第926話 『可愛い女の子』
イーリスは口元を抑えてウフフと楽し気に笑い、隣の女の子は私とクロエから目を反らしてまたもじもじとしていた。イーリスは、そんな彼女に声をあげる。
「ほらほらー、ちゃんとご挨拶をしなさい」
「だってー……」
「だってじゃないです。クラインベルト王国の第二王女様に、ちゃんとご挨拶をしないといけないでしょ!」
まるで諭すように、イーリスは言った。だけど私の頭の中では、そんな事よりも気になっている事があった。
パスキア王国のフィリップ王とメアリー王妃の間には、7人の子供がいるはず。そしてそのうちの4人が王子であり、3人が王女であったはず。そして私の縁談とは、その4人の王子の末っ子、カミュウとだった……
あれ?
玉座の間、王と王妃の直ぐ隣に並んでいた面々の顔を思いだしてみる。一番王の近くにいた人は、長男のエリック王子、続いて部下が私に伸されてしまって、凄く怒っていた次男のセリュー王子。その横に、もう一人……確かに王子がいたけれど、あれがカミュウ王子?
でも王子が4人いたという話に、間違いはないはず……あれれ、頭が混乱してきた。あきらかに同様してしまっている私に気づいたクロエが、心配そうに言った。
「アテナさん……大丈夫ですか?」
「え? う、うん。大丈夫だよクロエ。えっと……イーリス王女」
「イーリスでいいですわ。わたくしもそうさせてもらうので、話し方も普段のままがいいです。その代わり、アテナお姉様と呼んでもよろしいかしら?」
「うん、じゃあそれでいいわ。えっとそれで……ちょっと今、頭が混乱しているんだけど、パスキアの王女様って4人だっけ? こちらの可愛い王女様は、イーリスの妹かお姉さんでしょ?」
そう言った途端、イーリスは大笑いし始めた。でももう一人の王女様は、頬を膨らませて深く俯いた。その表情から、はっとする。
「も、もしかして、この可愛らしい王女様……ううん、違うわ。信じられないけど、あなた……」
「アハハハハ、やっと気づかれましたか、アテナお姉様。そうです、この子は私の兄、カミュウですわ」
!!!!
「えええええ!!!!」
あまりの事に、大声をあげてしまう。その後は、あまりのびっくりで声が出てこなくなり、口をパクパクさせながらもクロエとマリンの顔を見た。だけど、2人とも特に驚いた様子はない。
そう言えばクロエは目が不自由で、外見に惑わされる事はないし……そもそもマリンは興味もなさそう。うーーん、これがルシエルやルキアだったら、いい反応してくれるんだけどなー。残念。
「は、初めまして、アテナ王女。ぼ、僕はカミュウ・パスキア。パスキア王国第四王子です」
「こ、こちらこそ。カミュウ王子」
「アハハハ、アテナお姉様もすっかりと、カミュウに騙されましたね。ああ、楽しい」
「うーーん、してやられたねえ。でもどう見ても、可愛い女の子にしか見えないんだもん」
パスキア王国の第四王子カミュウ・パスキアの噂は聞いていた。凄い美少年だと聞いてはいたけれど……どう見ても少女にしか見えない。しかもこんなドレスを着ていると、本当にお姫様に見える。
「信じられませんか、アテナお姉様?」
「え? うん、本当に可愛い女の子にしか見えないよ」
「ウフフフ、でも男の子なんです。なんなら、確かめてみます?」
「は? た、確かめるって……」
「やめてよ、イーリス! クラインベルト王国の王女に、なんてことを言っているんだよ!」
私とカミュウは、顔を真っ赤にしてしまった。それを見たイーリスは、また笑い転げた。
「アハハハ、それにしてもアテナお姉様がこんな可愛らしい人だったとは思いもしませんでした。数々の噂を聞いていたので、きっと熊みたいな人を想像していたので」
「く、熊かー。でも熊って可愛いよね。丸耳だし」
「確かに言われてみれば、可愛らしいかもしれません。けれど、本当にアテナお姉様は、変わった方ですね。もちろん誉め言葉ですけれど。ああ、アテナお姉様とカミュウお兄様が結婚なさればアテナお姉様は、本当にわたくしのお姉様になるんですものね。楽しみだわ、楽しみこの上ない事だわ」
あれ? そう言えばそうだった。イーリスの勢いと、想像だにしなかったカミュウ王子の驚きの登場の仕方で、うっかりそっちのけになって一瞬忘れてしまっていたけれど、そう言えば私は、このカミュウ王子との縁談でパスキア王国までやってきたんだった。
「でも、なぜそのカミュウ王子がこんな女性の姿というか……王女のようにドレスを?」
よーく見ると、化粧もしている。ほんのりとした薄い化粧で、カミュウの女性らしさをよりよく見せている。ってカミュウは男の子だよね。ううん、もしかしたら男の娘!?
「もしかして、カミュウ王子ってそっち……」
「違う!!」
「ひえ!?」
唐突に大きな声を上げて、怒り出すカミュウ。だけど怒った顔も、可愛い以外の何者でもなかった。
「これは、メリッサとイーリスに乗せられて……っていうか、無理やり着せさせられて……それで父上と母上に訴えたら逆に、面白いからこのまま会ってみろって言うから……」
「お、面白い?」
「アテナ王女が、僕が男であるか見抜けるか試してみろって!! 良い余興になるって無理やりそうさせられたんだ!!」
必死に言い訳をするカミュウ王子は、とても可愛く見えた。でも会ってみて思うのは、やっぱりカミュウ王子は可愛すぎる。夫というよりは、弟……そんな感じ。
イーリスは、私とカミュウ王子のやり取りを眺め、また笑いだしそうになっていた。私はそんな彼女に聞いた。
「それで、イーリスとカミュウ王子がここに来てくれたのは、挨拶だけではないんでしょ?」
「座っても?」
部屋にあるおしゃれな丸テーブルと、それに備え付けられた椅子。イーリスとカミュウ王子は、そこへかけたので私とクロエも座った。
マリンは……例え幼くても、一国の王子と王女を目の前にしても、ベッドから降りてこない。その度胸に、呆れを通り過ぎて脱帽してしまった。




