ばしていた。だけど……なんだろう……何か、ちょっとした違和感みたいなものがある。


 そう、冒険者ギルドでラトスさんからの依頼を発見し、受付のお姉さんに頼まれ受注して……それからラトスさんに会って、昨日から森で行方不明になっている、ラトスさんの息子さんのカトル君を見つける為に出発して……


 上手くは言えないけれど、なんとなく胸につっかえているものがあった。それが何かは、まだ解らない。ノエルももしかしたら、私と同じ気持ちなのかもしれない。隣で並走しているノエルの顔を見ると、表情がなんとなく曇っているようにも見えた。



「ルシエル!」


「おん? なにかね、ルキアよ」


「っもう、普通に喋ってください! ラトスさんの息子さんが行方不明なのに、不謹慎ですよ」


「なはははは、そうだな。ごみんごみん。それで、なんだ?」


「これから向かう森、危険だって言ってましたよね」


「ああ、言っていたね。なんつったっけ? ハッシュドポテトみたいな美味しそうなネーミングの……」


「フィッシュフォレストですよ! フィッシュフォレスト! 何処をどうやったら、ハッシュドポテトになるんですか」


「そうだった、そうだった。それな!」


「っもう!」


「しかしアレだよな。フィッシュフォレストって、なんだか魚みたいだよな」


「そうですね。そのままお魚さんの森って意味でしょうか」


「っていう事は、沢山魚がいるかもしれないよな。よし、ラトスの旦那の息子、なんつったっけ? カトル? その迷子になった、しょうがない奴を無事に見つけ出した暁には、ついでに魚釣りでもして帰ろうか!!」



 いっつも思いつき。しかもカトル君が無事でいるかどうかも解らないのに……アテナなら、もっとちゃんとしているのに……


 気が付くと、眉間に皺が寄っていた。でも前に乗っているルシエルからは、見えない。



「フィッシュフォレストって言う位だからよー。魚もきっとメチャ美味しいぜー。まあ、心配せんでもカトルって小僧は、さっと見つけてやるさ、フハハ。それと、昨日から森を彷徨っているならきっと腹減りだろうからな、魚を腹いっぱい食わしてやるぜ」


「何処からそんな自信が湧いてくるんですか」


「え? だってオレの釣りのスキルだけどな、なかなかのもんなんだぜー。実際、クラインベルトの渓流が沢山ある森でも、イユナって魚をポンポン釣ってたんだからよ」


「そうじゃなくて、その森を知っているラトスさんが、カトル君を探しても見つからないのに、そんな簡単にルシエルは見つけられるのかなって思って」


「ああ? ルキアは見つけたくないのか?」



 ルシエルの背中をポコポコと叩く。



「そんな訳ないじゃないですか! 早く見つけなきゃいけないのに、ルシエルが真面目に考えていないから不安になったんですよ!!」


「あはは、ルキアに叩かれもぜんぜん痛くねーのな。むしろ、マッサージだぜー。きーんもちいいー、もっと叩いてクレメンス」


「っもう!!」


「まあ、大丈夫。ルキアは忘れてるかもだけどな、オレはハイエルフだぜ。エルフっていうのは、森の守り神とか知恵者って呼ばれているんだ。魚が沢山いる森だろうが、ポテトが沢山獲れる森だろうがそれが森なら、オレのホームみたいなもんよ」


「ホームって、パスキア王国自体、ルシエルは初めてじゃないですかー!」



 またポカポカと叩いたけれど、ルシエルは変わらず笑っている。もしも私に、ノエル位のパンチ力があったら、もう大変なんだから……なんてちょっと思っていると、そのノエルが馬で並走しながらもこちらに近づいてきた。



「どうした? ノエル」


「見えてきたぞ。きっとあの森だ」



 目の前に広がる原野。その向こうに見えた緑、近づくとどんどん大きくなってくる。次第にそれは、大きな森だと解るまでになった。


 草木の生い茂る森、その手前までくると私達は馬を降りた。


 ラトスさんは、その森に指をさして言った。



「ここです。この森がフィッシュフォレストです」



 昨日の話。ラトスさんは、息子のカトル君と、昨日二人でこの森に入った。それから夕暮れ位に、カトル君は行方不明になった。


 ラトスさんは、慌てて息子さんを夜中まで探したみたいだけど、結局見つからなかった。だからカトル君は、まだこの森の中にいる。


 ノエルは、ラトスさんを見ると言った。



「それじゃ、あたし達はあんたの息子さんを見つけて戻る。先に王都へ引き返しておいてくれ」


「え⁉ そ、そんな……私も行きます」


「この森は危険だと聞いたが……」


「ええ、危険です。でも説得をするのに私がいないと……」



 説得?


 ラトスさんの奇妙なセリフに、私達はお互いの顔を見た。



「い、いや。実は昨日、カトルがいなくなった理由。実はお恥ずかしい話、喧嘩をしましてね。いや、なに口喧嘩。親父と息子なら、とうぜんするものでしょう。それであいつ、怒って森の中を一人で駆けていきましてね」


「なるほど、それで息子を説得……か」



 ノエルは、それで納得したようだった。ルシエルは、あまりその事に興味がないのか、森の中を覗き込んでいる。


 私はラトスさんが親子喧嘩をしたという話を聞いても、そうなんだと思ってはいるけど、なんだかモヤモヤっとしたものが胸につかえていた。



「そういう訳なんです。それじゃ、行きましょう。それに冒険者の方々は、Aランク冒険者と聞きました。そんな人達と一緒なら、安心ですよ」



 ルシエルは「まあね!」と返した。そして私達は、近くの木に馬を繋ぐと、我先に行くラトスさんの後を追って森に入った。

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