第964話 『仕方ない』
こんな夜更けに、私達のキャンプに訪れた……ううん、私を襲いに来た怪しげな集団。その正体を暴いた。
斬られたフードの隙間から、その素顔が明らかになった。男は直ぐに、顔を拭うようにして正体を隠そうとしたが、私はその正体を知った。
「今更隠しても無駄よ。パスキア四将軍の1人、ロゴー・ハーオンさん」
「ぐっ!! 見られてしまったか!!」
「こんな夜更けに私みたいな、か弱い女の子を集団で襲いに来て、いったいどういうつもりなのかしらね」
「化物級の力を持っていて、よく言う」
「言い方! そこは、そんな感じじゃなくて、凄い剣の腕とか、凄腕の剣術使いとかそういう風に言ってよね。それだと、凄いマッチョな感じに聞こえるでしょ」
言っておいて、ノエルの顔が浮かんだ。ノエルは、そんじょそこらの力自慢の男の人も驚く位の、怪力の持ち主。だけど見た目は、背も小さいし太ってもいないし、筋肉質にも見えない。普通の可愛い少女に見える。
だけどノエルは、ハーフドワーフだもんね。ドワーフと言えば背は低いけれど、タフで力持ち。そうそう、もちろんデルガルドさんはまた別だけどね。あの人は、巨人の血が入っているんじゃないかって思う。
「でも、なぜあなたが私を襲いに……」
「くっ……」
ロゴー・ハーオンの表情からなんとなく、その答えは読み取れる。周りにいるロゴー・ハーオンの部下達は、彼の正体が私に見破られた事、それとその正体が明らかになっても、この私がぜんぜん微塵も取り乱していないのを見て、同様をし始めていた。
やっぱりね。そういう事か。
一瞬、パスキア王国にも闇があり、その者達が私を暗殺しに……とか、もしくは拘束しに来たとかも想像したけれど、ロゴー・ハーオンの顔を見て解った。これは単なる私怨。
フィリップ王やメアリー王妃、その他大勢の前で、こんな見た目はただの女の子の私に倒されたもんだから、凄く根に持っている。
しかも二度に渡って負けたから、その逆恨み的な感じか……もしくは、自慢の部下をやられてメンツを潰された、セリュー第二王子の差し金か。もしくは、その両方。
「なるほど、私に負けた仕返しって訳ね」
「くそっ!」
「図星……でも、それなら良かった」
「なんだと?」
「だってそれなら、あなた達の狙いは私であってカミュウではない。それに、きっとそういう事なら、私の命までは、取りにきた訳ではないんでしょ。まあ、取られるつもりもないけれど」
ロゴー・ハーオンは、激しく私を睨みつけた。そして剣に手を伸ばす。
やっぱりさっき私の言った事は、本当に図星だった。だから余計に、怒りにまみれているのだろう。だけど、本当の事だもん。
私をちょっと脅かしてやろうとしたのかもしれないし、少し怪我を負わせて痛い目にあわせてやろうとしたのかもしれない。もしくは、乱暴を働こうとしたのかも。
だけど殺すことは、できない。もしもそれが明るみに出るような事があった場合、とんでもない大事件になる。
パスキアを代表する四将軍の1人が、隣国クラインベルトの王女を殺めたなんて知れたら、国際問題どころではなくなるから。お父様の事だから、きっと戦争にもなる。セリューもこのロゴー・ハーオンも、それは十分に理解しているし、望んではいないはず。
「アテナ!! 大丈夫なの⁉」
その時、テントの中からカミュウが這い出してきた。テントの中にいてと言ったけれど、私の事が心配になって出てきてしまったみたい。ロゴー・ハーオンは、慌てて素顔を隠す。
「だ、誰なの⁉ 盗賊!! 盗賊が襲ってきたの!?」
焦るロゴー・ハーオン。事がカミュウに知られれば、問題になるとでも思ったのかもしれない。
「そうよ、盗賊よ。でも私なら大丈夫。全員を相手にしても、あなたを守ってみせるから。それとね、盗賊さん! 気軽に襲ってきたようだけど、私達はこう見えて王族よ。冒険者じゃないわ。だから、私達を襲ったりなんかすれば、後々大変な事になるんだから!」
きっとこの場で、バラされると思ったのかもしれない。だから思ってもみない展開に、ロゴー・ハーオンは一瞬固まった。そして直ぐに我を取り戻すと、部下達に命令して慌ててこの場から去って行った。
ふう、やれやれ。きっと、あれかな。自身の仕返しの為、そしてセリューに命令されて。ここでカミュウがキャンプしていると知って、陰ながら護衛をする為に……やってきてしまった。
……そんな所だろうね。
まあでも、ジーク・フリートやジュノー・ヘラーじゃなくて良かったよ。もしもあの二人が追ってきていたのなら、私はカミュウを守りながら戦う自信は、流石にちょっとないかもしれない。それ位に、あの二人からは化物じみた強さを感じたから。
師匠程ではないと思うけれど、モニカやゲラルド位のクラスかもしれない。
クウウウーーン。
テントの周りに固まって、我慢してくれていたウルフ達が揃って鳴いた。私は皆にもう安心だと言って聞かせた。
「アテナ、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。流石に盗賊って言っても馬鹿じゃないだろうしね。その辺の盗賊団が一国を相手に戦争する気なんてないだろうから、とりあえずは大丈夫じゃないかな。皆ももう大丈夫だよ」
クウウーーン
1匹1匹、ウルフの頭を撫でたり、背をポンポンと叩いたり、喉をくすぐったりして緊張をほぐしてあげた。
「それじゃ、一難去ったって事で、もうひと眠りしましょうか」
「ええ!? 今、こんな事があったのに?」
「うん。だってもう平気だよ。まあそうでなくても、まだ辺りは真っ暗だしね。寝てないと明日一日、眠気と戦わなくちゃならなくなるよ。だから、もうひと眠りしようよ」
「う、うーーん」
また盗賊が襲ってはこないか。カミュウは、不安な顔で辺りをキョロキョロと何度も見て警戒をしていた。
そんなカミュウを気にする事もなく、私は魔物除けにと焚火に薪をくべて火を作ると、カミュウの手を引いて再びテントへと入り、再び眠りを貪った。
周りにいるモフモフのウルフ達に、埋もれて夢の中へ――