第922話 『パスキア王との謁見』
唐突の事でびっくりしたけれど、よく考えてみたら、それ程の事でもなかったのかもしれない。
なぜなら、エスメラルダ王妃が浴びせようとした紅茶を見事に操り、もとのティーカップに戻すという芸当なんていうのは、水属性魔法が得意なマリンにとっては簡単な事なのかもしれないから。
正直な事を言うと、怒りで冷静さを失っていたのは私もだった。だけど、マリンのお陰で冷静になれた。
私は席から立ち上がると、マリンとクロエの手を引いて二人も立たせた。
「これでいいでしょ? 王妃様が望んだ通り、二人は立った。確かに考えてみれば、私が軽率だったわ。申し訳ありませんでした。だけど二人は私の大切な友人。二人に椅子に座るなというのであれば、私も座らない」
「ああ、そう!! ならもう勝手にしなさい!!」
エスメラルダ王妃は、またマリンとクロエを睨みつける。そしてこれ以上ない位に、不愉快な顔で向こうを向いた。エドモンテが溜息を吐く。
「もうよいではありませんか、母上。今の大事を考えてください。まずは我がクラインベルトとパスキアの友好と縁談、それを優先させるべきです」
「エドモンテ、解っているじゃない。だけど、一つ忘れてもらいたくない事がるんだけれど、私と王妃の約束はパスキアに来ることと王子に会う事。それだけで、結婚するとは言ってはいないからね」
「そのような約束、私の知る所ではありません。それは勝手に私の関わらぬ所で、母上と姉上の間で交わされた口約束。ただ姉上には、クラインベルト王国の発展と繁栄の為、王女としてどうすればいいかという事を、しっかりと考えた上で行動して頂きたい」
ムッキーー、エドモンテめ。私が反論できないところをチクチクと。確かに私は王女という立場があるのに、それを放り出して好き勝手やっているけど……
でもそれは、ちゃんとお父様の承諾を得ていての行動だし……私は王位継承権はおろか、王族という身分もいらない。次の王なら、エドモンテかモニカがなればいい。
ガチャッ
言い返そうとした所で、客間の扉が開いた。
「そろそろ揃われます。ご準備ができましたら、玉座の間にお越しください」
エスメラルダ王妃が、私をまた睨みつけた。
「今からじゃ、ドレスに着替えさせる時間もない。また、恥をかかされるのですね。それと一応確認しておきますが、まさかその下賤の者も連れていく訳ではありませんね!」
「もちろん一緒に行くわ。あと、下賤な者なんて二度と言わないで」
「一国の王女がそんな冒険者のようなかっこ……それに……」
下賤な者を二人も連れて……エスメラルダ王妃はまたそう言おうとして、言うのをやめた。私が激しく睨んだから、言葉を吞み込んだのだ。
「ドレスアップするには、もう時間はないでしょう。諦めるしかありません。さあ、参りましょうか母上、姉上」
「それじゃ……あまり気が進まないけれど……行きましょうか、マリン、クロエ」
「はーーい」
「ああ、あああ、あの、あのあの……」
「どうしたの、クロエ?」
「ここここ、これから玉座の間……この国の王様がいる場所へ行くのですよね」
「うん、そうだよ」
「わわわ、わた、わたしみたいな者が……わたしみたいな者がそんなところへ、いいのでしょうか? わたし、恐ろしくて……」
「フフフ、大丈夫。何があっても、クロエは私の大切な妹だから」
「い、妹……」
「うん、もうクロエの事は、ルキアと同じように思っているよ。だから大丈夫。それより、私と一緒にいて。クロエがいると、元気がでるから」
「そ、そんな……」
「アテナ、アテナ」
「なに、マリン」
「ボクは?」
「は?」
「ボクもクロエやルキアと同じく、アテナの妹?」
「うーーーーん!」
「凄い唸っているね」
「マリンは、妹ってキャラではないかなー。でも私の仲間で友人だし、もう家族みたいなものかな」
「家族……」
「うん。セシリアやテトラだって、もうマリンの事をきっと大事な存在だと思っているよ、きっと」
「それ、ホント?」
「ホント」
「そ、そうか。それはとても嬉しいな」
会話をしつつも、エスメラルダ王妃とエドモンテの後ろについていく。やがて、大きな門の前までやってくると、その門を潜り玉座の間へと入った。
玉座の間には、既にパスキアの重臣達が沢山集まっており、玉座には王――その隣にはパスキアの王妃と、それに続く者達がずらっと並んでいた。
私達はパスキア王の前に来ると、揃って跪いた。すると参列しているパスキアの重臣達も、同じく王の方を向いて跪いた。
「おお、よくぞこのパスキア王国までこられたのう。皆、表をあげえ。そして楽にせえ」
「お初にお目にかかりますわ、陛下。この度は、このパスキア王国へお招き頂き、ありがとうございます」
「ほっほーー、これはこれはご丁寧に。じゃがそなたは、クラインベルト王国の王妃であろう? 余の事は、親しみを込めてフィリップと呼んでもらえると嬉しいのお」
「それではフィリップ様、わたくしの事もエスメラルダとお呼びくださいませ。それとこちらは私の息子と娘、エドモンテとアテナにございます」
「おおおお!! エスメラルダの息子と娘か。ほほーーう、これはまた利発そうな子供達じゃ。そしてアテナは、驚く程美しゅうなった。のう、メアリーよ」
パスキア王、フィリップ・パスキアは妻メアリーの名を呼びつつ、私とエドモンテを見た。でもエドモンテから私に視線を移した所で、明らかに怪訝な顔をした。
それは解り切っていた事。私とマリンとクロエは、普段の冒険者の姿であったから。
エスメラルダ王妃やエドモンテに対しては、別に悪いとも思わないけれど、お父様には一国の王女として恥ずかしい事をしてしまっているかもしれないと思った。
だけど私は冒険者である事に誇りを持っているし、キャンプをこよなく愛するキャンパーとして胸も張っている。あと、そう。これはちょっとずるいかもだけど、この方が縁談にマイナスに作用して、私的には願ったりだと思った。
人が聞けば、ささやかな抵抗って笑われてしまうかもだけど、私も必死だったりするのだ。




