第96話 『トゥターン砦 救出戦 その1』 (▼テトラpart)
私達は、マリンの途轍もない魔法の力を借りて、ホーデン湖を渡りきる事ができた。そして、その先に広がる草原地帯を突き抜け、林道をひたすらに真っ直ぐ歩いた。
林を抜けると、そこにはルーニ様をお救いするべく目指していたトゥターン砦がその姿を現した。
――とうとうここまで来た。そう思った刹那、テトラが砦の門の上部から吊るされた何かを指して、悲鳴をあげた。
「そそ……そんな…………嘘っ!! ルーニ様!! あれは、ルーニ様!! そんな!! いやああああああ!!!!」
「落ち着きなさい、テトラ!!」
パンッ!!
私は、テトラの顔を軽くぶった。アーサーとマリンは、いきなりの展開に驚いて戸惑っている。でも、関係ない。テトラには、しっかりしてもらわないと!
「落ち着きなさい、テトラ!! ルーニ様をお救いしなければならない私達が、取り乱していてどうするの? あなたがあのキャンプで、私に語った事は嘘だったのかしら? あなたの誓いが、本当なのだとしたら、最後の最後……本当の最後という時まで絶対に諦めないで! それが使命であって、私達がしなければならない覚悟よ」
テトラは、溢れ出る涙を拭うと、私に向かって深く頷いた。
私は、ザックから携帯用の望遠鏡を取り出して覗いた。――――やっぱりね。私は、溜息を吐くと望遠鏡をテトラに渡した。望遠鏡を受け取るテトラの手は、小刻みに震えている。
「しっかりしなさい! そして、ちゃんと自分の目で確かめなさい」
テトラがその望遠鏡で、門の上部に吊るされているそれを確認する。そしてそれが何か判明すると、テトラはその場に腰から崩れ落ちた。
「せせせ……セシリアさん。これって……」
アーサーが近づいてきて、テトラの言葉に続いて言った。
「吊るされているのは、いったい誰だったんだい? まさか君達が探している人だったのか?」
違う。ルーニ様ではない。人間ですらなかった。私は、首を振った。
「いいえ。あれは、人ではないわ。人形よ。人形に、ルーニ様のドレスを着せて門の上から吊り下げているんだわ。…………挑発しているのか、悪ノリなのかは解らないけれど、どうやらあの砦には、とんでもなく悪趣味な奴がいるようね」
「人形だと……? 本当かい? それで、どうするんだい? 乗り込むっていうのなら――――折角ここまで来たんだ。酒場の時のように僕も加勢させてもらうけど。でも、全部上手くいったら、ちゃんと僕とデートしてよね」
なんとしてもデートの約束を取付けようとするアーサー。でも今、ここで私達の戦力になってくれるのは何よりもありがたい。願ってもない事。私はアーサーの目をしっかりと見て、頷いて応えて見せた。
「いいわ、約束するわ。だから最後まで私達の力になってね。期待しているから」
私は、テトラ、アーサー、マリンの顔をそれぞれ見渡すと、考えていたルーニ様救出の為の策を話した。
「まず、あの悪趣味な人形――――あれを見て確信したわ。あの砦に、ルーニ様は必ず捕らわれている。あの人形に着せているドレスは、ルーニ様のもので間違いないわ。それだけでも、まずあの砦にルーニ様がいらっしゃる事は、まず間違えないと考えていいわ」
それを聞いてアーサーは首を傾げる。
「ドレスがルーニ様のものっていうのは、そのルーニ様に使えているメイドのセシリアちゃんが言っている事だし、そうなんだろうとは思う。だけど、あんな悪趣味な事をする意味って何かあるのかな?」
私はもう一度、砦に吊り下げられた人形を見るとため息をついた。
「きっと私達を、おちょくっているのでしょうね。単なる、挑発かしら」
「なるほど……挑発か。つまり、助けられるものなら助けてみろって事か」
「でも、本当に考えがある相手なら、あえてあんな事はしないと思うわ。逆にとんでもない凶悪な相手なら、本物を吊るすはずだし。だから、私が思うにあれはやっぱり単なる悪ノリね。私達が、ここを見つけ出せると思ってもいないし、ここまでやってくるとも思ってない。だから、そんな相手を小馬鹿にしているという事なのでしょうね」
テトラの耳がピクピクっと動いた。
「でも……私達の事を、おちょくって甘く見ているんでしたら、むしろ砦に侵入するのに好都合ですね! セシリアさん、私はどうすればいいですか? ルーニ様をお救いする為なら、私は誰とだって戦います!」
さっきまで、ルーニ様が亡くなられたと思い込んで悲鳴をあげていたのに…………
テトラは、本当に強くなった。ルーニ様をお救いしたいという気持ちも、今は本物に感じる。私も負けてはいられない。だけど、まずはテトラの力…………その武力が必要だ。
「それなら良かったわ。テトラには、早速敵と戦ってもらう事になるのだから。あの砦には、今ここから見える南門の他に北門、西門、東門があるわ。まずテトラは、ここから見える南門に突撃して、あの砦の兵たちをできる限り引き付けてほしいの。そうしてくれたら、その間に私達は西門から侵入する」
「はい!! 任せてください!」
思いの強さの表れ。強く返事をしたテトラだったが、マリンはその姿を心配そうな顔で見つめた。それもそうだった。ルーニ様を救出する最良の策だとしても、私はテトラに、おとりになってほしいと言ったのだ。テトラは極めて危険な事に、身を晒される。
「なるほど。なかなか面白いけど、危うさが漂う作戦だね。つまり端的に言うと、テトラは敵の戦力を一手に引き受けるって事だよね。もしもあの砦の兵力が、テトラの戦闘力より遥かに上回っている場合、テトラは押し潰されちゃうよ」
「心配無用です! マリンさん。私、押し潰されるつもりもありませんし、押し潰されてもかまいません! セシリアさんか私、どちらかが絶対に、ルーニ様を救出して帰る事ができればそれでいいです。それで、私達の勝利なんです!」
私はテトラをおとりにしようとしている。でも、ただおとりにしようと考えて作戦を練っていた訳でもない。そんな私の事を信じてくれるテトラの事を、私も信じている。
「そう言ってくれるなんてありがとう、テトラ。確かにそれが私達の勝利。だけど、一応大きな希望もあるのよ」
「大きな希望?」
「実はダーケ村を出る時に、王国宛に書いた救援要請の手紙を村長さんに預けたの。ルーニ様の捕らえられている居場所も、判明したって書いたわ。だからなんとか耐える事ができれば、そのうち私達に増援がやってくるわ。そしたらもう、私達の勝利よ。だから、それまで耐えて、テトラ」
「はい!! それなら、それまでなんとか耐えきってみせます!!」
「増援がくるなら、それまで待つっていう方法はとらないのかい? 到着してから、突入した方が安全じゃないかな?」
王国から増援が来るという事であれば、アーサーが言った事は当然考える事だった。生きるか死ぬかに係る……確かに重要な事だ。確実に間もなく増援が来ると解っているのであれば、待って合流した方がいいのかもしれない。だけど…………
「万が一、増援がここへ来る途中に敵に発見され、強襲されてここへ辿りつけなかったり、何かしらのアクシデントで遅れてくるっていう可能性もゼロではないわ。それにその間に、ルーニ様が無事だという保証はないし、また別の場所へ移される可能性だってある。だから今は、一刻も争う状態だと私は思っているわ」
「なるほど、確かに言われてみればそうかもね。了解した」
私は、私の事をルーニ様救出の先行部隊だと思っている。私にできる事は全てやっておきたい。もし何かあったとしても、増援部隊に託す事もできる。それならその託すものは、できるだけ次に繋げられる大きなものを託したい。
「じゃあ、テトラ!! お願いね」
テトラは、強く頷いて槍を握りしめた。そして、南門の方へ向かおうとした――――その時。
マリンが立ち上がった。
「待って待ってよ。もーーう、しょうがないなー。ちょっと面倒だけど、受けた恩は返さなくちゃね。テトラが南門を襲撃するなら、ボクは北門を襲撃するよ。そうすれば、敵の戦力は南北に分かれてもっと分散するだろうし、テトラの負担も軽減するし、セシリアは更に侵入しやすくなると思うよ」
「ありがとう、マリン! あなたがそうしてくれると言うのなら、遠慮なくその行為に甘えさせてもらうわ」
マリンは、北門がある方角を眺めると、そちらに向かって歩き始めた。
「信じれば絶対に全て上手くいくわ。じゃあ、早速作戦に取り掛かりましょう」
私は皆にそう告げると、砦に侵入する為にアーサーと西門へ向かった。
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〚下記備考欄〛
〇テトラ・ナインテール 種別:獣人
狐の獣人。本作第二章の、もう一人の主人公。クラインベルト王国王宮の下級メイドだが、伝説の狐の獣人、九尾の一族である事からセシル王に呼ばれテストを受ける。九尾でありながら、尻尾は4本しかない。だが、テトラ自身は棒術や槍術といった長柄武器を巧みに扱う事ができて戦闘力は非常に高い。それに加え、獣人特有の身体能力に恵まれている。栗色の長い髪に、丈の長いロングスカートのメイド服を着用している。攫われたルーニを救い出す為、セシリアと一緒に旅をする。ダーケ村でルーニを行方を掴んだテトラ一行は、ドルガンド帝国領のトゥターン砦を目指す。
〇セシリア・ベルベット 種別:ヒューム
クラインベルト王国、国王陛下直轄王室メイド。王宮に大勢いるメイドの中でも、トップに位置するエリートメイド。眼鏡をかけていて、長く美しい髪は知性だけでなく気品も感じる。戦闘能力は特にないが、国王陛下に対する忠誠の厚さは凄まじい。誘拐されたルーニを救出する為、テトラと共に選ばれたメイド。もちろん、彼女がその使命をやり遂げるのに適しているという判断のもとに選ばれているのは言うまでも無い。テトラと共に、ダーケ村でウェアウルフと戦い、ドルガンド領に入国する為に最短距離をとる為、ホーデン湖を渡った。
〇ルーニ・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国、第三王女。セシル王とエスメラルダ王妃の間にできた子供。アテナやモニカと父は同じで、エドモンテと母は同じという事になる。でも、アテナやモニカの事が大好きで、特にアテナに懐いている。現在はテトラの同僚で王宮メイドのシャノンと、賊に捕らえられてドルガンド帝国国境付近にあるトゥターン砦に連れていかれている。安否は不明。
〇アーサー・ポートイン 種別:ヒューム
旅をしているという冒険者で、レイピアを巧みに扱う【フェンサー】。クラインベルト王都のスラムの酒場でテトラ達と知り合ってから、彼女達をつけ回しているようだ。テトラ達には、ストーカーみたいだと思われ避けられ気味だったが、ドルガンドの砦からルーニを救出するのに彼の手助けは大きいものになると割り切る。
〇マリン・レイノルズ 種別:ヒューム
銀髪、三つ編みの少女。Cランク冒険者で、水属性魔法を得意とする【ウィザード】。水色の三角帽子とローブ、それに眼鏡が特徴的。本作79、80話で登場。クライドとという冒険者とその彼の仲間と共にルリランの森近くの古代の墓場へ宝を見つける為に行ったが、宝を目にしたところでクライド達に裏切られた。それからは、一人ホーデン湖の辺りまで旅をしていた所で、テトラ達と出会った。腹減りだった彼女にテトラ達は、食事を振舞った為、恩を返そうと旅の共になる。
〇トゥターン砦 種別:ロケーション
クラインベルト王国とドルガンド帝国の国境付近にある、砦。ドルガンド領にあり、かつて帝国がクラインベルトを攻めた時に、使用したものがまだ残っている。再びまた帝国がクラインベルトを攻める気を伺っているのか、砦は放棄せず今も帝国兵が駐留している。東西南北に門があり、それぞれに帝国兵が見張っている。
〇鉄の槍 種別:武器
テトラの現在の武器。ダーケ村で手に入れる。鉄製の為、頑丈で殺傷能力にも優れている。モップやデッキブラシを使って戦っていたテトラなので、この槍を手に入れてぐんと攻撃力が増した。
〇ボウガン 種別:武器
セシリアの現在の武器。ホーデン湖を渡ろうとしている時に、知り合った老人アンソンからもらった。もともとホーデン湖で漁をして暮らしているアンソンが護身用にしていたボウガンで、しっかりしたいいものだった。剣術、体術、。槍術など習った事のないセシリアがこれならと使ってみたが、意外にもセシリアに合った武器だった。
〇レイピア 種別:武器
アーサーの現在の武器。細身の剣で。突くという事に特化した剣。軽くて大きな針のような形状は、通常の剣よりも素早く突くことができる。アーサーは、この剣をかなり使い続けているようで巧みに使いこなす。スラム街のバーで見せたその剣のスピードは、目で捕らえられない程だった。
〇杖 種別:武器
マリンの現在の武器。魔法使いと言えば、定番で持ち歩いている杖。魔法増幅の効果が付与されていたり、何かの魔法を発動できる杖だったりするものもある。マリンは、杖を使って魔法を発動する場合もあるが、自分の腕から直接魔法を発動する場合の方が多いようだ。でも、旅をするのに杖があるのはいい。




