第913話 『抱き付きたい気持ち』
ムシャムシャムシャムシャーー!!
「うんめーーー!! なんだこれ、なんだこれ!!」
「美味いよ、美味いよ!! クロエの作ってくれたスープも、アテナの作ってくれたリゾットという料理も、絶品だよ!!」
凄まじい勢いで、晩御飯を食べるルシエルとマリン……だと思っていたら、ノエルやカルビもそうだし、ルキアやクロエも美味しそうに夢中になって食べていた。
まあ、そうだよね。皆、かなりお腹が減っていたもんね。しかもちょっと調理に時間をかけたから、実質おあずけ状態で待たせちゃったもんね。
私、ルシエル、ルキア、カルビ、ノエル、マリン、クロエ。7人もいるから、大量に作ったつもりだったけれど、いざ食事が始まるとあっという間に食べきってしまった。
でも皆、満足そうな顔になって、焚火の前で転がったりして思い思いにくつろいでいる。するとルシエルが、スっと立ち上がった。
「どうしたの、ルシエル? もしかして何処か行くの?」
「ああ、牛だよ。牛にもちゃんと飯をやんねーとな。なんも食べてねーと、力出ないし可哀想だからなー」
後で落ち着いたら、私があげようと思っていたんだけど……ルシエルもちゃんと、考えてくれていたんだ。
「ありがとう、それじゃ頼んでいい?」
「おう」
ルシエルが牛のいる馬車の方へ歩いて行くと、私は焚火の周りにいる皆に目を向けた。
ノエルとマリンは、酒盛り。焚火の前で二人、葡萄酒を飲みながらなにやら会話に没頭している。そしてルキアとクロエも、カルビを挟んで楽し気におしゃべりをしている。フフフ、本当にあの二人は姉妹のように仲良しだな。
私は大きく片手を挙げると、皆の注目を集めて言った。
「はいはーい、注目ーー! 私はこれから食後の珈琲を楽しむけれど、飲みたい人ーーー!!」
『はーーーい!!』
ルキアとクロエが、手をあげた。ノエルとマリンは、お酒を飲んでいるし、ルシエルも戻ってきたらノエルの方へ混ざるだろう。
早速、焚火でお湯を沸かし始めると、ルキアが近づいてきた。
「あの、アテナ」
「うん?」
「手伝いますか?」
「あはは、いいよ。大丈夫だから、ルキアはクロエやカルビと一緒に、寛いでいて。明日はもう、パスキア王都だからね。どんな予定になるか解らないし、今のうちに英気を養っておこうよ」
3人分の珈琲を落とし終えると、私とルキアとクロエ――それぞれの前に置いた。更についでに、村へ立ちよった時に林檎が食べたくなって購入していたので、それを5個剥いて皆にそれぞれ配った。
あちらこちらから、シャリシャリという林檎を噛る音が聞こえてきて、それがあまりにも可愛くてクスリと笑ってしまった。
――――夜が一層、濃くなってきた。
ルキアとクロエは、もううつらうつらしているので先に寝るように言った。カルビも、いそいそと後をついて行く。
マリンに至っては、座ってお酒を飲みながらも意識がない状態になってしまっていたので、ノエルと共にテントの中へと運んで寝かせた。
まだ起きているのは、私とルシエルとノエル。3人で焚火を囲っている。ノエルが言った。
「アテナは、まだ寝ないのか?」
「寝れればいいんだけどねー、まだ眠れないよー」
「なるほど。まあ明日、いよいよパスキア王都に入る訳だし、縁談の件だってあるしな。王子とも会わなければならないって考えると、そりゃ眠れなくもなるか」
「えへへ、そういうことかな」
確かにパスキアでの縁談の事。エスメラルダ王妃やあの可愛くないエドモンテと、また言い合いするかもしれないのかと思うと気が重い。だけど実は、理由はもう一つあった。
ドルガンド帝国からの刺客、ジュノー・ヘラーとジーク・フリートという名の二人の将軍の事。ジーク・フリードのあの底の知れなさ加減は、とんでもないと思うし……一度振り切った後にも、また更に追撃してきたジュノーのしつこさは凄まじかった。
それにあの得体の知れない魔法。黒魔法である事は間違いないと思うのだけれど、あんな黒曜石のような黒い氷の魔法とか、見た事も聞いたこともない。
そう言えばマリンに聞けば、何か少し解るかなって思ったんだけど……ドタバタしていたし、晩御飯何にしようかなって考えていて忘れていた。あははは……でも、まあとりあえずはいいか。
……それにしてもジュノー・ヘラー。ぜんぜんまだまだ本気じゃなかったみたいだし、相当な強さだと思うけれど……とりあえず撒く事が出来てよかった。私達の盾になって、ジュノーの追撃を阻止してくれたアシュワルド。大丈夫かな……
アシュワルドの事だから、まず無事だとは思うけれど……
うん、きっと無事。ジュノーがいくら強くても、あの人数の屈強な国境警備兵とアシュワルドを相手にするのは、いくらなんでも勝つことなんてできないだろうから。
きっとジュノーは、アシュワルドに阻まれて、一時ジーク・フリートやベレスのいうルーランの女騎士のもとへ戻って、また態勢を整えて襲ってくるに違いない。
「おい、どうしたんだよ、アテナ。えれえ、難しい顔してんじゃねーかよ」
ルシエルが言った。そう言えば、アシュワルドにゲラルドだけじゃなく、私はルシエルにも何度も助けられたなー。
「おい、なんだ?」
立ち上がり、ルシエルとノエルの間に座る。そして二人の肩に両手を伸ばすと、二人を自分の方へ抱き寄せた。
「お、おい、なんのつもりだアテナ! 酒がこぼれる!!」
「うわー、やめてけろーー!! 逃がしてくんろーーう!!」
なんとなく、ルシエルの方がリアクション的に良かったので、そのままルシエルに抱き着いた。
「ええいっ!!」
「ぎゃっ、よせ、やめろアテナ!! いきなり、どうしたんだよ!! 酔ってんのか?」
「珈琲で酔う訳ないでしょ。それにこれは、あなたがよくノエルやルキアを捕まえてやっている事よ!」
ルシエルに抱き着いたまま、彼女の胸に顔を埋めてスンスンとニオイを嗅ぐ。ルシエルが、ぞわわってしているのを感じた。
「ひいいいいい、おた、おたすけーーー!! なんか、今日のアテナはおかしい!!」
「おかしくなんてないわよ!!」
「ひ、ひいい!! やめちくりーーー!!」
自分は関係ないという、素知らぬ顔で葡萄酒を美味しそうに飲むノエル。悲鳴をあげるルシエル。
やっぱりパスキア王都へ着けば、残念だけど、お城へ皆は連れて入れない。暫く、別行動になる。そう思うと、なんだかルシエルに抱き着きたくなったのだ。
「うあ、やめてくれーーーい!! ご勘弁ーー!!」
「いいから、ちょっとこのままいさせてよ!」
「ひいいいい、ノエル代わってくれー!! オレの代わりに、アテナのオモチャになってけろー!!」
「嫌だ。あたしは、今は酒を飲んでいるからな」
「そんなの許さん、こっちさこーーい!!」
「馬鹿、やめろ!!」
ルシエルがノエルの腕を掴んで引き込んだので、私は今度はノエルにも抱き着いた。ノエルの悲鳴。そうなると、ルシエルは掌を返すように、私と一緒になんとか逃げようとするノエルに抱き着いた。ノエルの雄叫びにも似た悲鳴。
気が付くと、更に夜は深くなっていた。




