第919話 『パスキア王都にて』
――――無事に、パスキア王都へ到着。
城下街への門を潜るまでにも、街道を行き交う多くの人々とすれ違ったけれど……流石は王都。中に入ると、間もなく陽も傾き始めているというのに、人でごった返していた。活気もある。
そう言えば、門を潜った時に私達は徒歩だった。そう、王都に着く直前に、馬車を処分してしまったのだ。暫くは、必要ないだろうしね。仕方がない。
王都近くまでくると、牧場を見つけた。そこでは牛や馬なども放牧していたので、ここまで私達を運んでくれたこの牛をもらってくれないだろうかと、牧場主と話を付けた。
牧場主は丁度、作業などで使える力の強い農耕馬か牛が欲しかったらしくて、予想外にも喜んでくれた。それで馬車も無料で、引き取ってくれた。
王都に入り、人混みの中を歩く。いよいよパスキア城が見えてきた所で、ルシエルが立ち止まって言った。
「城が見えてきたな。それじゃ、ここら辺で一旦別れるか? アテナは、このまま城に行くんだろ?」
「そうだね。エドモンテは兎も角、メリッサ王女に会っちゃったしね。きっとこれから私がお城に来ると思っているだろうから……到着を待っていると思う」
「そうか。じゃあ、この辺りで一旦別れようぜ。城の前までついて行っても、オレ達が行けるのは、そこまでだろしな。オレ達は何処かで宿でもとって、アテナの用事が終わるまで、このパスキア王都を堪能させてもらうかな。飲み屋も多そうだし、ウヘヘ」
ルシエルは、そう言ってノエルの肩を叩いた。やめろと振り払うノエル。そして、私の方を向いて言った。
「何かあれば言ってくれ。直ぐに駆けつけてやる。だが、本当に一人で大丈夫か?」
ノエルは、知っている。私がエスメラルダ王妃やエドモンテと不仲な事を――
それにゾルバ率いる、鎖鉄球騎士団もそう。表向きはクラインベルト王国騎士団だけど、その実態はエスメラルダ王妃直轄の騎士団。ゾルバやその麾下の者は、クラインベルト王国出身の者ではなくて、ヴァレスティナ公国からやってきた者達だ。
だからノエルは、私に一人で大丈夫かと聞いたのだ。お城の中に、私の味方はいるのかと――私はノエルに近づくと、彼女をハグした。
「お、おい!! なんだ、どうした急に!!」
「ありがとう、ノエル。ノエルは優しいね」
「そ、そんな事はない!! あたしは、鬼だ!! 本当は鬼みたいに怖い女だぞ!!」
「ううん、ノエルは優しい子だよ」
「や、優しい子って……アテナより、あたしの方が年上なんだが……まあ、いい。それで、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
ノエルに言ってみせると、今度はルキアがとても不安そうな顔で私を見つめた。
「アテナ……」
「大丈夫、大丈夫! 一旦別れて行動するなんて、普通にドワーフの王国でもやってたでしょ? それと同じだよ」
「で、でも、もしもアテナの縁談が進んだりしたら……」
ルキアの不安は、それにあった。もしも私とカミュウ王子の縁談が上手く進んで結婚するような事にでもなったら、もしかすれば私は、もうルキア達の前に現れないかもしれない。戻ってこないかもしれない。なぜなら、冒険者アテナは、パスキアの第四王子カミュウの妻となるのだから。
つまりこの地に残る。
……でもね、ルキア。そんな心配は無用なんだよ。
「大丈夫、ルキア。それじゃ、きちんと約束しましょう」
「約束?」
「うん、約束。エスメラルダ王妃と、エドモンテには申し訳ないけれど、政略結婚なんてしたくないし冒険者も続けたい」
ルシエルが口をはさむ。
「キャンプだってな!」
私はウインクして、それだとルシエルを指さした。
「そう、キャンプできない人生なんて、このスットコドッコイだよね。だから最悪、お城から抜け出してきてでも私は、結婚をしない。知っているでしょ、ルキアは?」
「はい。アテナは、必ず約束を守ってくれます」
「そうだよ、守っちゃうよ。これからパスキアの国王や王妃、その他面々に会わなければならないのは憂鬱だけど、とりあえず私は戻ってはくるし、冒険者は絶対に辞めないから。だから少しだけ、待っててね」
ようやく、ルキアの顔に笑みがさした。
「そ、それじゃ、夜にまた会えますか? 晩御飯、一緒に食べられますか?」
うーーーん。
「そうだね、そうしたいけれど、ちょっと今日は、無理だと思う」
「そ、そうですか……」
最近はずっと前向きで明るい感じのルキアだったから、ここまで沈んでしまうと心配になってしまう。どうしようかな。
そう思った所で、マリンが言った。
「そうだ、いい事を思いついたよ」
「え? いい事って?」
「アテナの縁談の話、そしてそこには、その相手だけでなく義母と弟さんも揃っている。だからルキアは、この流れでいくと万が一結婚するような事になってしまうのではと、不安に思っているんだよね。これは誰からみても政略結婚だし、そうなると本人達の気持ちは、蚊帳の外だったりする」
「それで?」
「だからボクが、アテナに同行しよう。それなら、ルシエルもノエルもルキアも安心だよね」
「ええええ!! な、なんで、マリンが付いてくるのよ!!」
ついてくるのは、いいけど……いいのかな……
判断に困りながらも、なぜマリンがついてくると言ったのか……それも考えた。マリンの事だから、私の事を心配してくれてっていうのもあるだろうけど、きっと他にも……
あっ!! そうか、本だ!!
マリンは、古代魔法書のようなものや、そういう関連の歴史書のようなものを探し歩いていた事を思い出した。
王宮なら、その手の普通には手に入らないような貴重な本がある。




