第956話 『思い付きのキャンプ その8』
火打石――今回、私が用意したものは鉄鉱石を加工した火打石で、お近くの村や街でも売られているキャンプにもご機嫌なアイテム。
それをもう一つの石にぶつけると、火花が飛び散る。
カチッカチッ! バチチッ!
「わあ、凄い火花だ! 僕がやるよりも、こんなに火花が飛び散るなんて……」
「フッフッフ、これも経験とコツかな。どう、凄い?」
「うん、凄いよアテナ」
あれれ。こういう場合、ルシエルなら「オレのが、上手くやれるんだー!!」とかなんとか言って、無駄な対抗心を燃やしてくるんだけどな。やっぱり、カミュウはルキアに似てとても素直な感じがする。
「カミュウだって、慣れれば上手くできるよ。私だって最初は上手くできなかったんだから」
「そうなんだ。でも、僕はこの火打石の原理事態を理解できていない。ただ叩けばいいって思っているし」
「あはは、いいんだよそれで。火打石は、こっちの石とこっちの石。二つの石を叩いて火を熾す道具だから」
「うん……」
目を火打石の方へ落とすカミュウ。ふーむ。
「火打石はね、二つで使用するものなんだけど、本来は火打石と火打金のセットで使用するものなんだ」
「へえ、そうなんだ」
説明を始めると、カミュウは顔をあげて私の顔を見た。目は爛々として、少し興奮している様子で私を見つめる。
「で、でで、でもこれ! アテナから渡された火打石は、両方とも石だったけど! 火打金って、金っていう位だから何か金属の道具だよね」
「おっ、気づいちゃったね。言ってしまうと、単なるその辺の石と石をぶつけても大きな火花は生まれない。じゃあ、どうして火花が生まれるか。その答えは金属なんだよ。金属に固い石をぶつける事によって、その衝撃で金属片が飛び散って火花になっているんだよね」
「あっ! もしかして、こっちの黒っぽい石は金属が入っている……鉄鉱石のようなもので、こっちのもう片方は、その鉄鉱石の金属片を弾いて火花を熾すための石。そういう事だね!」
「うん、大正解! 叩いて金属片を削る方は、できるだけ固い物がいいの。だからこっちの白い方の石は、メノウ石と言ってかなり硬度の高い石なんだよ。でも特に貴重な石でもなくて、村や街でも売っているし、山とか草原でたまたま手に入れる事もできるかな」
「す、凄い。僕はほとんど王宮で過ごしてきたから、こんな事を知らないし面白いよ」
「面白いと思ってくれているなら、良かった。フフフ、そうだ。これも使ってみる?」
「え?」
「ちょっと危険だから、向こうの川辺で気を付けて使ってみて。くれぐれも火傷とかしないように」
「や、火傷!? そ、それって……」
ザックから拳位の大きさの革袋を取り出す。それをカミュウに手渡した。
「このまま川辺まで持って行って、使用する時にその革袋から出すようにしてね。そして使ったら、その場でまたその革袋に戻す事」
「う、うん。でも、そんな……これは一体なに?」
「それは、使ってみてからのお楽しみー」
カミュウは言われた通りに、川辺に移動してから革袋を開けて中に入っている物を取り出した。それは仄かに赤い、石のような物。それが二つ。
「こ、これって!」
「火打石。だけど、ちょっと一般的なものに比べるとかなり強力だから、気を付けて使用してね」
ごくりと唾を呑むカミュウ。そしてその火打石を打った。
ボワアアアッ!!
「うわああああ!!」
一回打っただけで、火打石からは炎が舞い上がった。腰を抜かしてひっくり返るカミュウ。その様子に私は笑い転げた。
「な、なななな、なにこれ!? す、凄い!! もしかして炎を召喚する魔道具!?」
「違う違う。単なる火打石。でも正確には、石じゃなくて火打牙かな」
「き、牙……」
「うん。これは、ファイヤーリザードっていう魔物の牙なの。別名、火蜥蜴とかも呼ばれている魔物で、その体内には油袋があって、戦いになると敵に向かってその油を吹きかけるの。更にその時に、火打牙と呼ばれる自分の歯を打ち鳴らして、火花を熾して油に点火させる」
「なるほど、炎を吐く蜥蜴なんだ」
「そういうこと。パスキア王国や、私のいたクラインベルト王国には生息はしていないけれど、ガンロック王国には沢山生息していたの。それで遭遇して戦闘になった時に、倒して牙を頂いたんだ」
「た、倒したって……アテナ、君は本当に凄い王女なんだね」
「別に凄くはないよ。カミュウだって、私と同じ事をすれば同じことができるだろうし。それじゃ、そろそろいい加減焚火を熾して、食事を作り始めようか」
「うん」
「そうそう、その火打牙は、危ないから使い終わったらその革袋にちゃんと入れておいてね。その革袋の素材は、ファイヤーリザードの皮で作ったものだから、耐熱効果もあって安全なんだよ」
カミュウは火打牙を見ていたけど、それを聞いてまた驚く。今度はそれが入っていた革袋もマジマジと見始めた。
「凄いなー。それにしても、ファイヤーリザードって魔物は皮も牙も、こんなに役に立つものなんだね。もしもこのパスキアの王都で商人に見せれば、きっとかなりの価値がつくかもしれないよ」
「そうだとしても、これは私が丹精込めて作り上げたお手製の道具だから、ちょっと手放せないかなー。あっ、そう言えばファイヤーリザードのお肉も美味しかったんだよね。確か、カレーにして皆で食べたんだよ。その時に使用したライスがまた美味しくて。クラインベルトのニガッタ村っていう、ライスが特産品の村で仕入れて……」
「アテナ、アテナ! その話も興味深いけど、晩御飯の支度をいい加減しなくちゃ」
「あはははは、そうだったそうだった。ごめんごめん」
大笑いするカミュウ。私も頭を摩りながら、笑った。
パスキア王国の王子との縁談。聞いた時には、嫌だという言葉しか浮かばなかった。だけどカミュウに会って解った事。彼は驚くほど好奇心旺盛で優しくて、とてもいい人だと思った。
だからこそ、この縁談を断るとすれば、とても気が重くなってしまった。