第910話 『兎と弓の話』
見渡す限りが平原。だけど所々に手頃なサイズの木片やら木の枝も落ちているので、ルシエルとノエルに集めてきてもらった。理由は当然の事ながら、焚火をするために――
二人が戻ってくると、両手には十分な薪。そしてノエルの腰には、兎が二羽ぶら下げられていた。
「え? 兎!? もしかして、ノエル。薪を拾いに行って、兎を狩ったの?」
「どうだ、やるだろ。ルシエルが兎を見つけたんだけどよ。晩飯の足しにするってんで、弓を構えたんだ。それでさっさと狙って撃てばいいのに、狙いながらあたしの事をこう言ったんだ。斧しか使えないノエルに、お手本を見せてやるって」
「へえ。それで?」
私もそうだけど、ルキアやクロエ、マリンにカルビと全員が二人の会話に注目する。
「ばっか、違うよ!! そこは、もっとこう躍動感がある感じにオレは言っただろ? 話すならちゃんと話せよー」
「うるさい、今あたしが話ているんだから、ちょっと黙ってろ! それにあたしは、頭は良くないのは自覚しているが、馬鹿じゃない!!」
「そういう意味で言ってませーーん! はい、ノエルの早とちりーー!!」
「あんだとーー!!」
「はいはいはい、その位にして。それで、ノエル。続きを話してよ。皆、ノエルの話を楽しみに聞いているよ」
チラリとみると、ルキアとクロエも揃ってノエルの方を見つめている。マリンは……でも相変わらず眠たそうな目をしているし、口は半開きになっているけど、注目はしているね。
「お、おう……そ、そうだな。それで、アレじゃないか」
「アレってなんだよ」
「……っく! ルシエル、いちいちあたしの話に茶々を入れるなよ!! って、おい、なんだ!? ひ、ひいいいい!! て、てめええ!!」
ルシエルはノエルの後ろにササっと素早く回り込むと、彼女のお尻を触り、頬っぺたにチュウをした。ノエルは、腕をブンブンと振り回して、怒ってルシエルを追いかける。
っもう、これじゃ話を聞くどころじゃないなー。
「はあ、はあ、はあ……あのクソエルフ……」
「こーーら、クソとか言わないで。仲間なんだから」
「だって、あいつが!」
ノエルの顔を見て、にこりと笑う。
「だって……ルシエルが……」
「うん、本当にルシエルは仕方がない子だよね。まったく」
ルシエルの方を見ると、もう平原の向こうの方まで走って行っている。そして大きな岩に飛び乗ると、そこに座った。しかも遠めに見ても、ケラケラと笑っているのが解る。
ほんっとに、あんなルシエルみたいな性格のエルフ、見た事も聞いたこともないよね。ノエルは、ドワーフだって聞けばそうなんだなってそう思えるけれど。
「それで、ノエル。その兎の話?」
「ああ、そうだ。なんでもない話なんだ。それでルシエルがそんな事を言ったから、弓をかせって言って、ルシエルから弓を取り上げてあたしが仕留めてみせたんだよ」
「そうなんだ! へえ、凄いねノエル。まさか弓の才能もあったんだ……って、鍛冶屋の家系でもあるんだもんね。色々な武器が使えても不思議じゃないか。でも、すごーい」
頭を摩るノエル。ルキアが嬉しそうに手を叩く。
「本当にノエルは凄いです! 私もノエルが斧が得意なのは解っていましたけど、弓も得意だったなんて知らなかったです。私も弓を使えるようになりたいなー」
「ルキアだって、ナイフの他に太刀を使えるようになっただろ? アテナが言ったように、あたしはこれでも一応鍛冶屋の一族だからな。ルシエルに、斧やハンマー以外も使えるって所を見せてやりたかったんだ。だが勿論弓の腕は、ルシエルと比べれば正直、足元にも及ばないだろうけどな」
「それでもこうして、兎を射る事ができるんですから凄いです。ね、クロエ?」
「は、はい。わたしは……何もできないから……」
俯くクロエ。その肩に触れる。
「クロエだって、皆に負けない位にできる事があるよ」
「そ、そんな。わたしはこの通り目も不自由ですし、何も特技なんてありませんし……」
「また、そんな事を言う。そんな事を言うなら、私だって師匠や姉のモニカに比べたら……って感じになるよ」
「え? アテナさんよりも凄い人なんですか?」
「うん、師匠は一言に言って最強だし姉のモニカは、なんでもやれちゃう人だからね。私なんかじゃ、何もぜんぜんかなわないよ。だけど剣の腕なら今は……って思っているよ。クロエには、まだまだ未来があるんだからね」
「わたしの……未来……」
「そう。それは、なににおいても可能性があるって事だからね。私は結果だけじゃなくて、そこに至るまでのプロセスも大切だと思っているの。だから、クロエ。駄目だって言わないで、こっちに来て手伝って。ね?」
「え? あ、はい!」
クロエの手を掴んで引っ張った。そしてルキアとノエルに、テントの設置や他の事を頼んで、私はクロエと晩御飯の準備を始めた。
「ふんぬーー!! ふんぬーーー!!」
「え? え? アテナ? どうしたんですか?」
「おりゃあああっ!! ふう、これでよし」
長方形の石を運んできて、焚火の近くに設置。これは、まな板代わり。ザックからお皿などの食器の他、調理用ナイフや調味料、鍋なども取り出す。
ルシエルの声。戻ってきた。
「おーい、アテナ! なんとまあ、あっちに小川を発見したぞ。ちょろちょろ流れているけど、流れもある程度あるし、飲み水にできそうだぞ」
流石、ルシエル。こういう水とか食料を見つける、独特の才能を持っている。早速、「はい、じゃあよろしく」って言って鍋と水筒を渡した。
「へ? なにこれ?」
「え? 小川を見つけたんでしょ? じゃあ水を汲んできて。あと、そうそうこれ。それと別で、こっちのお鍋にもお米を入れるから、小川で洗って汲んできてくれるかな?」
「えええーーー!! オレ一人でこれだけやってくるのーー?」
後ろを振り返り、カルビと一緒に横たわってサボっているマリンを指した。見つかってしまった!! って感じで、ビクっとするマリン。
「はい、二人で仲良くいってらっしゃい。当たり前だけど、水がないとご飯は作れないからね。お米だって炊けないし」
ご飯が食べられないと聞いた途端、ルシエルとマリンは勢いよく整列し、揃っていい返事をした。
『了解であります、隊長殿! それでは、行ってまいります!』
「うむ! くれぐれも川に落ちたりしないように、気をつけて行ってくるのだぞ」
『了解であります、隊長殿!!』
よしよし、二人とも頑張って!
「あっ、ちょっと待ってルシエル、マリン!」
「おうん?」
「閃いちゃった。やっぱり、お米は洗わなくていいや」
「そうなのか?」
「うん。でもお水は必要だから、よろしくー」
2人は、トボトボと水を汲みに歩いて行く。
テントを設置したり、荷物を整理してくれているルキア。焚火の前で、早速兎の皮を剥ぐ作業に勤しむノエル。フフフ、皆やってくれているな。
よーーし! 始めるかな!
クロエに視線を移すと、彼女に「さあ、料理を始めよう!」っと元気よく言った。




