第972話 『楽しい予感』
カルビは、川から上がると、ブルブルと身体を振って水飛沫を散らした。
「きゃっ、カルビ!!」
ワウ!
朝起きたばかりで、もうビショビショになってしまった。どうしよう。でも空を見上げると、とても良いお天気だった。これなら、直ぐに乾くかもしれない。
「カルビ」
ワウ?
「ルシエルとノエルは、いったいどこにいったの? 起きたら皆、いなかったから……ちょっと心配になっちゃったんだよ」
ワウーー。ワウ! ワウワウ!
カルビは、二人の居所を知っているようだった。しかもカルビの様子から判断しても、二人に何か大変な事が起こっているとか、例えば魔物に襲われてとか何処かで怪我をしてしまって動けないとか、そういった事ではないと確信できた。
ワウーー。
「ちょ、ちょっと待ってカルビ!」
カルビは、さっき流されてきた川の上流へと向かった。そしてこちらを振り向いて、「早くおいで!」と言っているかのように吠えると、またそっちへと走り出す。私は慌ててカルビの後を追った。
獣人なので、素早さや身の軽さは多少自信があった。だからウルフであるカルビの後について行くのも、それ程大変ではなかった。
私達のキャンプを張った場所は、川の近く。そこから更に上流に移動する。すると10分も離れていないその場所で、ルシエルとノエルを見つけた。
「ルシエル!! ノエル!!」
「おおーー、寝坊助め、今頃起きてきやがったかーーー!!」
手を振って笑うルシエル。その姿は、ほぼ全裸。っていうか、一緒にいるノエルもほぼ全裸だった。二人とも下着しか身に着けていない。
「ななな、なにをしているんですか⁉ 二人供!!」
「え? 何ってなあ?」
ルシエルがノエルに視線を向けると、ノエルは私の方を見て右手をあげた。その手には、槍。その辺で見つけた棒に、尖った鏃のような石を結びつけて作った、一目で解るハンドメイドの槍。よく見ると、ルシエルは両手にそれぞれ持っている。
二人のいる場所に近づいていく。川辺。するとノエルが、ここでいったい何をしていたのか説明をしてくれた。言葉じゃなくて、あるもの。それを見せてくれただけで、全部解った。
ノエルは川の中、近くに沈めていた麻縄で作った網を掴むと、持ち上げて私に見える。その中には、ビチビチと暴れる川魚。
そう。ルシエルとノエルは、朝ご飯を調達していたのだ。
「お、お魚ですか……」
ルシエルが、カカカと笑う。
「朝飯に、焼き魚。いいだろ? ルキアの大好物じゃないか、魚は」
「はい、お魚は大好きです」
「だろー? そうだ、ルキアもこっち来て、一緒に魚を突こうぜ。今、見ての通り魚突きやってんだ。昨日は風呂にも入ってないだろ? 川で水浴びもできるし、一石二鳥だ。どうだ? やらないか?」
「なんか、引っかかる言い方だな」
ルシエルの発言に対して、ノエルが突っ込む。
「解りました。それじゃ、私もそっちに行きます」
そう言うと、着ていた服を脱いで、綺麗に畳んでから近くの平らな石の上に置く。
あっ、いつもそうしているから同じように服を畳んでしまったけど、これだけ天気がいいんだから、ついでにここで服を洗ってもいいかもしれない。
「ルキア、ほら見てくれーい!!」
ルシエルを見ると、川の中――腰まで水に浸かった状態で、両手に持った槍をこれみよがしに振り回す。そしてこちらをチラリと見ると、いきなり何を思ったのか……
「私のスイーツを食べたのは、いったい誰!? もう、許さないんだからね!! プンプン!」
っと決めポーズなのかも解らないけど、何かそういう風な感じのものをきめて、ルシエルは私を見た。
唐突なことで呆気にとられた私だったけど、ルシエルは多分誰かのモノマネをしていると思ったので、それが誰なのか聞いてみた。
「そ、それは誰ですか?」
「え、マジ? 解らない? どう見ても、アテナじゃん」
「…………」
「…………まあ、これは槍だけどよ。ちゃんと二刀流ってヒントもあったろ?」
「アテナは、もっと優しいですよ」
「うーーん、そんな真面目に受けとられても、ギャグなんだけどなー。ルキアは、アテナ信者だからなー。今のは、ちょーっちレベルが高かったかー。いやー、失敗失敗」
「もう! ルシエルは、いったい何がしたいんですか?」
「何がしたいって、もう説明したじゃん。場を和ませようとした結果生まれた、単なる冗談だよ。あとは、あれだよあれ」
ルシエルは、ノエルの方を親指で指した。ノエルは槍を持って構えていて、川の中を泳いでいる魚に集中している。魚を獲ろうと頑張っていた。
「ほらよっ! 受け取れ!」
「え? ちょ、ちょっと!」
ルシエルがいきなり放り投げた槍を、キャッチした。
「今日は天気もいいし、ちょっとここで遊んでいこうぜ」
「うーーん。確かに、朝ご飯も手に入りますしね」
「はははは、違いない。それじゃ、もっと大物が隠れているかもしれないから、オレはもう少しあっちの方へ行ってみる。あの辺、ちょっと水の色が変わっているだろ? きっとあそこは深いんだよ」
「解りました。それじゃ私は、ノエルとカルビと一緒にここで魚を獲りますね」
「うむ。吉報を期待しておるぞよ」
ルシエルはそう言って、親指を立てるとニヤリと白い歯を見せて笑う。そしてスイーーっと、さっき話した川の深い方へ平泳ぎで向かって行った。
そう言えばルシエルは、泳ぎも得意なエルフだった事を思い出す。ノクタームエルドの地底湖でのキャンプでは、ファムと一緒に地底湖をあっちへこっちへと泳いでいた。
私も一応泳げるから泳いでいたけど、薄暗い大洞窟の中、初めて目にした地底湖で泳ぐ事になって、あの時はちょっと怖かったかな。
ワウワウーー!
「あっ、カルビ! 待ってーー!」
カルビが川に飛び込んだ。バシャバシャと忙しく音をさせ、犬かきでノエルに近づいていく。
私も行こう。手に槍を持って、ノエルとカルビを追った。起きてまだ間もないけれど、今日も楽しい一日になる予感が、ずっとしている。