第971話 『ハムハムせし者』
気が付くと、テントの中だった。
「あれ? う、動けない……」
「ぐがーーー、ぐがーーーー」
凄い鼾。出所を確かめると、隣にルシエルが転がっていた。そして反対側にはノエルがいて、二人とも私に抱き着いている。これが動けない理由。
「うう……何も覚えてないけど……どうしたんだろう私? あれからお酒を飲んで、お肉を食べて……あれ?」
途中から記憶が途切れている。違う、正確には、途絶えていると言った方がいいかもしれない。
そう、私はお酒に強くなくて、少しでも飲むと眠くなって、起きていられなくなる事を思い出した。ニガッタ村でも確かそうだった。
あの後、私は眠ってしまったんだ。それからルシエルとノエルが、私をテントまで運んでくれた。そこまで理解をした。
「カルビ? カルビはいるの?」
ワウ?
いた。毛布の中に埋もれている。私達と一緒にテントの中にいる。絶対ここにいると解ってはいたけど、実際に声を聞くと一気に安心する。
それにしても、動けない。寝返りすらできない。両側からルシエルとノエルに、しっかりと抱き着かれているから。ちょっと寒いから、きっと私をユタンポ代わりにしているのだと思った。
「ううーーん……ムニャムニャ……」
大きな鼾を立てていたルシエルが、更にもっと私に抱き着いてきた。そしてなぜか顔を近づけてくる。起きているのかと一瞬思ったけれど……意識はなさそう。
対して反対側から私に抱き着いているノエルは、本当に幸せそうな顔をしている。お酒を飲んでいた時の顔とは違って、まるで天使のよう。実際はアテナやマリンよりも年上なのに、こんなあどけない顔をさらされていると、私よりも小さい子に見える。
具体的に言えば、リアやルーニ位に見えるかな。フフフ。
そんな事を思って少しニヤついてしまっていると、身体中に、ゾゾゾと悪寒が走った。
「ハムハムハムハム……」
「え? ええええ!? ちょ、ちょっとルシエル……」
顔を近づけてきたルシエルが、私の猫耳に齧りついた。でもハムハムしているだけなので、痛くはない。だけど耳を甘噛みされている感触と、舐め回されている感触で、耐えられない。
「ううう……ちょ、ちょっとルシエル……やめてください……ひいっ」
「ハムハムハムハム……猫耳め……これは……いいものだ……」
どうしよう! どうにかやめさせようとしたけど、ルシエルの方を振り向くと、物凄く幸せそうな顔をしている。例えるなら、私の猫耳をハムハムしながら、このまま成仏してしまいそうな……そんな安らかな寝顔。
「カルビ……カルビ、助けて……」
ワウ?
毛布に埋もれているカルビが、ひょこりと顔を出した。目がまた合う。
「カルビ……お願い……ひいっ」
「ハムハムハム……こりゃええわい……」
これじゃ、眠れないよう! それにずっと、耳が変な感じ。ルシエルに噛まれ続けてベトベトになっているし……
泣きそうになっていると、察してカルビが私の方へ近づいてきてくれた。
丁度胸元辺りに来たので、私はカルビをガシっと抱きしめた。
ワウ!?
「カルビ……」
ワウワウワウ!?
カルビは何かを感じて、私から抜け出ようとした。けれど、そのまま逃がさないように抱きしめ続けた。それでなんとかルシエルに耳をしゃぶられながらも、眠る事ができた。身体の前意識を耳から、カルビへと向けていたから。
それにしても、ニガッタ村で出会ったハルもそうだったけど……どうしてハルもルシエルも、私の耳をハムハムするんだろう……
気が付くと、私も抱きしめているカルビの可愛い三角の耳を、唇でいじっていた。急に恥ずかしくなって、目を閉じた所で意識が遠のいて、また眠る事ができた。
光。目が覚めると、もう朝だった。
「う……うう……」
隣を見ると誰もいない。上体を起こして見回すと、テントの中にはルシエルやノエルだけでなく、カルビまでいなくなっていた。
あれ? って思う。ふとテント内の穴に目が行く。穴を塞いでもう修繕はしているけど、その……穴の痕。確か、アテナとルシエルが二人でキャンプしていた頃に、使っていたテントがこのテントで、その頃にゴブリンに襲われて、ここに穴を開けられたのだとアテナが言っていた事を思い出す。
「ルシエル……ノエル……カルビ?」
なんとなく、皆の気配を感じられなかった。完全に起き上がり、テントの出入口を開いて外へ出る。焚火、それに皆の荷物。だけど、姿がない。
「あれ……皆、何処にいったんだろう。荷物が置いてあるし……黙って何処かに行くなんて事も、絶対ないと思うけど……」
私が想像できないような事が起きたのか? 急に不安に襲われる。
「ルシエルーーー!! ノエルーーー!! カルビーーー!!」
大きな声で、皆の名前を叫んだ。ルシエル達が私を置いて、何処かへ行ってしまうなんて事は絶対考えられない。荷物だっておいてあるのがその証拠。なのに、なぜか少し目が潤んできた。あれ、おかしいな。涙が出る事なんてないのに……気が付くと涙目になっている。
「ルシエルーーー!! ノエルーーー!! カルビーーー!!」
私はもう一度、喉が張り裂けそうな声で叫んだ。
もしもこのまま皆と再会できなかったら、どうしよう……そんな可能性はないのに、更に不安になる。辺りは、沢山の木々に囲まれた森。川を流れる水の音。
あれ? 目から涙が一滴こぼれた。急に物凄い不安に襲われる。どうしよう、このままだったらどうしよう。そうだ、アテナがいれば……アテナなら!!
なんとか気持ちを落ち着かせて、冷静に考えようとした瞬間、川の上流の方から何かが流れてきた。
よく見ると、それはカルビだった。
「ええええ!! カルビーーーー!!」
ワウ?
カルビは私に気づくと、こっちに泳いで近づいてくる。そして川から飛び出すと、矢のように私の方へ跳んで走ってきて、飛びついた。カルビの身体は、ビショビショになっていたので、それで跳びつかれた私の服も濡れてしまった。
でもまさかの場所からのカルビの登場で、どうしようもなくなっていた私の中の不安は、何処かへ消えてしまっていた。




