第936話 『女の子同士』
フィリップ王が、用意してくれた部屋。王宮内なのでとうぜんなんだけど、とてもゴージャスな部屋だった。そこへ一度戻り、寛いでいた。
私の部屋の並びに、マリンとクロエの部屋があった。訓練場から戻ってきて、その部屋をクロエと共に覗くと、マリンはまだ戻ってきていなかった。うーーん、きっと書庫に入り浸っているのだろう。
マリンは、食べる事と本を読む事が大好き。常に食欲と、向学心に溢れている。だから、イーリスからこの王宮にある書庫がかなり大きいと聞いて、なんとなく簡単に戻ってはこないだろうという事は予想していた。
「マリンさん、まだ戻ってこられないですね」
「そうだね。今頃、夢中になって本を読みふけっているのかもね」
マリンが直ぐには戻ってこないのだと知ったクロエは、不安そうな顔を見せる。
クロエはソファーに座っていて、私はベッドに腰かけていたが、立ち上がりクロエの隣に座った。
「あの、アテナさん」
「なーに?」
「マリンさんが戻ってくるまで、わたし……アテナさんの部屋にいてもいいですか?」
「うん、いいよ」
そう言って、ふわりとクロエに軽く抱き着いた。
「ア、アテナさん?」
「あはは。カルビの代わりには、ならないかもだけど」
「ううん、嬉しいです。落ち着きます。あの……アテナさん」
「はーい、なーに?」
「アテナさんが、言っていた事なのですが……」
「え? なんか言ったっけ?」
クロエは俯くと、急にもじもじとし始めた。どうしたんだろう? 私、クロエに何か変な事を言ったっけ?
「あの……アテナさんがわたしの事を、い、妹みたいって……ルキアと同じだって……」
「あーー! 言ったかな。もしかして、嫌だった? でもね……」
言葉を続けようとした所で、クロエはこちらを振り返って、ブンブンと激しく顔を横へ振って否定した。
「嫌じゃないです!! 嫌だなんて、そんなの!! とっっても嬉しいです!! 本当にアテナさんがそう思ってくれているのなら、わたしとても嬉しいです!!」
「え? そ、それなら良かったけど……」
「わたし、一人っ子だから……もっと幼い時に、まだお父さんがうちにいた頃に、犬を飼ってくれました。わたしは物凄く嬉しくて……」
クロエの家には、クロエの他にあの母親と、フランクというどうしようもないチンピラがいた。でも犬は、もういなかった……
「わたし、一人っ子だし友達もいないし……お母さんにも見放されて……でもグーレスと知り合えてわたしは、凄く助けられた。だってグーレスはとても優しくて暖かいから」
グーレス……カルビの事。それかもしかしたら、その昔飼っていた犬の事……クロエは、その犬とカルビとを重ねているのかもしれない。
「だから、アテナさんが例えそうでなくても、わたしの事を一瞬でも妹だと言ってくれて、とても嬉しくて……」
クロエの肩に手を回して、彼女をこちらへ抱き寄せた。
クロエの身体は、初めて会った時からそうだけど、とても痩せていて、少し触れるだけでポキッて骨が折れてしまうんじゃないかって思ってしまう程だった。だから優しく抱き寄せる。
「もう一度言うけれど、私は既にクロエの事を、本当に本当の妹だと思っているよ。ルーニやルキアと同じようにね。それにきっと、ルシエルやノエルだって、クロエの事を私と同じふうに思っていると私は思うけどなー」
「え? ルシエルさんとノエルさんがですか?」
「あまり思い出したくないかもだけど、クロエがゲースの屋敷で捕まっていた時に、助けに行ったノエルの顔。本当に真剣な顔で、クロエの事を、絶対に何がなんでも助けるっていう顔をしていたんだよ。ルシエルだって、クロエにちょっかい出したり、こういっちゃなんだけど、いらない事をしてくる時があるでしょ?」
「っぷ。確かにありますね」
「あれは愛情の裏返し。ルシエルは、クロエが可愛くて仕方がないから、ああやってちょっかいを出してくるんだよ」
「あははは、確かにいつもルキアやグーレスって、ルシエルさんの餌食になっている感じがします」
クロエが笑うと、私も幸せな気持ちになる。
「でもあれだよ。クロエがそんな事言うから、今頃ルシエルは、くしゃみをしているかもしれないよ」
「ちょっと数時間前に別れたばかりなのに、もうルシエルさんやノエルさん。ルキアやグーレスに会いたいです」
「そうだね。でも皆とは、一時的に別行動しているだけだからね。パスキア王国での用事が済んだら、また合流して冒険者一行に戻れるよ」
「はい。でも……なんていうか、カミュウ様……とても優しい感じの方でしたね」
「え、そうだった? なんかイーリスとばかり喋っていた気がするし、カミュウ王子とはまだそれほど話していないから、まだ解らないけれど……でもクロエがそういうなら、そうかもね」
「ええ、そういう雰囲気を感じました。でも女の子みたいな方なんですよね」
「そうだね。最初に会った時は、王女の誰かだと思ったかな。顔も整っているし、凄く美形だと思うよ。正直、女の子にしか見えないし」
「アテナさんのタイプではないのですか?」
「そうだねー、どうかなー。改まってそういう話を振られると困っちゃうなー」
「す、すいません」
「ううん、でもあれかな。私はもっと個性的な人の方がタイプかな。ってなんか、こういう話をするのは、なんだか恥ずかしいね。えへへ」
「そうですね。なんだか、女の子同士のお喋りって感じですね。でも新鮮で楽しいです」
女の子同士でお喋り……
ルシエルやノエル、マリンもそうだけど、こういう話をすればきっと、もっとガサツな感じになるだろう。「おう、好きな奴でもいんのかー、言ってみ?」とかなんとか言って。
キョトンとしたような顔で、そんなセリフを吐くルシエルを思い浮かべると、可笑しくなってまた吹き出してしまった。




