第916話 『こんな所で出会っちゃったよ』
私達は、早朝から行動を開始し、キャンプを畳んで馬車に乗り込むと、パスキア王国の王都を目指して移動をしていた。
もう間もなく王都に到着する。だからまた引き続いて私が御者をしようと思っていたんだけれど、ノエルがやると言って聞かなかったので彼女に任せ、私は御者席――ノエルの隣へと座った。
荷台――後ろからルシエルが、顔を出してくる。
「いよいよ、王都へ到着するんだよな」
「うん、もう間もなくって感じだと思うよ。ほら、見て。沢山、人を見かけるでしょ」
私達が馬車で今移動している場所は、街道。何もなかった平原を最短距離として、 馬車で突っ走っていたけれど、間もなく王都も近いという事で、街道に出て走行した。
街道では、馬車や徒歩で行きかう人々を、多く見かけるようになった。行き交う人々。王都が近いから、こんなにも辺りで人を見かける。
「それはそうと、ルシエル」
「あん、なに?」
「鼻の頭にマヨネーズがついているけど」
「え? 嘘!! ひええええ!!」
「って、サンドイッチをどんな食べ方すれば、鼻の頭にマヨネーズが着くのよ」
食用油、塩、卵、お酢――それで作れる調味料。知られている所では、一般的に知られているんだけれど、エスカルテの街でも流行っていた。それで私も美味しいと思っちゃって、いつ何処にいても食べようと思えば食べられるように、必死にお願いして作り方を教わったんだよね。
世界広しと言えど、マヨネーズを作る事ができる王女は、私しかいないだろう。フフン、ちょっぴり自慢。
ノエルが前方を指さす。
「おい、アテナ。なんか、こっちに向かって来るぞ」
「なんかって、ここは街道だからそんなの当たり前……って」
明らかに私達を発見して、こちら目がけて向かってきている感じがした。しかも近づくにつれてそれが何者なのか、はっきりする。
豪華な装飾が施された馬車、更にクラインベルト王国の紋章が刻まれていて、馬車を護衛している者達のうち、30人以上は騎乗している馬に鉄球をぶら下げている。
あれは、エスメラルダ王妃直轄の『鎖鉄球騎士団』。
「ノエル、ちょっとお願い」
「ああ、脇に馬車を停車させる」
「ありがとう」
馬車を停車させると、私は後ろを振り返って、後部に乗っているルシエル達に迎えが来たと伝えた。そして話をするから、ちょっとこのままここで待っていて欲しいと言って、馬車をおりて鎖鉄球騎士団団長のもとへ近づく。
「ご苦労様です。鎖鉄球騎士団団長、ゾルバ・ガゲーロ」
ゾルバとその部下たちは下馬すると、私に対して跪いた。周囲の通行人達が、何事だと驚いている。
「アテナ王女殿下。お迎えにあがりました。これよりパスキア王都まで、我々が護衛を致しましょうぞ。ささ、あちらの馬車に乗って頂けますかな」
「こんな所で跪かれても、道行く人たちが気になるだろうし、驚かせるでしょ。楽にしていいわ」
ゾルバとその部下たちは、頷いて立ち上がり私の言った通り、楽にした。
「ささ、それでは滞りなく。馬車へお乗りくださいませ」
いやらしくニタニタと笑うゾルバに、私は目を細める。
「あのね。馬車に乗れって、私は私の馬車があるんだけれど」
「はあ?」
「はあ? じゃなくて、あそこにあるでしょ。仲間だって一緒だし、私は皆と一緒に王都へ向かっているの」
「なるほどなるほど、そうでありましたか。それでは、これより先は、こちらの馬車にお乗りください。我ら鎖鉄球騎士団が命をかけて、殿下をお守り致しますぞ」
「だーかーらー。私の馬車をどうするのよ? あのまま放っておいていい訳?」
「それならばご心配なく。馬車は、我々が処分致しますので。ここまで殿下と共にこられた者達にも、お帰り願うように申し伝えます。勿論、ここまでの護衛、ご苦労であった事を踏まえて、それなりの報酬を与えておきますのでご心配には及びませんぞ」
うーーん、やっぱり嫌な奴。ゾルバ・ガゲーロ!! 私の大切な仲間を、物か何かと勘違いしている。
だけどドワーフの王国では、ゾルバとその配下である鎖鉄球騎士団の活躍は、見事なものだった。
あの時にゾルバ達が、ドワーフの王国の民を救う手伝いをしたのも事実。その代償に私がパスキアに行って、カミュウ王子と会うという交わした約束、それは違いはない。
だけどゾルバの事は、好きになれない。まあ、ゾルバも内心は私の事を嫌っているのかもしれないけれど。そうだったら、両想いかな、フフフ。
「あのねー、ゾルバ。王都へはちゃんと行くから、それまで放っておいてくれないかしら。馬車は兎も角、私は仲間達をこんな所にほっぽり出して、あなた達と行くつもりはないから。あなたは、エスメラルダ王妃とエドモンテをしっかりと守ってくれればいいから」
「フン」
あっ! 今、鼻で笑った。
ムッキー! 馬鹿にしてからにー!!
ゾルバに何か言ってやろうと思った所で、ゾルバが私に乗れと言った豪華な馬車のドアが開いた。そして中から、よく知っている顔が現れる。
「にくったらしい我が弟、エドモンテ!」
「ふう、やれやれ。なんですか、それは? まあ、いい。それよりもあなたは、こんな所で何をやっているのですか?」
「こらー! お姉ちゃんに向かって、あなたって何よ、あなたー!! ちゃんと、お姉ちゃんって言いなさい!! あなたの事は、ルーニと違って憎たらしいと思っているけど、それでもお姉ちゃんなんだからね!!」
ブンブンと拳を振り上げて、もうプンプンに怒った。エドモンテの溜息。ッキーー!! 憎たらしいったら、ありゃしない!!
「なんぞなんぞー?」
騒ぎで馬車から、ルシエル達が顔を出してきた。ううーー、できれば皆には、エドモンテやエスメラルダ王妃とのやり取りを見られたくないんだよね。二人に対してなぜか、私も直ぐムキになっちゃうし……なんていうか、醜い関係だから。
エドモンテは、馬車をおりるなり私と向き合った。相変わらず、私を軽蔑したような目つき。これがルーニなら、お姉さまって言って抱き着いてきてくれるのになーっと思って頬を膨らませた。




