第970話 『いい酒』
ガツガツガツ! ハフハフハフ!
猪の肉。こんがりと焼けた、とても美味しそうなその骨付き肉を見るなり、被り付くカルビ。夢中になって、食べている。
そんなカルビを見て微笑ましく笑いながらも、私とルシエルとノエルは、焚火を囲んで食事をしていた。
「そうそう、これがあった。猪の肉にはこれがいい」
「おっ! なんだなんだ」
ノエルは、自分のザックをゴソゴソと漁ると、皆で焚火を囲んでいる所へドンっと大きな瓶を置いた。ルシエルが、目を大きくして覗き見る。
「酒か!」
「酒だ。こんがりと焼いた、肉汁滴るジューシーな猪肉には、やはり酒だろ。酒がないと話にならない」
「おおーー!! いいねえ!! それじゃ、早速一杯やりますかー!!」
「ちょっと待て、慌てるな。今、ついでやるから!」
「早く、よこせよーーう」
「やめろ、ちょっと待ってろ!」
「早くーーん」
「バカ! 変なところを揉むな!!」
喧嘩をよくする二人だけど、一緒にお酒を飲もうというのだから、やっぱり本当は凄く仲がいいのだと思った。でもルシエルは、さっきお酒を一杯って言ったけれど、絶対それでは済まない事も私は知っていた。
絶対そうだよねーっと、カルビに視線を向けて背中を撫でて同意を求める。でもカルビは、猪の骨付き肉に夢中になっていて、それどころではなかった。
ノエルが取り出したお酒の入った瓶――それにルシエルがそーーっと手を伸ばす。それに気づいたノエルがその手をバシッと叩いた。
バシイッ!
「あいたっ!」
「こら、触るな!! これは楽しみにしていた酒なんだ! でもちゃんとお前にも飲ませてやるから、少し大人しくしていろ。今、コップについでやる」
「いっけずーーん。ノエルちゃんのいっけずーーん」
クネクネするルシエル。そんな彼女を、とてもつまらないものでも見るかのような目で見るノエル。私はノエルに聞いてみた。
「それ、葡萄酒ですか?」
「ははっ、やはりそう思ったか」
「え? 違うんですか?」
「いつもは、葡萄酒だけど、今日のは違うぞ」
少し自慢げな顔をするノエル。なんだろう。お酒には、あまり詳しくないし解らない。
あれ? そう言えば、私が最後にお酒を飲んだのなんて、ルシエルと初めて会ったニガッタ村だったような気がする。あの時は、カルビとの出会いもあって、ハルという冒険者とも仲良くなった。
ハルは、如何にも【シーフ】といった感じの女の子の冒険者で、とても優しくて可愛い人だった。私達がお腹を減らしているかもって心配して、ニガッタ村の酒場で出している美味しい料理を購入してくれて、私達のいるキャンプにわざわざ持ってきてくれた。懐かしいなあ……ハル、今頃どうしているんだろう。
少し昔の思い出に浸っていると、ノエルが言った。
「それで、ルキアはこの酒がなんだか解るか?」
「え? なにかな。葡萄酒でないとすると……あっ、もしかして蜂蜜酒ですか?」
「ミードか。それも違う」
ルシエルが、ノエルに飛び掛かった。先程からまったくこっちを気にする事もなく、ひたすら肉に齧りついている、カルビ。
「意地悪しないで、おしえてよーーーう!! ノエル、意地悪しないでーー!!」
「やめろ、ルシエル!! あっちいけ!! あたしから、今すぐ離れないとこの酒をやらんぞ!!」
サッと離れるルシエル。正座。
「よ、よし。それじゃついでやる」
「それで、そのお酒の正体は、なんなのですか?」
「フフフ、ブランデーだ!」
「ブ、ブランデー!? き、聞いた事ありますけど……ブランデーですか⁉」
「そうだ、高級品だ。結構値段もするんだぞ」
ルシエルが正座した状態から、ピョンピョンと器用に跳ねてみせる。いったい身体のどのあたりの力を使えば、そんな器用な動きができるんだろう。
「早く早くー!! 飲ませてよ、その高級酒とやらを飲ませておくれよーーーう!!」
「解った解った。それじゃ、今ついでやる。ルキアも飲んでみるか?」
「え? う、うーーん」
少し悩んでいると、ノエルは瓶の蓋をしているコルクを引き抜いて私の鼻先に近づけた。物凄い、いい香りが鼻に纏わりつく。
「な、なんですか、これ!?」
「だから、ブランデーだ」
「お、お菓子のような甘い香りがします!!」
「そうだな、この酒は、香りが最高にいい。だからお菓子に使用したりもするそうだぞ。あと、なんて言ったけ。あのアテナの好物で、たまに飲む奴」
「ミルクティーですか?」
「そう! ロイヤルミルクティーだ。ちゃんとした店、以前行ったブレッドの街の喫茶店なんかじゃ、それに香りづけとしてブランデーを数滴垂らしたりするんだ。ホイップクリームと一緒にな」
「聞いているだけでも、美味しそうですね」
「はは、そそられるだろ? どうだ? 強い酒だけど、少し味見してみるか?」
「はい。それじゃ、少しだけ」
ノエルはニヤリと笑うと、3人分――それぞれのコップにブランデーをついだ。
「うへーー、美味そう!!」
「こら、ルシエル!! まだ飲むんじゃねえ!!」
「えーーー、まだ飲ましてくれないのかよーー。もう、いいだろ? 正座もして行儀良く待っていたしさーー」
「まあ、待て! もう飲む。でもその前に乾杯だろ? 違うか?」
「おおーーーう。確かにそうだった。乾杯だ! な、ルキア」
「はい! 乾杯ですね!」
何に対して乾杯なのかは、解らない。だけど私とルシエルとノエルは、お互いにブランデーの入ったコップを掲げた後に、重ね合わせて乾杯をした。
「ルシエル、アテナ不在だ。お前が音頭をとれ」
「うむ。それじゃ、オレ達の素敵な出会いと、これからの心踊る冒険に乾杯!!」
『乾杯―――!!』
ノエルとルシエルは、ブランデーを一口飲むと、更にもう一口。幸せそうな顔。カルビのように、肉に噛みつく。
「うおーー! 最高だな、こりゃー!! 美味い酒に美味い猪肉!! イヤーーー、たまらん!」
「あっはっは! 高級酒だぞ。しっかりと味わって飲め」
少し舌を出して、ペロって舐めてみる。確かに、甘くて美味しい。
それにお酒を飲んで食事をするなんて、ちょっと大人みたい。
ルシエルとノエルの笑い声。一心不乱に肉と格闘を続けているカルビ。私もいつの間にか、ずっと笑顔になっている事に気づいた。




