第953話 『思い付きのキャンプ その5』
森の中、カミュウと二人で倒木を引きずって運ぶ。
それにしても何度も言っちゃうけど、これはいいものだ。枯れ具合といい、色艶といい薪にもってこい。だけどこれは……
「はあ……はあ……」
「大丈夫、カミュウ。ちょっと一休みする?」
「はあ、はあ……い、いえ。大丈夫……!」
ズルズル……
沢山拾った、手頃な大きさの薪になる枝。それを持った上で、欲張ってこの倒木。ノエルに比べたりなんかしたら、私なんてかなり非力な方だけど、カミュウはそんな私よりももっと腕力がなかった。
まあ、どうみても華奢な可愛い女の子にしか見えないし、まだ12歳だもんね。男子として、弱音を吐くことができないんだろうけど……カミュウの倒木を持っている腕を見ると、小刻みに震えている。
「はあ……はあ……」
「…………」
!!
「あっ!」
「うわあっ! ど、どうしたの、アテナ!?」
唐突に二人で持っていた倒木から手を離した。カミュウは、私のいきなりの行動にびっくりしたのと、重さの限界で倒木から手を離してしまった。倒木はゴロンと地面に転がった。
身を少し屈めると、カミュウも何かあったのかと同じように身を屈める。そして私の方へ少し寄ると、小声で囁くように言った。
「な、なに⁉ 何かあったの? もしかして、ま、魔物!?」
「しーーーっ。もう少し、静かに。できるだけ音を立てないで、こっちに来て」
「え?」
傍まで来たカミュウの腕を掴むと、私の方に引き寄せた。
「え? ア、アテナ……ぼ、僕……」
私は森の中、向こうの方を指でさした。
「あそこ、見てみて」
「あそこって……え⁉ な、なんだアレは!!」
大きなオークの木。その木の枝の上に、パンパンに膨れた大きな栗鼠がいた。その大きさは、栗鼠だというのに子犬か猫位のサイズ。しかも頭には、牛のような角。
「え? カミュウ、あれが何か知らないの?」
「う、うん。城からはあまりでないから」
以外。パスキア王都から近いこの森に生息している魔物なのに、名前はおろか存在も知らないといった様子。きっとカミュウは、王都はおろか、普段生活しているお城から出る事もほとんどないのだと思った。
「あれはね、栗鼠系の魔物で名前は、ジャージースクワロルっていうの。牛みたいな角が特徴的で、敵に襲われるとあの角で反撃してくるのよ。本当に知らない?」
「そ、そうなんだ。ぜんぜん知らなかった。へえ、あんな生き物がこんな王都に近い森で生息しているなんて、面白いな」
「あれ? いくらお城から出た事がほとんどなくても、お城には王宮書庫があるでしょ? そういったイラスト付きの本とかあったんじゃない?」
「そういうのは、あまり読まなかったから。剣術とか魔法、兵法学とか政治の本がほとんどで……正直言うと、僕にはそういう本を読むのはあまり楽しくなかったけれど、父上や兄上が読むようにと言うから……」
「そうだったんだ。でもこれで、カミュウはきっとお城に戻ったら、ジャージースクワロルの記されている本を探して読むよね」
そう言ってウインクすると、カミュウは笑った。私は、ジャージースクワロルがいる木の方へ、ゆっくりと歩いて近づいた。木まではまだ距離がある。
「ア、アテナ! いったいどうしたの? もしかしてあの栗鼠を捕まえるつもりなの?」
「ううん、あの栗鼠は獲物」
「え、獲物?」
「そう、仕留めるの。つまり狩りをするの」
「えええ!! ……むぐ!!」
大きな声を出しそうになったカミュウの口を慌てて塞いだ。
もう一度、「しーーーっ」と言って人差し指を顔の前で立てて見せると、カミュウは頷いた。なので彼の口を塞いでいた手を引いた。
「あ、あの栗鼠を殺すの?」
「うん、殺すの」
「そ、そんな……」
私と木の上にいるジャージースクワロルを、交互に見るカミュウ。もしかしたら私が冗談を言っているのかもしれないと、そんな望みをかけたような目。だけどその気は、微塵もない。
「酷いとか、可哀そうだと思う?」
「え? そ、それは……」
「確かにそうだよね。でも、生きるっていう事は、何か他のものの命を奪って生きる事だからね。例えベジタリアンだとしても、植物だって生きているしね」
「う、うん。僕もハンバーグとか肉は好きだし……」
カミュウを見て、また幼い頃の自分を思い出した。
師匠にキャンプの事や、剣、体術など教えてもらって山とかに籠った時。最初の頃、私は森にいた兎を見つけた。それを師匠は、狩った。
その夜、焚火の前で師匠が調理してくれた兎の肉の入ったホワイトシチューを泣きながらに食べたっけ。兎が目の前で死んで、それが悲しくて悲しくて。でも、クリームシチューはとても美味しくて、まろやかで優しい味がした。
その時に師匠は、大切な事を私に教えてくれた。
普段、私が王宮などで美味しく食べている物は、他の何かの犠牲によってできているのだと。だからと言って、その度に過剰に心を痛める必要はない。けれど、食べられる事に感謝を忘れてはいけない。
師匠は、そういう事を常に心の何処かに置いておく事が大切だという事を、私によく語ってくれていた。
「これ以上は、気づかれるかな。でもまあ、ぎりぎり射程距離だし」
「しゃ、射程距離って……」
私は果物ナイフを取り出すと、すかさずパッと立ち上がり、目前の木の上にいるジャージースクワロルに向かって投げた。