第915話 『アテナとクロエ』
クロエにも同様に、温かい珈琲を淹れてあげる。丁度、ミルクと砂糖もあるしね。
「クロエはミルクと砂糖、両方を使うよね」
こくりと頷くクロエ。
「はい、どうぞ。朝の珈琲は最高だよ」
「ありがとうございます」
パチパチと心地いい焚火の音を耳に、早朝の珈琲を楽しむ。とても優雅で贅沢なひと時。やっぱりキャンプは、最高だなーとしみじみと思う。
「アテナさん……」
「なーに、クロエ」
「あの……」
「ん?」
「わたし……アテナさんについてきて、本当に良かったのでしょうか?」
ふむ、この子はいきなりどうしたのだろう? なにかあった?
「クロエがついてきたいって思っているなら、そうすればいいと思うし……もしもそうでないのなら、その理由を……」
「いえ、そうじゃなくて。わたし、ルキアやアテナさん……グーレス達皆と知り合えて、とても幸せです。そう、とてもとてもとても!!」
「あはは、そんなに!? 幸せって、このくらいで満足していたら、この先、腰を何度も抜かす事になるかもしれないよ。だってクロエの人生はまだまだこれからだし、私だってまだぜんぜん世界の一端しか見てないけれど、この大きく広大な世界には、色々な不思議な事や美しいものや楽しい事が、沢山あるんだから。その一つに、わたしはクロエの目を治療できる方法もあるんだと信じているよ」
「あ、ありがとうございます。わたし、本当にアテナさん達と知り合えて、しかもこんなによくしてもらって……でも言いたい事はそれだけじゃなくて、わたしはきっと、皆さんのお荷物にしかならないと思うんです。目も不自由ですし、アテナさんやノエルさんみたいに強くもない。ルシエルさんみたいに、弓も扱えないし気の利いた事も言えない。ルキアも、本当にとても凄くて……マリンさんは目の見えないわたしに一瞬でもこの世界を見せてくれた天才……対してわたしは、剣も魔法も使えない……知識だって何も知らない。何もできない……」
クロエの目から涙がこぼれる。ええ! ちょ、ちょっと待って! 慌ててハンカチを取り出して、クロエの涙を拭いた。
「そんな事、言わない。そんな事言ったら、私だって最初は何もできなかったし、ルキアだって普通の女の子だったんだよ。ルシエルは……114歳だっていうから、子供の時の頃はちょっと想像つかないし、意外とそのまんまじゃないかなって思うけれど、ノエルやマリンだって同じだと思う」
「そ、そうでしょうか?」
「そうだよ。でも皆、いい所がある。カルビも最初に出会った時は、更に小さくてほんとウルフの子供って感じで可愛くてね、アハハ。なんか、こう今以上にコロっとしていたよ」
少し笑みを浮かべるクロエ。もしかして、コロっとしていたカルビを、想像したのかな。
「クロエも昨日、スープを作ってくれたでしょ? 何も知らなくて、何もできない人はきっとそれもできないから。それでも、何かをやろうとしている人だっているだろうし、そんなに思いつめなくていいと思う」
「……じゃあ、わたしはこのままアテナさん達と、一緒にいてもいいですか?」
「そんなの当たり前でしょ。私達、もう仲間なんだから。既に私は、クロエの事をルキアのように、可愛い妹みたいに思っているんだよ。だから、もうそんな寂しい事を言わないで」
クロエの頬が赤くなる。照れている。
そうなんだ……クロエは不安を抱えていたんだな。考えてみれば、クロエのお父さんは行方不明。お母さんはあんな事があって、今は牢に入れられて罪を償おうとしている。
他に身よりもないというし、目が不自由な上にとても幼い……これまでのつらい日々もあったし、彼女の心の中には、まだ大きな不安が渦巻いていたんだと改めて解った。
「あっ!」
唐突に声をあげてしまい、クロエが驚いた。
「ど、どうしたのですか?」
「ごめん、クロエ! その……なんていうか、クロエの涙を拭いたハンカチ……さっき、ルキアのヨダレを拭いたんだよねー。アハハ、ご、ごめんね」
「っぷ!」
キョトンとした表情から、一転して噴き出してしまうクロエ。「ごめんごめん、ついうっかりとね」と言って謝ると、二人で大笑いした。
「昨日のスープの辺りの話に戻るけど、クロエはもう私達の仲間だから。クロエが困っていたら、私は全力であなたを助ける。その代わり、クロエは私が困っていたら助けてほしい。もちろんできる範囲でね」
「はい、それはもちろん……」
にっこりと微笑みかけて、クロエの頭を撫でる。すると彼女は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに微笑んだ。
ようやく陽が昇り、辺りが明るくなってくる。ルシエルのテントから、誰かさんのあくび。そしてテントがゴソゴソと音をさせて揺れた。
そろそろ誰か、起きてくるかな。
「さあ、それじゃ朝食の準備をしようかな。皆、もう起きてくるから皆の分も、珈琲をおとさなきゃ。クロエ、早速だけど手伝ってくれる?」
「え、ええ! もちろんです!」
「それじゃ、お願いしまーす」
「珈琲は何人分、落とせばいいですか?」
「そうね。私ももう一杯飲みたいし、クロエもそうでしょ? 全員分淹れようか」
そう言って挽いた珈琲豆や、ドリップの為の道具をクロエに手渡す。お湯を再び沸かす準備をして、私は朝食をつくらなきゃ。
卵にハム、トマトも買ってあるしバターもまだある。昨日、村で朝食にしようと楽しみにして買った角食パン。今日のモーニングは、クロエの淹れてくれる美味しいスペシャルブレンドコーヒーと、私の愛情込めたサンドイッチ。
さあ、作るよ!




