第962話 『ええ、割り込みますとも』
テントに入ると、何匹かのウルフも一緒に中へ入ってきた。
「こらー、っもう、本当にこの子達はー」
クウーーーン……
「最初に私達の前に現れた時は、こんなにニーーーって牙を剥き出しにして、こんな怖い顔して襲い掛かってきたクセにーー。本当は、こーーーんな甘えっこちゃんだったなんてね。わしゃわしゃわしゃーー!!」
グルウウウウウ。
暫し、テントの中でウルフ達と戯れる。そして横になると、隣で一緒に寝転がっているカミュウもウルフ達に埋もれていた。
「うぷっ……獣臭い……」
「狭いしね。でも?」
「暖かいね」
二人で大笑いする。そしてカミュウが言った。
「今日はアテナのキャンプに招待してくれて、ありがとう。本当に楽しかったよ」
「私もだよ、カミュウ」
カミュウの方を向くと、彼もこっちを見ていた。そしてカミュウは、思い切った様子で私の手を握った。テントの中、周りには何匹ものウルフが気持ちよさそうに丸くなって、私達と一緒に眠ろうとしている。
「ど、どうしたの、カミュウ?」
「アテナはさ。僕との縁談、どう考えているの?」
「わ、私は……エスメラルダ王妃と約束をして……」
「約束?」
「……うん。実はね……」
私の本当の気持ち。ノクタームエルドにあるドワーフの王国であった出来事。その時にエスメラルダ王妃と、現在彼女を護衛する為についてきている『鎖鉄球騎士団』の助けを借りた事。その借りができて、それを返すために、エスメラルダ王妃が兼ねてから進めていた、パスキア王国の王子……つまりカミュウとの縁談の話を呑む事になった事などを正直に話した。
だから私は、仕方なくパスキア王国にやってきている。エスメラルダ王妃との約束は、縁談相手のカミュウに会う事までだという事で、端からそのつもりであったと。
縁談は断るつもりで、ここへやってきているのだ。冒険者をやめる事も世界を旅して、見て回ることも諦めるつもりは毛頭ないのだと――それをカミュウに全部話した。
カミュウは暫く黙っていた。何か考えている。もしくは、怒っているのかもしれないと思った。当然だと思う。エスメラルダ王妃は、私達の気持ちなどは考えていない。無事に政略結婚が成せればそれでいいのだろう。そして私も、自分の事ばかり考えていた。
対してカミュウは、違った。これが政略結婚だと知ってはいたけれど、縁談相手と会うのだから、少しでもその相手がどういう相手なのか、一生懸命知ろうとしてくれていた。つまりは、私の事を――
だったら、私はカミュウに凄く失礼な事をしている。ここで罵られても、叩かれても仕方がないかもしれない。カミュウは会ってみて解ったけれど、とても優しくて可愛くて誰からも愛されそうな王子様だと解った。
そんな純粋な王子を傷つけてしまったのなら、怒られるのは当然だ。だけど彼は私の手を握ったままだった。
「僕も白状すると、正直この縁談については、最初は冷めた感じだったんだ。だけど相手がクラインベルト王国の第二王女アテナ・クラインベルトだと聞いてから、気持ちがなんだか少し熱くなったんだ」
「熱く……」
「うん。君の噂は以前から聞いていて……最初は、噂好きの王宮メイドの話を偶然耳にした時かな。かなりのお転婆なお姫様とか言われていて、驚いたんだ。そんなお姫様がいるんだって知って、興味が湧いて……それから色々と噂を集めてみると、アテナはクラインベルト城から逃げ出して冒険者になっているとか、ドワーフの王国を救ったとか、地竜を斬って倒したとか、そして王都ではキャンプ好きが高じて、王都に自分のキャンプ場を作ってしまったとか。あははは、どれも最高に面白い話を耳にしたよ」
「うーーん、キャンプ場は私じゃないよ。それは、お父様と妹のルーニが作ったのよ。それに有料らしいけど、一般開放もしているって」
「へえ、そうなんだ。そうだとすれば、セシル王とアテナの妹君もアテナに負けず劣らずなんだね」
カミュウはそう言って微笑んだ。そして私を見つめる。
「アテナ」
「な、なに?」
「最初は、僕も縁談には冷めた感じで乗り気ではないって言ったよね。だけど今は違う。実際にアテナと会って、こうして一緒に素敵な時を過ごして楽しんで、今みたいに会話して……思い切っていうけど、僕はアテナに惹かれ始めている」
「え⁉ そ、そ、それは……」
私の手を握る力が強くなった。そして、顔を近づけてくる。カミュウ。綺麗な女の子のような顔。
「アテナ……」
「カ、カミュウ?」
しっとりとしたカミュウの唇。どどど、どうしよう!! こ、このまま、この雰囲気じゃ!! い、嫌じゃない!! 嫌じゃないけれど、このままじゃキスしちゃうよ!!
「僕は、君の事が……」
「ちょ、ちょっと待っ……」
こんな時にルシエルがいれば、絶対邪魔に入るのに!! いないから、それも期待できない!! どうしよう、どうしよう!! カミュウをここで受け入れてしまったら、そのまま私……気がついたらパスキアのお姫様になっていそう!!
そ、それは駄目!! でもどうしていいのか――
「アテナ……」
カミュウの唇。も、もう……
ムチュ!
いったいどうしていいか解らず、「駄目!!」と叫んで、カミュウを止めようとした。その瞬間、私とカミュウの顔の間に、何かが滑り込んできて、カミュウはそれに顔を埋めてしまった。
「うっ……獣臭い……」
ガルルル。
「あははは。っもう、この子ったら。本当に甘えっこになっちゃったね。もう!」
私はこの場でカミュウの気持ちに応える事はできずに、彼との間に滑り込んできたウルフの鼻にキスをした。
カミュウには悪いと思ったけれど、私はこの邪魔をしてくれたウルフに、心の中で密かに感謝しつつ、なんだかホッとしていた。