第93話 『カッサス脱出』 (▼アテナpart)
レース終了後、私とルシエルとジェニファーは、拳を合わせてお互いの健闘を称え合った。
ジェニファーは、終盤恐ろしい程の奮闘ぶりを見せたが、今回はおしくも3位だった。だけどジェニファーは、絶対に負けたくないであろう相手、チギーとチャンピオンだったボルトに見事に勝利して見せた。その甲斐もあって、彼女の中では大いなる自信が満ち溢れているようだった。
「ルシエル、アテナ。また、この街に訪れる事があれば勝負をしよう。その頃までに、私がチャンピオンになって、その座に座り続けて待っているよ」
「言ったな! おもしろい!! そうなったら新旧チャンピオン対決だな。オレも楽しみにしているぞ!」
「なんか、チャンピオンになってから、ちょっと偉そうになったよね、ルシエル」
「うん? そうかね? オレはいつでもこんな感じだぞ。2位のアテナよ」
「う…………なんか腹が立つ」
次、ルシエルとレースする事があったら、どんな事をしても勝とうと誓った。
ハリルとジェニファーは、ルシエルの優勝を記念して盛大にお祝いをしたいと言ってくれた。だけど、私達は丁重に断り先を急ぐことにした。
ルシエルは、どんちゃん騒ぎしたがっていたから、かなり残念がっていたけどしょうがないんだよ。ちゃんと理由がある。
――――理由。
私もレースを走って準優勝でゴールするまで、そうなる事を全く想定していなかったんだけど、入賞する事でレース場全体に、私の名前が読み上げられてしまったのだ。
――――アテナ・クラインベルト。
そう。クラインベルトは、クラインベルト王国のクラインベルトだ。うーーん、まずいよー。
それに気づいてからは、レース場から逃げるようにして、ハリルの家まで移動したんだけど、見間違いでなければその間にクラインベルト王国の紋章が入った鎧を身に付けた騎士達が、街の中を徘徊しているのを見かけた。もうすでに、私がこの街にいるという事がバレてしまっている。早いよー。
だけどそれにしても、こんな所にクラインベルトの騎士がいるなんて、おかしすぎる。お父様も私が冒険者として旅する事は認めてくれている訳だし。
だとしたら考えられるは、エスメラスダ王妃。彼女の手勢が、私を捕らえて王国に連れて帰ろうとして、追ってきている。そして探している。そう考えるのが妥当だと思う。
ルシエルとルキアには、私が実はクラインベルトの第二王女だという事も言っているし、ラスラ湖でローザの送別会をした後の事も説明している。
二人をもう巻き込んじゃっている。……だから、このまま黙ったままではいられない。
エスメラルダ王妃は、私と私の姉の実の母では無い。そして、お互いに関係が良くはない事。王妃は私が冒険者になる事を望んではいない事。王妃にはエドモンテという溢れる程の野心を持つ息子と、ルーニという可愛い娘がいて、クラインベルト王国の次期国王を、エドモンテに継がせたいと思っている事。
それらの事も、ルシエルやルキアには多少話していた。だけど気を使ってなのか、ルシエルの反応といえば、「ふーーん、なるほど」っていう素っ気ないくらいの反応だった。ルシエルなりに、物凄く気を遣ってくれているのだと思った。
ルキアは、やっぱり王女だったと知ると、びっくりしてひっくり返っていた。
奴隷商の馬車からルキア達を助けた時に、エスカルテのギルマス、バーンが口走ってしまって私の事を王女って言ってしまった事。ずっとその事は、気になっていたみたいだけれど。
私が、そのことにあまり触れてほしくないという雰囲気を無意識に出していたのかもしれないけど、ルキアはずっとその事に極力触れないでいてくれた。ルキアは、そういう所が敏感でとても優しい性格をしている。
まだ、何もかもって訳にはいかないかもしれないけど、二人には折を見て順に私の事も話していきたい。…………うん。
旅の当初、ルシエルと出会うまでは、ずっと一人で旅する覚悟だった。だけど今は、皆と旅するのが楽しい。私は本当に素敵な出会いに恵まれたんだなって改めて思った。
――――そういう訳でとりあえず、私とルシエル、ルキア、カルビの4人はカッサスの街から騎士団の目をすり抜けつつ脱出して、サナスーラの村へ向かう事にした。ヘルツ曰く、そこからガンロックの王都まで直通で行ける手段があるらしい。
もしも騎士団に見つかった場合に、私が王女っていう事を知らないヘルツに迷惑がかかるといけないので、ヘルツには適当に理由を付けて、そのサナスーラの村へ先行してもらった。
私達もいよいよ出発だ。ハリルとジェニファーが見送ってくれている。
「騎士に追われている理由はわからないが、俺はもうお前たちの事を大切に思っているよ。無事でいてくれ。それと……この先から、裏道に出られるからそのままそれに沿っていけば、荒野へ出られる。サナスーラの村は、少し北にいった所だ。くれぐれも気を付けてな」
「ハリル、ありがとう!! レース、本当に楽しかった。いい経験ができたよ。また、この街へ遊びにくるからその時は、改めて今日のレース入賞のお祝いをしようね」
ハリルとジェニファーは頷いた。ルシエル、ルキアも二人に別れを言った。ルシエルはハリル達に抱きついて別れを言う。ハリルは恥ずかしそうにした。
さあ、出発だ! カルビの姿も見える。
私達は、街中をうろつくクラインベルトの騎士達をかわして、裏道から荒野へ出る事ができた。
「次はサナスーラ村よ。ヘルツが言うには、そこからガンロック王都まで直通でいく手段があるんだって。いったいそれがなんなのかは解らないけど、楽しみだね」
「ヘルツさん……私が聞いてもずっと、知らない方が感動が大きいからって、ヘラヘラ笑って教えてくれませんでしたからね」
「ホッホッホ。そう急くな、アテナ、ルキアよ。いずれ解る」
やっぱり、チャンピオンになってからルシエルの様子がなんだかおかしい…………
ルシエルに目をやると、ルシエルはそれに気づき「フッ……」っと軽く笑った。間違えない、チャンピオンになって調子にのっている。ふんぬーーー。なんとか、その長くなった鼻っ柱を折って、もとの食いしん坊エルフに、もどさなくちゃ。
そんな、あまりどうでも良い使命感に沸々と思いを滾らせていると、唐突に複数の馬蹄の地響きが近づいてきた。
そして、私達の行く手にその集団が立ち塞がった。ざっと30人はいる。
「馬上から失礼致します。お久しぶりでございます。アテナ王女。あまり変わり映えしないセリフで大変恐縮ではございますが、あなた様をエスメラルダ王妃の元へお連れしに参りました」
「騎士様? この方々は、王国の…………アテナの騎士様なんですか?」
ルキアの質問に答える前に、そのずんぐりとした体形の男に目を向ける。髭を蓄えたその顔、私をもう拘束できたと勝ち誇りいやらしく笑いを浮かべている。偉そうなマントに重装備の鎧、そして棘付きの鎖鉄球。
「ルキアさがって。この人は、クラインベルト王国騎士団だけど、王妃直轄の騎士団よ。鎖鉄球騎士団団長のゾルバ・ガゲーロ。これまでに私がルキアと会うまでの話しをしたと思うけど、覚えてる? この男は、その話しに登場していた敵よ」
「て……敵⁉」
そう聞いたルキアがビクッとすると、そのルキアを守るかのように、前にカルビが移動した。
「これはこれは。私のような者の名を覚えておいて頂けるとは、恐悦至極に存じます。では、早速で申し訳ありませんが、拘束させて頂きます。どうせ抵抗されると思いますので、円滑に任務遂行する為、我が騎士団得意分野である力押しをさせて頂きますぞ」
そう言ってゾルバが手を挙げると、その周りに控える騎士達が剣や槍、鎖鉄球を取り出して構えた。
「かかれーー!!」
ゾルバが言うと、まず正面の5人が一斉に襲い掛かて来た。
私は、応戦する為に剣を抜いた。しかしその刹那、その襲い掛かってくる騎士の横から颯爽と現れた人影が、一瞬にして騎士達を倒してみせた。
「鎖鉄球騎士団? 随分とふざけた名前の騎士団だな。オレを笑かそうとしているのなら、大成功だが……もしも本気でこのチャンピオンであるオレを、倒そうとしているのだったならば、それは笑えないな」
ルシエルだった。調子にのっているルシエル。
「ぐ……なんだ!! このエルフは!!」
「なんだって? 決まっとろーが! チャンピオンだよ。あんたらじゃ、まずオレには勝てない。なんせ、チャンピオンだからなー。ホッホッホ。さあ、尻尾を巻いて帰りんさい」
「このクソエルフ!! 貴様ら、さっさとかかれ! こいつは、殺してかまわん」
更に10人が一斉にルシエルに襲い掛かったが、出会い頭に風の精霊魔法を発動させ竜巻を発生させる。一瞬にして騎士達を宙へ巻き上げた。そして騎士達が落下し、地面に叩きつけられると同時に、ルシエルは物凄いドヤ顔をゾルバに向けて放っていた。
私は、自分がチャンピオンだと調子に乗りまくるルシエルを、少しめんどくさいと思う反面、迂闊にもちょっとかっこいいと思ってしまっていた。
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〚下記備考欄〛
〇ゾルバ・ガゲーロ 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王妃直轄の騎士団。鎖鉄球騎士団の団長で、アテナの義理の母エスメラルダ王妃の命を受けてアテナをクラインベルト王都へ連れ戻そうとずっと追ってきている。口の周りには髭を蓄え、でっぷりとした体形はなんだか偉そうに感じる。団長と言うだけあって、なかなか手ごわい。
〇サナスーラ村 種別:ロケーション
ガンロック王国にある村。その村からなんと、ガンロックの王都へ向かえる直通の移動手段があるのだという。




