第927話 『好きになってしまったのですわ』
丸テーブルを囲んで、私とクロエ。体面にイーリスとカミュウ王子が座った。因みに向こうのベッドの上には、マリンが転がっている。
まったく、誰かがマリンの事をあの魔導大国オズワルトの天才魔法使いって言っていたけれど、何処がどうそうなのかも解らない。天才っていうのなら、ちゃんと最低限の礼儀作法も身に着けていて欲しい。まあ、でもその物怖じせず大胆な性格が、またマリンの魅力であったりもするとは思うけどね。
イーリスとカミュウ王子の顔を見る。
「それで? 何かしら」
「その前にこちら可愛らしいレディーと、向こうのベッドで転がっている愉快なレディーがどなたなのか知りたいのだけれど、ご紹介して頂けないかしら?」
第三王女イーリスの歳は、きっとクロエとそう変わらない。っていうか、年下かも。なのに物凄くしっかりしている。
カミュウ王子は、イーリスのお兄さんという事だけれど、印象的にはその逆だと思った。カミュウ王子の方が、自信がない感じがして、おどおどとしている。
「クロエ」
「え? あっ、はい!」
「自己紹介、自己紹介。イーリスは、あなたとマリンに名前を聞いているの」
「は、はい!! わわわ、わたしはクロエ・モレットと、もももも、申します!! クラインベルト王国の、ブブブ、ブレッドの街の出身です!!」
「ウフフフ、クロエね。それにしても面白い、変わった喋り方をするのね。それになぜ、わたくしの目を見て話してもらえないのかしら」
「そ、それは……」
一国の王女と王子を前にして、緊張しまくっているクロエ。ちょっと、助け舟。
「クロエの喋り方がおかしいのは、イーリス、カミュウ王子。二人の王族を目の前にして、とても緊張しているからよ。それと、彼女は目が見えないの」
「あら、そうだったの。でも目が見えないなんて、不自由ではなくて?」
「え、あっ、はい! そ、そうです!」
「今は目が不自由かもしれないけれど、私はいつかクロエの目を治す事ができると信じている。それで早速、イーリスとカミュウ王子にお願いがあるんだけど、その為の手がかりか助けになる何かが、この王宮の書庫にあるかもしれないの。そこのベッドで失礼にも転がって動こうとしないマリンは、とても才能のある魔法使いで、クロエの目の治療ができる魔法や術がないか探してくれていて……」
「なるほど、そちらの……」
「ボクは、マリンだよ。よろしく」
「マリン、こちらこそよろしくね! それじゃ、マリンが王宮の書庫に自由に入れる許可が欲しいのね?」
「うん、お願い」
「いいわ。でもあそこは、とても重要な資料や魔導書なども置いてあるから、普段は鍵がかけられているの。後程、誰かに言ってマリンのもとへ鍵を届けさせるわ」
「ありがとう、イーリス」
イーリスはにこりと微笑んで、両肘をテーブルに乗せると前のめりになった。目をパチパチと瞬きさせて、私の顔を直視する。
「それで、本題なんだけど……アテナお姉様は、これからどうするの?」
「え? カミュウ王子との縁談のこと?」
そう言うと、カミュウは私の顔を一瞬見て、目を落とし顔を真っ赤にさせた。
うーん、確かに可愛いけれど……縁談を進める気は毛頭ないんだよね。そもそもカミュウ王子の事は、可愛い女の子にしか見えない……これは、どうすればいいのだろうか。まあ、どうもしないつもりなんだけれどね。ははは……
「違うわよ。セリューお兄様の事よ」
「ああーー、そっちか」
「そっちって……セリューお兄様を怒らせたら大変よ。アテナお姉様は、セリューお兄様が従えているパスキア四将軍をよく知らないんでしょうけど、物凄く強いのよ。四将軍の1人であるロゴー・ハーオンを、アテナお姉様は王都に来るまでに打ち倒したって騒ぎになっているけれど、それはきっと王女を傷つけないようにロゴーが手加減していたのよ。でもアテナお姉様は、セリューお兄様もロゴーも怒らせた。今度は、正式な試合をって訳だし、エスメラルダ王妃とエドモンテ王子も了承しているみたいだから、きっと手加減なんてしてくれないわ」
「骨を折られる?」
「そうね。腕を斬り落とされるって事はないかもしれない。だってアテナお姉様は、この国には、カミュウとの縁談で来ているんだから。でも骨位は、覚悟しなくてはいけないかも。だから、相談。これからわたくしと一緒に、セリューお兄様に謝りにいかない? アテナお姉様とわたくしとカミュウで謝れば、セリューお兄様も流石に溜飲を取り下げてくださるわ」
「イーリスは、なぜそんな事を私に言うの?」
「そ、そりゃあ、アテナお姉様に怪我をしてほしくないから。それにアテナお姉様は、とても美しくて綺麗だから……色々な噂は耳にしているけれど、実際会って一目で好きになってしまったの。アテナお姉様には、是非わたくしの本当のお姉様になって欲しいと思ってしまったのですわ」
美しくて綺麗!! ちゃんと、評価してくれる人っているのねー。って、師匠やルシエルが聞いたら、きっと笑い転げるわね。
コンコンッ
「はい、どうぞ!」
ガチャリッ
部屋のドアが開く。そして、パスキア王国の兵士らしき男が中に入ってきた。
「アテナ王女、お時間です。訓練場の方へおいで頂けますか?」
「はーい、それじゃ参ります」
「アテナお姉様!!」
「大丈夫、大丈夫。これでも私は、伝説級冒険者の弟子だからね。パスキア四将軍が強いのは解るけれど、私だってそれなりに経験や稽古を積み重ねてきた自負があるから」
私はウインクすると、イーリスやカミュウの心配を他所に、セリュー王子達の待つ訓練場へと向かう事にした。