第923話 『セリュー・パスキア その1』
「まあ、こちらがエドモンテ王子ね。とても賢そうだわ。あら、嫌だわたくしったら。次期クラインベルト王に対して、なんて無礼なことを、ホホホホホ。でも悪気は、ないんですのよ」
パスキア王国の王妃、メアリー・パスキア。フィリップ・パスキアの妻で7人の子供の母。
そう、パスキアには7人の王子王女がいる。エスメラルダ王妃はそのうちの1人、カミュウ王子と私をくっつけようとしているのだ。
エドモンテは、メアリー王妃に礼をするとニヤリと笑って応えた。
「ありがとうございます、メアリー王妃。この国と我が国の友好が深まれば、両国の繁栄は確実なものとなり、国民の幸福もこの上ないものとなるでしょう。この度は、我が姉アテナ・クラインベルトと、貴国のカミュウ王子との縁談、上手くまとまる事を心底願っております」
「わたくしも、そうなれば良いと願っておりました。だってそうなれば、エドモンテ。とても賢そうな息子が、新たにわたくし達に授かるようなものですものね」
「ええ、そうですよ。メアリーお義母様」
エドモンテの言葉に、すっかり機嫌をよくするメアリー王妃。二人のやり取りにフィリップ王も笑顔になり、周囲の重臣達も笑っている。
でも次のメアリー王妃の言葉に、辺りは静まり帰った。
「それはそうと、アテナ王女」
「はい、メアリー王妃」
「あなたのその姿……まるで冒険者のような格好ですけれど……」
「はい、そうです。このような場に、このような姿でご無礼だと思いましたが、これが普段の私の格好ですから。仲間と共に、急ぎパスキア王国へと参りましたが、王都へ到着してそのまま直接ここへ参りましたので、正装に着替える暇もありませんでした。お許し下さい」
「そ、そうですか」
明らかに顔が引きつっているメアリー王妃。はっきり言って、ドン引きしている。その方が縁談が纏まらなくて、私にとっては好都合だけど……でもエスメラルダ王妃とエドモンテは、余計な恥をかかされたと怒っているに違いない。
「……それに、これが私本来の姿ですから」
――――暫し、静寂。したかに思った所で、フィリップ王が豪快に笑い始める。それを見た重臣達とメアリー王妃も、つられて笑った。
「なるほどのう、まさにアテナ王女は、噂通りの王女なのじゃな。ワッハッハッハ、愉快愉快」
あれ? 絶対マイナスイメージだと思っていたのに……
「青い瞳に青い髪、一見美しい娘ではあるが、実に破天荒であると聞いておるぞ」
「は、破天荒!? そ、それは違……」
「アテナの師匠は、あの伝説級冒険者のヘリオス・フリートだという。それにドワーフの王国を、たった一人で救ったとか。しかもその時には、ドワーフの王国へ攻め寄せたリザードマン共を蹴散らし、地竜までをもその細腕で一刀両断にしたとか。凄いのお、凄いのお!! その話、もっと詳しく聞きたいぞ」
「そ、それは間違いです陛下。ドワーフの王国は、私だけでなく私の仲間達、それにそこで知り合った人達や、ドワーフ、ドゥエルガル、友人になったリザードマンまでもが私の味方をしてくれたからで、その人達と一丸になったからこそ国を守る事ができたのです」
「ほう、そうなのか。じゃが、三国同盟の事も耳にしておるぞ」
「さ、三国同盟!?」
「アテナは、あの頭でっかちなガラハッド王の心を掴んだ。ドワーフの王国をリザードマンやドゥエルガルから救い、ガラハッドの息子ガラードとその取り巻きの起こしたクーデターすら見事に叩き潰して、国を本来の姿に戻した。そしてガンロック王国とも親交を深め、三国同盟を成したんじゃ。これを見事と言わずして、なんという。なんとも痛快な話じゃ」
「えっと……」
全部が間違いじゃないけれど、そうあった方がより話が面白いからなのか、随分とあれこれ尾ひれがついている。ここまで盛られていると、逆に信用を落としかねないし、下手をすれば面倒な事になりうる可能性も否定はできない。
「陛下、色々と噂に尾ひれがついています。ドゥエルガルを説得して正しい方へ向かわせたのは、私の仲間のルキアという少女ですし、ガンロック王国との同盟もその国の王女と私達が友人となっただけで、ガンロックのベスタッド国王を動かしてくれたのは、その娘のミシェルとエレファです」
「ご謙遜ご謙遜、ワッハッハッハ」
フィリップ王が笑うと、周囲の者達もまたつられて笑う。エスメラルダ王妃が言った。
「それでは、フィリップ様。噂話はその位にして頂いて、そろそろこのアテナと、パスキア王国の王子との縁談のお話を進めて頂きたいのですが……」
「まあ、待てエスメラルダ王妃。そう急かずとも、お互い初めて会う者同士だし、ゆるりと進めよう。しかしあのアテナがこのように美しく、驚く程強くなっているとはな。余も驚きを隠せんわ。アテナも覚えておろう? 随分と遡るが、そなたは父のセシル王とティアナ前王妃と共に、ここへ一度訪れた事があったのじゃ」
「はい、覚えております」
「そうかそうか、覚えておったか」
ティアナ……お母様の名前を聞いて、エスメラルダ王妃の顔が一瞬険しくなった。メアリー王妃がそれに気づいて、フィリップ王に目配せする。
「ゴホン……いや、そのなんだ。それでは、その話はまた後にして、まずはゆるりと寛げる部屋に案内しよう。積る話は、またそれからじゃな。ワッハッハッハ」
フィリップ王はそう言って、立ち上がった。皆が跪いたのを一瞥すると、玉座の間から去ろうとする。その時、1人の青年が声をあげた。
「お待ちください、父上!!」
「な、なんじゃ、セリュー!!」
セリュー・パスキア。フィリップ王の息子で第二王子。
セリューの声にこの場にいる者全員が、足を止めて注目をした。でも他の王子や王女の中には、ニヤニヤと笑みを浮かべて、これから起こる事に対して、なにやら期待をしているふうに見える。
「もう既に、父上のお耳に入っておられるかと思いますが……」
そこまで言って、私をキッと睨むとセリューは、話を続けた。
「アテナ王女は、私が迎えにと遣わせたロゴー・ハーオンを、なんと打ちのめしたのです!!」
『おおおおおーーー!!』
関心してくれているというよりは、怖れている方の声。ざわめきが辺りを包んだ。
セリューは、私の目前にまで近づいてくると、再びフィリップ王の方を向いて怒りをあらわにした大声で言った。




