第963話 『刺客登場?』
――――夜中、物音がして目が覚めた。外で眠っているはずのウルフ達の唸り声。何かに対して、威嚇している?
「……アテナ?」
「外に誰かいる」
「!!」
「とりあえず、カミュウはここにいて」
起き上がり、自分の剣を掴むカミュウ。不安そうな顔。
人間は通常、恐怖を感じると動きは固くなり、思った行動がとれなくなる。私はカミュウを安心させる為に、にこりと微笑みかけるとウインクをして「大丈夫よ」と言った。そして二振りの剣を腰に差して、テントの外へと這い出る。
――――暗闇。まだ深い夜の中だった。
焚火のある場所に目を移すと、もう火はくすぶっている程度。私達のキャンプ、周囲にいるウルフ達は、低い唸り声をあげて森の中に潜んでいる何かをずっと威嚇している。
私は一振りだけ剣を抜くと、まず周囲にいるウルフ達に呼びかけた。
「私の言っている事、もしくは気持ちを理解できるなら皆、テントの方へ下がって」
グルウウウウウウ!!
それでも牙を剥き出して、唸り声をあげるウルフ達。
「お願い……お願いだから言うことをきいて……」
もう一度、心を込めてそういうと、一番大きなウルフが一瞬警戒を解いて、カミュウのいるテントの方まで下がった。すると他のウルフ達も、それに続く。
それを見て私は、ホッと胸をなでおろした。
「言う事を聞いてくれてありがとう、皆」
私一人、前に出る。息を吸って、大きな声で闇に潜む誰かに向かって言った。
「そこにいるのは、解っているわ!! 出てきなさい!!」
…………
返事はない。だけど、気配からして複数いる。虫の声だけが、聞こえてくる。
「もう一度聞くわ。誰かいるの? このまま出てこないなら、それでもいいけど――それならそれで、ここからそっちへ、【火球魔法】を打ち込んでもいいんだからね。単なる脅しだと思っているなら、試してみるといいわ」
そう言って右手を翳すと、魔法を詠唱して光を集めた。でも実は、唱えて発動しようとしているのは【火球魔法】ではなく、【魔法の灯】という魔法。
破壊力などは無くて、薄暗い夜や洞窟など暗闇で辺りを照らしたり、焚火や松明などに着火する為に使用したりする便利魔法。戦闘というよりは、魔法使いが日々の暮らしで使用したりするのも一般的に知られている。
だけど目の前で身を隠している何かを脅すには、十分なブラフになったみたい。
暗い森の中から、数人の男達が現れた。数を数えると、14人。でもまだ潜んでいる者がいるかもしれない。
男達は、ローブにフードを被って正体を隠していた。普通の盗賊なら、まずこんな面倒な事はしないし、むしろ厳つい顔をさらして、脅しをかけるはず。
「こんな夜分にこの人数で尋ねてくるなんて、あなた達いったい何者?」
ローブにフードを被った男達は、剣を抜くと囲むように広がって私に剣先を向けた。
クラインベルトからパスキアへやってくる時に、襲ってきたドルガンド帝国の刺客。二人の将軍と、ルーラン王国の騎士らしき女の子。その者達の仲間かもしれないと思った。
あのまま私達を追ってきているなら、パスキア王都から出てきた私は、格好の的。ついでにカミュウ王子までついてくる。
だけど……観察を続けていると、それとも違う気がする。
「ふーん、武器を私に向けたんだから、それは敵意があるって理解してもいい訳よね。できれば、今は大好きなキャンプ中だから、誰かと殺し合いをしたりとかしたくないんだけれど」
ローブの男達は、私のセリフを聞いて武器を構えなおした。どうやら、私とやり合う気。思いとどまるつもりは、微塵もないらしい。狙いが私だけであるなら、カミュウが危険にさらされることもなくていいかもなんだけど。
「かかれ!」
『うおおおお!!』
一人が命令をした。すると、一斉に5人がかかってきた。剣。私は、素早く男達の攻撃を回避すると素早く反撃をして、襲ってきた全員を峰打ちで転がした。
「ぐはあ!」
「うわあ!」
一軒見た目は、如何にも刺客っぽい。だけどやはり、強くはない。斬りかかる動きも直進的で、教科書通りと言った感じ。とても暗殺者とかそういう修羅の剣ではない。
一瞬、ジュノー・ヘラーやジーク・フリートの仲間かとも思ったけれど、そうじゃないみたい。それに……私が一度に5人も打倒したのを見て他の者達が動揺をした。その時、1人の男の剣の鞘がローブからはみ出して見えた。
あれは、どう見てもいいもの。いいものっていうのは、その言葉の通り高級品。宝剣っていうと、言い過ぎかもしれないけれど、鞘にデザインされてる柄や、小さな石はきっと宝石。そんな装飾が施されている。
何処かで商人を襲って奪ったっていうなら解るけれど、とても賊が使用している剣じゃないし、もしも賊なら相当な変わり者かそれが気にいっているかでもなければ、手に入れた時点で売り払って換金してしまっているはず。
さっきの5人とは別の者が、今度は2人かかってきた。私は苦も無く、その男達を打って倒した。
やっぱり盗賊みたいな喧嘩殺法でもないし、ジュノーやジーク・フリートのような修羅の剣でもない。だからと言ってローザのような洗練された剣でもなく、なんていえばいいのか……要は、お行儀のいい剣。
はっきり言って、こんなお行儀のいい剣を使う暗殺者や賊を私は見た事がない。なら、思い当たるのは――
私は剣を一度鞘に収めると、思い切り地面を蹴った。先ほど、周囲の者に「行け」と命令した男と一気に距離を詰める。そして剣を抜いて横一閃。
男が深くかぶっているフードを斬り裂いて、その正体を暴いた。




