第955話 『思い付きのキャンプ その7』
すっかり辺りは、夜になっていた。
暗闇の中、カミュウは焚火を熾す為に相変わらず薪と格闘を続けていた。今まで焚火なんてした事がないのだと思う。とりあえずマッチと火打石を渡したけれど、それでも上手く火を点けられずに苦戦している。
フフフ、でもこれこそがキャンプの醍醐味。上手くいかない事を試行錯誤して、色々工夫し試してみる。それが楽しみ方であり、薪に火が点いた時の喜びは感動に匹敵する。
「頑張って、カミュウ」
「うーーん、上手くいかないなー。どうすればいいんだ」
カミュウがあーだこーだと唸りながらも、手渡した懐中灯で手元を照らして奮闘している中、私は川辺でジャージースクワロルの解体を続けていた。
でもこういう事にすっかり慣れてしまっている私にとっては、楽勝かな。
鹿一頭とかそういうのなら、まあそれなりに大変なんだけど、いくら大型の栗鼠の魔物と言ってもその大きさは、子犬か猫程度。パンパンに肥えてはいるけれど、大きさはそんなものだから解体は大変じゃない。
既に血抜きも終え、皮も剥いで内臓も取り出した。川辺で作業しているから、サッと水も使えるしどんどん作業は進んでいく。石のまな板に、煌々と手元を照らしてくれるランタン。
カミュウが一生懸命に探してくれた石のお皿に、ジャージースクワロルから獲れた肝臓と心臓を取り分けて乗せた。
他の内臓は、残念だけど処分。川から少し離れた森の中の土に埋めた。獣が来るかもしれないので、本当ならキャンプの近くにこういうものを埋めた場合は、その上に聖水をふりまくとか、もう少し遠くに行って埋めるとかするんだけどね。まあ、今回はいいかなと思ってしまった。
「ううーーー!! なんでだよ、なんで、火が点かないんだ!! 木って言うのは、燃えるものだろ? どうしてなんだ、解らないよ」
あはは、頑張っている、頑張っている。でもそろそろ限界みたいだから、助けに行ってあげようかな。
「よし、さっさとやっちゃおう!!」
肉。血抜きを終えて毛皮を剥ぎ、内臓を綺麗に取り出したジャージースクワロルは、もう肉でしかなかった。美味しそうな食用の肉。それを今度は、切り分ける。肉と骨が繋がっているので、調理しやすいように――
それも終わったら、解体用のナイフやらを川で綺麗に洗って、カミュウが悪戦苦闘しているテントの方へと戻った。
「どう、カミュウ? なかなか火が点かないみたいだけど、そろそろって感じ?」
「あは、駄目だ。ぜんぜん点かないよ」
カミュウはその場で尻もちをついて、呻いた。
私はカミュウの近くによると、彼が焚火を熾そうとしていた箇所に目をやる。そして薪を手に取った。
「これじゃ、火は点かないよ」
「ええーー。そんな……火が点くと思って、わざわざあの倒木をここまで運んできて、薪にできるようにアテナから借りた鋸を使ってサイズも使いやすいようにしたのに」
カミュウの直ぐ隣を見ると、綺麗に30センチくらいの長さにされた薪が積み上げられている。あの二人で運んできた倒木を、使いやすいように切って積み上げたんだ。でも、それだけじゃね。
「アテナは、火属性魔法を使えないの? 使えるならそれで点火すれば、簡単だと思うけれど」
「使えるけど……キャンプでは、できるだけ使わないようにしているの」
「火の魔法が使えるのに、どうして?」
「それじゃ、面白くないでしょ。情緒だって無いし。だから緊急事態を覗いて、できるだけそういうのは無しにしているんだよね。面倒くさいかもしれないし、非効率的かもしれないけれど、キャンプっていうのはそういう面倒くさい所も楽しむものだしね」
「そ、そうなんだ。それじゃ、この薪に火を点けるのには、どうすればいい?」
「そうだねー」
私は辺りを見回すと、周囲を少し徘徊した。そして枯草を集めると、戻ってくる。
「枯草に火を点けるのか。なるほど、じゃあマッチがいいね」
「ううん、火打石の方を頂戴」
「え? でもマッチの方が簡単に火が点くんじゃ……」
マッチで直接、薪に火を点けようとしていた人の言葉。それじゃ、どう足掻いても点かないよね。
「いいから、いいから。今日はキャンプをしにここへ来たんだから。この際、合理性は無視して楽しみましょう」
「でも枯草ならマッチの方が……」
「そうかもしれないけれど、私は火打石を使いたいかな」
私は枯草を地面に置くと、火打石を手に取った。枯草に向かって、石を打つ。
カチッカチッカチッ!
「ふっむーーう、なかなか点かないね」
「うん。やっぱりマッチを使った方が……」
「そんな簡単に諦めていちゃ、面白くないでしょ。ちょっと待ってて、いいものを持ってくるから」
「いいもの?」
「そう、いいものよ」
カミュウにウインクすると、私はテントの方へ行き自分のザックをまたゴソゴソと漁った。そして平たい缶を取り出すと、それを持ってまたカミュウのもとに戻ってきた。
「それは、何? 何か金属の入れ物?」
「まあそうだね。缶だね」
缶とは、何かしらの金属で作られた入れ物。開け閉めできる蓋など細工などされている為、一つ一つ鍛冶職人が手作りしている。その為、木箱よりはお値段が高い。でも金属によっては、丈夫だったりするのでキャンパーはもちろんの事、冒険者などの間でも人気は高い。
私はザックから持ち出した缶の蓋を開けると、中から黒い布を取り出した。
 




