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第954話 『思い付きのキャンプ その6』



 ――――キャンプに戻った。


 いい感じの倒木と、よく肥えて丸っとしたジャージースクワロルを1匹。地面にそれぞれ置くと、乱れた呼吸で肩を揺らしながらもへたりこんでいるカミュウに向けて言った。



「さあ、急がないとどんどん暗くなっていくわよ。だからさっさと準備を始めよう!」


「う、うん」



 冒険者でもある私からすれば、こんなのいつもの事だしなんでもない。だけどこういう事に初挑戦のカミュウは、そうじゃない。まだまだ元気な私を見て、ちょっと引いているかも。



「それじゃカミュウ。ジャージースクワロルの解体か、焚火の準備。どちらか手伝って欲しいんだけど」


「う、うん。それじゃあ……」



 カミュウは、まず横たわっている角の生えた大きな栗鼠の魔物、ジャージースクワロルに目を移す。そして唾をゴクリと呑んだ。



「あ、あの。僕は焚火の方でもいいかな」


「うん、もちろん。それじゃあねー」



 テントの中に入れた、自分のザックを掴むと引っ張って、こっちに寄せる。ゴソゴソと中身を漁って、王都で調達しておいた食材や調味料などの他、鋸を取り出してカミュウに手渡した。



「こ、このナイフ、変わった形状のナイフだ。とても珍しいね」

 


 え? ナイフ?



「カミュウ、これは鋸だよ」



 エスカルテの街にある、私の親友ミャオのお店で購入した掘り出し物。大工や木こりがよく使用している無骨で大きな鋸ではなくて、とてもコンパクト。そして折り畳み式で、こうやってザックに簡単に突っ込んで持ち歩く事も簡単。


 このコンパクトで折り畳み式の物は、細工も凝っているし、ちょっとそこらでお見掛けしないレアもの。でも鋸自体は、何処の街でも売っている。カミュウは、それを知らない。



「ノコギリか……ブロードソード、ショートソード、レイピアにエストック。ダガーなどは知っているし、触った事もあるけど……なるほど、鋸というのか。刃がギザギザなんだね」



 さっきまでヘトヘトになっていたカミュウ。だけど今は、私が手渡した鋸をマジマジと興味深く見つめている。なるほど、箱入りの王子様だから、鋸なんて道具を知らないんだ……


 私はカミュウに鋸の使い方を教えた。



「拾ってきた倒木もそうだし、薪になるかもって集めた枝とかも大きいものがあるから、その鋸を使って手頃なサイズの薪にしてくれるかな。あと、鋸の使い方は刃を見れば解ると思うけれど、押して切るんじゃなくて引いて切るものだからね」


「う、うん解った。上手くできるかな」


「できるできる。できなかったとしても、やらない事には上手にならないしね。頑張って」


「うん、解った」



 戸惑っていたカミュウの目つきが変わった。鋸を握りしめて、集めた様々な木を手に取って、手頃なサイズに切り始める。うん、頑張れ! 


 ギコギコと鋸を引く音を聞きながら、私もジャージースクワロルの解体を始める事にした。


 ジャージースクワロル。たまにクラインベルト王国でも見かけるけど、栗鼠なんてほとんど普通の動物の栗鼠しか見ない。いたとしても、もう少し小ぶり。このジャージースクワロルは、一回りは大きく見える。



「よし、始めるかな!」



 焚火の事はカミュウに完全に任せて、私はジャージースクワロルを持って川辺の方へ行った。そして作業台になる位の平たい大きな石の上に、ジャージースクワロルを横たわらせるように置く。


 解体で愛刀『ツインブレイド』を使う訳もなく、だからと言っていつも私が持ち歩いている果物ナイフも使わない。用途が違う。解体用のナイフというものがあって、それを手に持った。


 まずはその解体用のナイフをジャージースクワロルのお腹に刺して、縦に斬り裂く。中にある内臓を傷つけないようにするのが一番大切なポイント。あっ、そうだ!



「カミュウ! ちょっといい?」


「え? うん!」



 薪と格闘していたカミュウがこちらに駆けてきた。そして腹を裂かれた血まみれになっているジャージースクワロルを見て、口を抑える。



「う、うっぷ!!」


「お願いだから、ここで吐かないでね」



 頷くカミュウ。そして腹を裂かれたジャージースクワロルから目線を反らして、気持ちを落ち着かせる。



「な、なに? よ、呼んだよね」


「うん。ちょっとさ、平たい石を見つけて、それを川で綺麗に洗って私にくれるかな」


「平たい石?」


「うん、お願い。今、見ての通り手が離せなくて」



 別にこちらは狙ってじゃないけど、カミュウはまた無残にも腹を裂かれて血まみれになっているジャージースクワロルを見てしまった。また口を抑えて、えずく。



「う、うっぷ!」


「ちょっと、だめよ! 絶対、ここで吐かないでね!! 吐くなら向こうでお願いします!」


「うう……うっぷ! も、もう大丈夫だよ。うん、もう見ないから」


「それじゃ、さっき言った石。探してくれる? ちょっとしたお皿代わりにしたいんだけど、川辺ってそういう石が結構あったりするから、見つけられると思う」


「うん、任せて」



 カミュウは頷くと、焚火係りという役目を一時中断して、私が言ったお皿にできる平たい石を探し始めた。


 腰を曲げて、真剣に川辺を見て回っている。だけど辺りはもう、薄暗くなり始めてきたので見つけるはちょっと苦労するかもしれない。



「カミュウ、これ使って」



 腰につけていた懐中灯を外し、カミュウに手渡した。



「こ、これはなに?」


「スイッチがあるでしょ。それを押してみて」


 カチリッ


「うわっ! 明るい!! な、なにこれ!! もしかして魔道具!?」


「えへへ、面白いでしょー」



 何度も頷くカミュウ。さっきまで疲れた顔をしていたのに、今は好奇心でイキイキとしている。


 私はにこりと笑うと、ジャージースクワロルの解体作業を再開した。

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